第29話 浅はかな者達 閑話

「例の件の進み具合はどうだ?」


ある日、少将殿がそう尋ねてきました。


「まあ、ほぼ順調ですよ」


「ほぼだと?自信家のお前にしては珍しいな」


いえいえ自信家など烏滸がましい。

ただ私は理論的に計画を立て、進めているだけです。

しかし今回はイレギュラーが一人いたので、事が計画通り進まなくなりました。


「ライザー家の長女シルビア嬢ですが、あの家族にしてはなかなかの切れ者と言うか常識人らしく、こちらの話には乗ってこなかった様なのです」


「ほお」


なぜか少将殿の反応が楽しそうです。

確かにあの家の状況ならば、うまい話を蒔けば飛びついてくるとばかり思っていましたが、なかなか面白い展開です。


「まぁ長女の評判は、エリック様には少々無関心なところは有りましたが一概に酷い姉と言うほどではなかったようなので、今回は放置しておいてもいいかと思っています。」


「マシューにつらく当たっていなかったのなら、お前の判断に任せる。それで進行状況は?」


「ライザー工業近くに建設中の軍の工場は、完成予定まであと一息ですね。すでに従業員募集の件も順調に進んでおります」


「人員は計画通り集まりそうか?」


私達の計画では、ライザー工業の方から従業員を根こそぎ引き抜く予定だ。


「まぁ、大丈夫でしょう。工員、パートは、ライザー工業の時給の1.5倍、専門職の方は見習い期間を経て月給はおよそ1.7倍を予定しております。もっともライザー工業自体、近辺に働き口があまり無かったせいか、従業員の給料は最低賃金に近い金額でしたので、我々の提示した金額でもこちらにはほとんど痛手は有りませんね。軍の工場は福利厚生や色々な設備も充実していますし、よほどのことが無い限りライザーの社員はこちらに転職すると思ますよ。もしライザー工業の方で法定外な縛りが有った場合、それにも対処できるよう手も打ってあります。尚、管理職のヘッドハンティングは裏では既に完了しておりますのでご心配なく。」


「さすがだな…と一応褒めておくか。」


「おや、珍しい。」


「他の会社への影響は大丈夫なのか?」


「まぁ先ほども言いましたが、近くにはあまり勤め先が無いようなので、他社への影響は少ないとは思いますが、やはり中小企業の何社かは影響を受けるでしょう。取り合えず面接は規定通りに行い、おかしくない程度に受け入れ、後は断る方向で考えています。」


「そうか……。」


「こちらの計画の為に迷惑をかけてしまう会社には、何かしら還元する方向で考えてみますよ」


それを聞いた少将殿は満足そうに軽く頷く。


「それと、証券会社の方ですが、大筋で計画通り進んでおります。」


その辺はベテランであるアマリアの功績が大きいだろう。


「何の疑いもせず、こちらの勧める株を言われるがまま購入したそうです」


「馬鹿な奴らだ」


「まったくです。土地、屋敷及び工場の権利証を始めライザー家の持てるもの全てを担保とし、かなりの物件を購入したようです。現在それは短期でかなりの利益を生む商品なのは確かですが、長期的に言ってどうかと……」


「それは後で暴落する見込みの奴だろう?クレームなどは大丈夫なのか?」


「ええ、アマリアも実際に利益を生む物を進めただけであり、買う買わないは本人の判断次第なのですから、そこまで責任は持てませんよ」


しかしあの兄弟ならば文句を言いかねないだろう。

まあ文句を言われたところで、その時はアマリアに任せておけば大丈夫だ。


「彼らの購入したカレッツオ鉄鋼の株ですが、今現在はまずまずの成績ですね。

しかし、それも時間の問題です」


「ああ、エトアニルの件か」


「はい、資源が乏しく長年我が国が細々とですが援助をしてきた国です。つい最近大規模な鉱山が発見されましたからね。あの国はこれから発展の一途を辿りますし、当然わが国もそのおこぼれに預かることは必須でしょう」


「いずれその事が我が国に知れ渡れば、カレッツオ鉄鋼は暴落する…か」


「まあエトアニルの鉱山も先月初頭に発見されたばかりですからね、公になるのはもう少し先のはずでしたが、事情が変わったようですよ」


本当は時間をかけてじわじわと首を絞める予定でしたが、思わぬところから横槍が入りましたからね。

ライザー家もすっぱりと処刑されるようです。


「お前の計画が狂ったのか」


「えぇその通りです、誰かさんの御身内のせいで」


その皮肉が分かったようで、少将殿の顔付が一瞬で変わった。


「まさかと思うが……うちの者か?」


「調査の結果が出たのがつい最近ですので知らない方が多いはずですが、どこから嗅ぎ付け…いえ、お知りになったのか、カトリーヌ様がさっさとエトアニルに赴き入れ知恵をかましていらしたようです」


