第32話 浅はかな者達 5

それからのライザー家の奴らは、気持ちがいい程私達の筋書き通りに動く。

私は、またまたでっち上げた報告書と一枚の地図を取り出し、テーブルに広げた。


「場所はここ、レイシャル半島の先端付近にあるコルトバという小さな村です。」


「何だ、意外と近いじゃないか。」


「いえ、地図では近くに見えますが、大陸自体の規模も考えますと、かなり遠方です。おまけに此処に大規模な山脈が有り、陸路で山を迂回して行きますと、鉄道や車などを乗り次がねばなりませんので、行き着くまでおおよそ4日ほどの道のりとなるでしょう」


レイシャル半島は、横長の細い半島で、大陸から大洋に曲線を描くように突き出した形をしている。

地図でコルトバと地元の港を直線で結べば、かなり近く見えない事も無いが。


「何だってそんなに時間がかかるんだ」


「地理上仕方が有りません。しかし、海路で海岸線を辿る様に行けば山脈を迂回する必要はありませんので時間はかなり短縮できます。ただコルトバはかなりの僻地であり、船も3日に1度しか通いませんし、ここから直通の船も無いので乗り継ぎが必要。それを考えればやはり陸路を使った方が賢明でしょう」


「もし船を使ったならどれぐらいの時間が必要だ」


「そうですね……運よくすんなりとコルトバ行きの船を乗り継げることが出来れば3日…ほどでしょうか」


「3日も掛かるのか、しかしその方が早いなら行くしかない」


私は運がよければと言った筈だが、それすら頭に入れていないのか。

まあ別にいいけれど。


「ちょっと待ってくれ、それは定期船を乗り継ぐと…という話だろう?それなら俺の船を使っていけばもっと早く付くんじゃないか?」


はい、良く思い出してくれました。

弟のロバートさんが船を持っている事は調査済みです。

それを言ってもらえないと、こちらの計画が狂ってしまいますからね。


「そうか確かお前は船を持っていたな。しかし最近使っていなかっただろう?それは動くのか?だがそれ以前に、お前は操縦出来るのか?」


「船なら半年前は動いたぞ、多分大丈夫じゃないか?それに俺は船舶免許を持っている」


えぇ、船なら動きますとも、私共がちゃんと整備済みです。

ですがロバート様は確かに免許は持っていますが、実際操縦した事はそう無いですよね。お友達が教えてくれましたよ。


「それなら話は早い、すぐに出かけよう!」


「しかし父上、すぐにと言っても仕度をしてからでないと」


「たかだか2日だろう?仕度などいらぬ。こうしている間にもクロエがどこかに行ってしまったらどうするつもりだ!」


「お話し中申し訳ありません、運行中燃料が切れてしまう可能性もありますので、せめて燃料だけでも満タンにしておく必要が有ると思いますが……」


私はアドバイスなどしたくは無いが、燃料だけは満タンにしてもらわなければならないのだ。


「あ、ああ、すっかり忘れていた。そいつの言う通りだ。船はずっと放り出したままだったからな、その辺はチェックしておいたほうがいい」


「そうと決まったらさっさと行こう。うまくいけば5日ほどでエリックを連れて帰って来れる」


「待て、クロエがいるなら私も行く。」


統率も取れない烏合の衆。

誰もかれも己の利益ばかりで誰一人としてエリック様の心配などしていない。

見苦しいにもほどがある。


「お待ちください、もしエリック様が本人でなかった場合、くれぐれも他人に迷惑を掛けぬようお願いします。それからその場合はまた一からの調査にな……」


「うるさい、俺達は急ぐんだ!とにかくお前の用は済んだんだ、さっさと帰れ。

あぁそうだ、その地図は貰っておく」


そう言って私の手に合った地図を引っ手繰るように奪い取った。


「そんな、困ります!」


「こんな紙切れ1枚でガタガタいうな。」


ルクスはさも当然のような顔をし、品の無い笑い顔を浮かべる。

まあいいですよ、はなからそれは半島の地形を見てもらう為、あなた方に用意した物ですから。




慌しく出て行く人たちを見送った後、私はまた椅子に座り込み、冷めてしまったお茶に手を伸ばした。

すると私の前にゴードンが腰を下ろし、持っていた自分のカップをテーブルに置く。


「ご苦労さんでした」


「はあっ、ようやく任務が終わりましたよ」


彼によると、この家の執事であったクロードが退職する折、ライザー家の新しい執事兼スパイになるべく送り込まれたそうだ。


「もう二度とこの家に関わりたくありませんよ」


「その気持ち分かるよ。でももしかすると、この任務まだ続く可能性も有るかもよ」


「冗談でしょう?ジークフリード様が立てられた計画ですよ」


「そうだな。しかしこの仕事をしていて時々思うんだが、俺達役者の才能も有るんじゃないか?」


我々の仕事は、色々な所でその時に会った状況に合わせ、一芝居打つ時も多いのだ。


「そうかもしれませんね。それならこの仕事が首になりましたら劇団に面接にでも行ってみましょうか」


「その時には誘ってくれ」


それからゴードンはカップを片付け、家の中のチェックを終え、最後にポケットから退職願と書かれた封筒を取り出しテーブルの上に置く。

それから重厚な玄関扉に鍵を掛け、それをポケットにしまった。

それをどうするのかと聞けば、ジークフリード様にでも渡しておきますよと言って笑っていた。


「さて帰りますか」


「あぁ、やっと家に帰れるな」


俺達は久々に駅までの道をのんびりと歩いた。

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