第33話 浅はかな者達 6

俺達は急いで港に向かった。

必要最低限の物は港で調達すればいい。

定期船で乗り換えをしながら向かえば3日程度で着くと言う。

それなら休みを取らず2日も走ればコルトバに到着できるだろう。


港で燃料を満タンにし、取り合えず自動操縦の目的地を途中のラド港にセットした。

すると兄が、じっと地図を見つめている。


「どうしたんだ兄さん。寄りたい町でもあるのか?」


「いや、これだが……」


そう言って指をさしたのは、こことコルトバの間に広がるレイシャル湾だった。


「なあ、海岸線伝いに沿って行くと、コルトバまでは約3日と言っていただろう?」


「あぁ結構時間がかかるね。まあほとんど自動操縦だからあまりする事も無くて退屈だよ」


「いや違う。この地図を見てみろ、俺達はこういうふうに海岸線を沿って行くのだが、湾を真直ぐ突っ切って直接コルトバの港に行けば……。ほら、この港から直線なら、ずっと距離は縮まるだろ?」


「まあ理屈から言えばそうなるけど大丈夫かなぁ。皆が湾沿いに行くんだ、何かしら理由が有るんじゃないか」


「直接こんな小さい町へと行ったところで、船舶会社にメリットが無いからだ。各港町を巡ればそれだけ客を集められるし、金も落とす」


「なるほどねぇ、そう言う訳か。さすが兄さんだ。ところで湾を直接突っ切ると、時間的にどれぐらい違うんだろう」


「そうだな……」


レイシャル半島で形成された湾は、半円形を少し潰したような形をしている。


「ざっと見たところ、半分ぐらいの時間でコルトバまで行けるんじゃないか?」



3日と言われた距離が半分でいけるのだ、だったらその手段を取るのが道理だろう。

そうと決まれば、行き先を直接コルトバに行くルートに変更する。

何処の港にも寄らないならばと水や酒、食料を3日分買い求め船の倉庫に詰め込んだ。

どうせコルトバにはろくな物も売っていないだろう、念のためだ。


「ロバート、こんなに酒はいらないだろう?」


「いいじゃないか、腐る訳でも無し」


それもそうだと兄さんがほくそ笑んだ。

自分だって喜んで飲むんだ、文句は無いだろう。




「これでエリックさえ連れて戻れば、姉上の手など借りずとも会社を立て直せる」


「そうだな。ご奇特にもワロキエ侯爵様は何故かエリックに借りが有ると思い込んでいらっしゃるようだ。それを存分に利用させてもらおうじゃないか」


「たかがΩに、そんな事を思う必要は無いのになぁ。」


「まったくだ。それにしても今日はずいぶんいい天気だなぁ。久々に心が休まる」


「あぁそうだね、この分だと何事も無くコルトバの港に付くだろうね」


父上は相変わらず黙ったままじっと海を見ている。

多分母の事を考えているのだろうが、俺達よりエリックを選んだ母などこの際捨てておけばいいものを。



そのまま、のんびりと波に揺られていたが、5時間も経った頃だろうか、突然警告音が響いた。


「いったいどうしたんだ!?」


確認してみると、セットしたはずの目標から方向がずれている。


「一体どういう訳だ?このナビは不良品なのか?」


取り合えず、もう一度目標をコルトバの港にセットし直す。


「訳が分からない。とにかく目的がずれると警報が鳴るなら、その度に目標をコルトバに直せばいいさ」


「本当に大丈夫なのか」


「もう出発してしまったんだ。今更修理など出来無いからしょうがないよ」


だが、進むにしたがって、ずれる頻度が多くなってきた。

これには初めは楽天的だった俺も少々心配になってくる。


「きっとこの辺は海流が早いんだ。こう頻繁に方向修正しなければならないのなら反って手動の方いい」


すぐさま俺は自動操縦を解除した。

舵を握ってみると、それにかなりの負荷がかかっている事に驚く。


「これは…きついな……」


陸はまだまだ遠い。

これは一旦どこかに寄港し、沿岸沿いに進んだ方が無難かもしれない。

そう思った矢先また警告音が鳴った。


「今度は一体何なんだ!?自動操縦は解除してあるんだろう、ならば他の異常が有るのか!?」


俺は一旦兄さんに舵を握らせ、説明書を引っ張り出して懸命に調べた。

そしてようやく判明した事は……。


「燃料がほとんどない……」


いつの間にか燃料ゲージの針が0を指示している。


「何だって……、だが港を出る時に満タンにしたじゃないか」


「あぁ確かに入れた。それなのになぜ燃料が無くなる?」


「タンクに穴でも開いているのか?」


「そんな筈はない。海に油も浮いていなかったし、給油所の店員も何も言っていなかった」


「それならおかしいじゃないか!」


俺は再び説明書のページをめくる。

そして見つけた一説。


「この船は現在の速度で航行した場合、おおよそ6時間ほどの航行しかできない………。」


「そんな…とにかく船を岸に寄せろ!」


「それが……岸までは距離が遠過ぎるんだ」


「一体どうするつもりだロバート!