少将殿はため息をつき頭を抱えているようですが、少将殿の姉上、カトリーヌ様を止めるのは不可能に近いですから。


「何でそうなる………」


「弟の大事な人に害をなす虫を殲滅するなど、私がやらなくて誰がやる…とお思いでしょうね。まあカトリーヌ様ならバカな事など仕出かしはしないでしょうが、こちらとの食い違いが出ないよう配慮しなければいけません」


「………で?お前の計画が狂ったと言うのは…」


「はい、こちらの計画では、エトアニルの鉱山開発は我が国の上層部を説得し、開発資金の無いエトアニルに代わり、全ての資金を肩代わりさせようと思っていたのですが、カトリーヌ様の登場により説得する手間が無くなったと言うか、何と言うか…」


「まさか全額姉上が負担すると言い出したのか?」


「まぁ言い出しはしましたが、さすがにそれでは我が国のトップも黙っていられず、今まで国として援助してきたのだからその権利は国に有ると言い出し、両者一歩も譲らない状態になりましたので、それなら半々になさったらいかがですかと助言したところ、とんとん拍子に話がまとまってしまいました」


「はぁ—、お前も一枚かんだと言う事か……」


そんなあきれ顔で私を見ないで下さい。

こうもスピード決着したのは、一重にあなたのお姉様のせいですからね。


「そうなった以上、この計画を先延ばしにする訳にはいきませんので、早々にカトリーヌ様を伝手にエトアニルとの提携を進める事になりました」


「しかしカレッツオ鉄鋼が、その開発に名乗りを上げる可能性はないのか?」


「有りませんね。カトリーヌ様がエトアニルとの資金援助を申し入れていたところに、我が国が首を突っ込んだのですから」


またまた少将殿は大きな溜息をつき、一点を見つめ何かを考えているようだった。


「マシューの事は、俺が何とかしてやりたかったのだがな……」


「俺達が…でしょう?その輪にカトリーヌ様も入られたのですよ。諦めた方がよろしいですよ。この輪はまだまだ広がりますからね」


「そうか…、ちょっとイラつくな………」


仕方ないですよ。

全てマシュー君の為に決めた事であり、この件もそれに付随する一つなのですから。

第一あなたはマシュー君を相手にする事で手いっぱいだったでしょう?

今は周りに甘えておいて下さい。


「後は、いつこの事を公表するかですね。ライザー家はカレッツオ鉄鋼株の買い入れ契約は完了していますから、いつ発表されても構いませんが」


「外堀は既に埋まっていると言う事か……。」


「ええ、この事が公表されれば、当然国内産の鉄鉱石を扱っているカレッツオ鉄鋼の株は大暴落します。そうなればライザー家がカレッツオ鉄鋼の株を買うための資金は回収不可能とされ、担保は全て差し押さえます。もし取り返したいのであればどこからか金をかき集めなければなりませんが、今のライザー家に金を貸す様な方は皆無でしょうね」


あの姉が情け心を出し自身の貯えを出す可能性もありますが、修羅場を見ていたアマリアの報告から判断すれば、それも無いだろうと思いますよ。


「あの、これは余計な報告かも知れませんが、カトリーヌ様は裏でライザー工業やカレッツオ鉄鋼の株を少しづつ買いあさっているようです」


「……………なるほどな」


きっとカトリーヌ様は両社がどん底に落ちた時、株を買いたたき、自分の会社に取り込む気なのでしょう。


「まあいい、そちらは姉上の得意分野だ、任せておこう。」


「カトリーヌ様は別にそれで儲けるつもりは無いようです。多分それらが手に入った暁には、結婚祝いとしてライザー家の全てプラスカレッツオ鉄鋼をマシュー君に送るつもりのようです」


「断る。記憶を失ったマシューがいきなりそんなものを貰っても戸惑うだけだ」


「それは私ではなく、直接カトリーヌ様に言って下さい」


「チッ!」


少将殿は苦々しそうに舌打ちをするけれど、やはりカトリーヌ様が苦手のようです。

お気持ちは察しますよ。


「まあ、先は見えた…か。だがな、金銭的にダメージを与えるだけでは、俺は少々物足りない気がするんだが……。」


「そうですね。マシュー君の境遇を考えれば私も同意見です」


そう、だからこそそれ以上の手も打ってあるのだ。


「話はそれで全部か?俺は話を聞いているだけで疲れた。部屋に戻る……」


私は結構楽いですけどね。


「きっとマシュー君もお待ちでしょう。早く帰って慰めてもらって下さい」


さて、これが完了するまでもうひと踏ん張りです。

可愛い従兄弟の為にも頑張りますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る