第30話 浅はかな者達 3

「兄さん!これを見たかい!」


1枚の紙を掴み、ロバートが部屋に飛び込んで来た。

今はそれどころでは無いと言うのに、何を騒いでいるんだ!


「うるさい!静かにしろ。頭が痛くなる!」


「頭なんてどうでもいいんだよ。それよりこのチラシだ。町でかなり噂になっているんだ見てみろよ!」


「そんな紙切れ見ている暇など無い!俺は忙しいんだ!」


こっちは気に掛かる事が有り、今はそれどころではないのだ。


今日の新聞で、エトアニルで鉱山が発見されたとニュースになっていた。

しかし最近我が家で購入した株元、カレッツオ鉄鋼は国内の鉄鉱石を扱う会社だ。

いくら他国での出来事といえ、エトアニルの影響は少なからず受けるだろう。

ならば国内産だけではなくそちらとの契約も結べばいいと思うが、今はまだ購入云々という段階ではなく、採掘設備の設置など売買契約には至らない段階らしい。

早急に手を打つ必要は無いだろうが、用心する事に越したことは無い。

しかし我が国は以前よりあの国の経済を援助していたはずだから、我が国が設備設置に関し手を貸すのは頷けるが、ライザー財閥と共同出資と言うのは何故だ。

早いうちから関わっていればそれが独占できるとでも思っているのか?

だが国という組織が関わっている以上それも出来ないだろう?

確かに他の企業より先に名乗りを上げる事は出来るかもしれないが、その決定権は国に有る。

そしてその資源を扱う権利は名乗り出た会社に平等に与えられるだろう。

そんな事も分からないなど何とも間抜けな会社だ。



「兄さん、少しでいいから、俺の話を聞いてくれ!」


「うるさいな一体何なんだ!」


仕方がない、ロバートの相手をしないと、こいつは気が済むまで俺に纏わり付く。


「これだよ!新しい工場が出来るとアマリアが話していただろう?」


「確か洋服屋の事だろう?それがどうした。」


「今日、その工場の求人の広告が入って来たんだ。」


「求人?」


「とにかくこれを見てくれ!」


ロバートが持ってきたチラシは、施設老朽化及びコスト削減の為、色々な地域に散らばっていた小規模な軍工場をこの地域にまとめ、大規模な工場を新設する。

その為仕事に携わる従業員を大々的に募集するとあった。


「こ、これがどうした…。我社とは関係ないだろう?」


「本気でそんな事を言うのか?これだけ大きな会社だ、たかが洋服屋なんて言っていると足元をすくわれるぞ。一番底辺の作業員だって指導すれば色々な作業が出来るし、人員を動かす工場長だって同じだ。ならば人はより利益のいい方に動く。つまり俺達は選ぶ方から選ばれる方へと変わったんだよ」


チラシをよく見れば、設定されている給料は我社よりずっといいし、福利厚生施設も整っていると書かれている。


「こんなのはただの餌だ。書いてある事だって本当かどうかもわかりゃしない。それにうちの従業員は俺達に長年養ってきてやった恩が有る筈だ。そうそう他に行く奴などいない」


「逆だ兄さん。今まで俺達は近くに大きな会社が無かったのをいい事に、昇給もろくにせず、従業員は安い賃金で使って来たじゃないか。不平を言っていた奴はかなりいたぞ。つまり俺達に対する恩などだれも持っちゃいないんだ」


「それなら我が社も、同じぐらい賃上げをすればいいじゃないか」


「給料の事だけじゃない、あちらは従業員が過ごし易いよう色々な施設が充実している。これじゃぁ誰だってあっちに勤めたくなる。おまけに今の金銭内情で、昇給などしても大丈夫なのか?」