俺達をこんな目に合わせてどう責任を取るつもりだ!」


「今はそんな事を言っている場合じゃないだろう。

とにかく少しでも岸に近づけなければ。」


俺は残り僅かな燃料で、何とか遥か遠くに見える陸地に向かおうとするが、

船は流される一方だ。


そしてとうとうエンジンは止まった。


船は海流に流され、陸地からどんどん遠ざかっていく。

奴から奪った地図で調べれば、どうやらこの船は大海洋を目指しているらしい。

それを知った俺達は愕然とし、何とかならないかと説明書を隅から隅まで読みふけった。

しかし燃料が無い以上どうにもならないと悟り、パニック状態になった。

だがそれもつかの間だった。

1日もすれば自分達ではどうにもならないと諦めが付き、多分周りの者が俺達が帰らない事に気が付き、どうにかしてくれるだろうと救援を待つことにした。



「これから俺達はどうなるんだ?……」


「そんな事、俺に分かるはず無いだろう?ただ待つだけだ」


「そうだね……少し喉が渇いたな、水でも飲むか」


「あぁ、俺のも取ってくれ」


俺は冷蔵庫を開け、冷えた水を取り出す。

そして一気にそれを飲み干し一息ついた。


「ところでそろそろ昼じゃないか?確か色々買い込んだはずだ、飯にしようよ」


「あぁそうだな、見てみよう」




父上は、事の重大性に気付いているのかいないのか、相変わらず、うつろに海を見ているだけだ。

まぁ、あと数時間もすれば助けが来るだろう。

俺はそう簡単に考えていた。




しかしその考えは大きく裏切られた。

待てど暮らせど、俺達を探しに来る気配はなかった。


「兄さん一体どうなっているんだろう。あれからもう丸2日は経った。いったい助けはいつ来るんだ。ラジオのニュースだって俺達を探している様子がないじゃないか」


ただ波に揺られているだけの1日、俺達の唯一の娯楽はラジオを聞く事だけだった。


「俺が知るもんか」


「まさか捜索もさずこのまま発見されなければ……」


「そんな馬鹿な事がある訳無いだろう。きっと誰かが気が付く」


「だがエリックが行方不明になった時、俺達は捜索願を出さなかったじゃないか」


「あいつはΩだ。俺達はαだろう?格が違う。絶対に誰かが出すに決まっている」


「そうかな……それより腹が減った。食い物は本当にもう何も無いのか?」


「無い、残っているのは酒だけだ」


「なら酒でも飲むか」


「いいな……、なぁ今更だが、まさか……お前、救難信号は出してあるのか?」


「救難信号?」


「映画なんかでよく有るだろう?遭難した船がよく出すあれだ」


俺はふと思い立って、慌てて無線機へ飛びついた。

それから急いで無線のスイッチを入れるが、何度やっても無線が入らない。


「どうしたんだ?」


「無線が入らない。」


「え?」


兄さんはラジオを確認している。


「ラジオも鳴らない。どうやら、バッテリーが切れみたいだな……」


力なくそう言う。

何てこった。

すっかり救難信号の存在を失念していた。

今更兄さんには言えない。

これでは俺たちここで漂流している事も、誰にも知られていないかもしれない。

万事休すか……。




「奴らが屋敷を出てから、既に3日経過していますが未だにコルトバの港に着いた形跡は有りません。どうやら奴らはこちらの計算通りの行動を取ったようですね。

で、少将殿、この後どうされます?」


「αのくせに、これ程馬鹿だとは思わなかった……。」


頭を抱えた少将殿が力なく呟いた。


「私はこのまま捨てておいても一向にかまわないと思いますよ?このような例は年に幾つも発生する事ですから」


「俺だってそう思う。だがもしこれが後々マシューにバレたらと思うと……。」


「あぁなるほど。マシュー君はお優しいですからね。記憶が戻った時、あの方達が亡くなったのは自分のせいだと、己を責める可能性も有りますね」


「俺達が知らぬ存ぜぬで通しても問題はないと思うが…」


「別に構わないのではありませんか?放っておいても」


「しかしなぁ……あぁっ、もうっ!、……1週間だ!」


「何がです?」


「1週間経ったら、通常の捜索願をゴードンにでも入れさせろ。」


「なるほど、お優しい事で。しかし1週間ですか?エリック様は屋根のない小舟で大海原を10日も漂っていたのですよ。それを奴らは、3日分の食料や酒まで用意し、屋根やベッドも有る船でのうのうと漂っているのです。私としては許せませんね。」


「いったいどうすればいいんだよ…」


「私なら放っておきますが、まぁ少将殿の立場ではマシュー君の手前そうもいかないでしょう。もう少し、そうですね10日もしたら通常の捜索依頼を出されたら如何ですか。αという立場上捜索は優先され開始されるでしょうし、運が良ければ救助されるんじゃないですか?」


そぅあの位置から海流に乗り10日も経てば、確実に外洋の位置も分からない所に流されてしまうはずです。

専門家が分析でもしない限り位置を特定するなど不可能。

たかだか破産寸前の重要でもない人間の捜索に、わざわざ専門の機関が出しゃばり、分析や計算をするとは思いませんから。


まあ、あの姉が仏心を出し、乗り出して来ない事を祈りますよ。



========


お…終わった………、やっと終わった。

浅はかな者達=面倒な者達でした

やっと本編に戻れます。

多分…………。

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