「そ、それは……。」


確かに現在の財政では、多少の事は出来てもこの工場ほどの賃金は出す事は出来ない。

ならば使えない奴の首を切り、その分を他の者に還元すれば……。

いや、契約済みの仕事を期限内にこなすにはあの人員は絶対に必要だ。


「くそ、アマリアを呼べ!すぐにまた融資を申し込むんだ」


一時的でも給料を引き上げ、従業員が離れるのを食い止めねば。


「それは無理だ、先日株を買い入れた時、我が家の全てを担保としたんだ。これ以上借りる事は出来ないよ」 


「くそ!軍の工場と言い、エトアニルの事と言い、俺達には疫病神でも取りついているのか!」


「エトアニル?何か問題があるのか?」


「これだ」


そう言い俺はエトアニルの記事を差し出した。

ロバートは暫くその記事に目を通していたが、いきなり顔を上げた。

それは目を大きく見開き、顔色が変わっている。


「なんだこれは!カレッツオ鉄鋼は絶対に傾くだろう!」


「そんな事は分からない。まだ開発段階だ、実際の稼働はまだまだ先だ。」


「だけどギラン財閥が関わっている」


「あぁそうだ。だが相手は国だ。ギランが何を言おうと国民が異論を唱えれば国はそれに耳を傾けねばならない。」


「………違うよ兄さん、ここにギラン財閥及び我が国…と書かれている。実質この事業に関わっているのはギランだ。国はおまけのようなものだな」


「何を馬鹿な事を」


「そうなんだよ、風邪薬の説明書と同じだよ、分からない?一番影響のある物は一番最初に書かれるって事を」


「薬の説明書と同じにするな」


「事実だからね」


そんな事も知らないのかと言うような様子に苛立つ。

だがもしそうならば厄介な問題が増えたのだ。


「すぐにアマリアに電話を…いや俺がする」


とにかく今なら対処できるはずだ。

必要なのは当座の資金、何、現在カレッツオ鉄鋼の業務成績は優秀だ。

その株主である俺達の願いをアマリアは断らないだろう。



「もしもし、ライザーだが、ミス・アマリアはご在席か?」


『はい、アマリアです。ご機嫌麗しく。』


「何がご機嫌麗しくだ!お前は今日の新聞を読んだのか!」


『ええ、仕事柄、毎日幾つもの新聞を読んでおりますが?』


「何を暢気な事を、一体どういう事だ!」


『はい?何の事でございましょう?』


「とぼけるな。エトアニルの鉱山の事だ、カレッツオ鉄鋼の方は大丈夫なんだろうな。」


『あぁ、その件ですか。大変な事になりましたね。』


「大変な事?ふざけるな!うちはお前を信用してあの株を買ったんだ。あれは下がることは無いだろうな」


『いやですわお客様。わが社は証券会社です。つまりはアドバイスをし株の売買を仲介し、その手数料を頂戴するだけ。それに買うと決めたのはお客様ですよ?

私共の紹介した株が下がったからと言って、責任を取れと言うのは筋違いですわ」


「なんだって!今更そんな事を言うなど無責任だろうが!利益が落ち込む事になったならきっちり責任を取ってもらう」


「まぁ、現在カレッツオ鉄鋼の株はかなりの利益を生んでいる筈ですわ。この先どうなるかは分かりませんが…。ですがもしあなたの話の筋を通すなら、その儲けた利益分を私共にも還元していただけるのですか?普通はしませんよね』


「そ、それは……。」


『とにかく、我社にも沢山のお客様がいらっしゃいます。全部のお客様に利益が有る事に越したことは有りませんが、やはり損をするお客様もございます。

買われた株の動きを把握し、損をしないよう管理するのはお客様。それが株取引です。

それをご承知で買われたはずでしょうに、今更そう仰られても我社としましても困ります』


「では、この先うちはどうすれば……、そうだ!カレッツオ鉄鋼の株を買った他の奴はどうしている?」


『あらまあ。あの会社の株は、あの時点でとても優秀な物件だからと言って

買い占められたのはライザー様でしょう?他の方が買おうとした分を、全てライザー様が強引にお買上になったでは有りませんか。』


「そう…言えば……。」


『とにかく、今お売りになるのか、今しばらく様子を見るのかはご相談に乗ります。いかがされますか?でも今お売りになりたいと言っても、あのニュースが出た直後ですからね。買い手が付くかどうかは分かりません』


「くっくそ、では融資だ金を貸せ。それで許してやる」


「まあなんてお優しい…いくらでもお貸ししますよ。それと引き換えになる保証、つまり担保が有るならば」


いい女だと思っていたがとんでもない奴だ。


「生意気な事を言うな!俺を誰だと思っている。ルクス・ライザーだぞ!」


「えぇ、存じておりますとも。いかがですか?ただの証券会社の一社員に乞う気分は?」


「くそっ、もういい!!」


そう言って俺は受話器を叩き付けた。

大変な事になった。いったいどうすればいいんだ、今のままでは株価は下がる一方だろう。

あの株は早く手放した方がいいのだろうか、それともアマリアが言っていたように

様子を見るのも手なのだろうか。

誰か詳しい奴、相談に乗ってくれる人はいないものか。


「姉上…そうだ、姉上に相談してみよう」


「多分無理だと思うよ。カレッツオ鉄鋼の株を買うに当って、あれほどよく考えろと言っていたのを押し切って買ったんだ。いまさら何を言っても相談になど乗ってくれないと思う」


「だがこのままでは、由緒あるライザー家が無くなってしまうかもしれないんだ。

それを考えれば、さすがに姉上も手を貸してくれるのではないか?」


「それは無いだろうな。姉上はこの家が嫌で出て行かれたのだから…。この家の事など興味は無いだろう」


「だったら他に誰かいないか?………そうだ、ワロキエ伯爵なら力になってくれるかもしれない。」


「無理だろう。100歩譲って、もし相談に乗ってくれるなら、我々がエリックを先に見つけ、ワロキエ侯爵の憂いを晴らしてからでないとダメじゃないか?」


「くそ、またエリックか。あの疫病神め!」


しかし、確かにエリックさえ見つかれば、ワロキエ伯爵はこちらの味方になってくれる筈だ。

何と言っても伯爵は、エリックに借りが有るのだから。


「たしか辞めたモーガンが、エリックの捜索願を出してあったはずだな。そちらの方はどうなっているんだ?」


「全然気にしていなかったからなぁ、一応聞いてみる価値はあるかもしれない」


俺は再び受話器を取り、警察に電話をかけてみた。


しかし警察では何故か10分の間に4か所ほど、通話がたらい回しにされた。

一体どうなっているんだ?

捜索依頼の手順とは、こんなに手間がかかるのか?

さんざ待たされ腹が立ってくるが、エリックの情報は欲しい。

だから俺は言われるがままに待った。


『大変お待たせしてすいませんでした。エリック・ライザー様失踪の件ですね。』


「だから何度もそう言っている!」


『申し訳ございません。エリック様に付きましては、未だに発見されてはおりませんが、有力と思われる情報がございました。付きましては担当の者がそちらに伺い、ご説明をしたいと思いますが、ご都合のいい日にちと時間を窺ってもよろしいですか?』


「そんなに悠長な事を言っていられないんだ。今日来てくれ。すぐだ!」


『すぐですか?急にそう言われましても、こちらとしましては……。』


「何のために高い税金を払っていると思っているんだ。お前たちはその税金で食っているんだろう。国民の言う事は素直に聞け!すぐ来いと言ったら来ればいいんだ!」


『……わかりました。出来る限り早く伺わせていただきます。到着までしばらくお待ちください。』


まったく、最初から下出に出ていれば、こうも気分を害されはしなかったものを。

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