第29話 浅はかな者達 2

「融資先は少しなら心当たりが有るけれど、これほど傾いている家では相手にしてもらえる保証は無いわ。紹介するぐらいならしてもいいけれど、後は自分達で何とかしてちょうだい。」


「それだけでいい、紹介さえしてもらえれば後は俺達が何とかできる」


「そうして……。」


私は数件の銀行名、連絡先、知り合いの名を書いた紙をテーブルの上に置いた。

しかし、私が懇意にしている銀行は、どれもβが起こした所だ。

弟達が自分から頭を下げるとは思えない。


「ふんっ、此処か。駄目だな。相手にならない。」


そんなこと言える立場なの!?

まあ、あなたたちが接触するつもりが無いのなら、私としても助かるわ。

あなた達では一体何を仕出かすか分からないし、私の顔に泥を塗りかねないだろう。

するとその時、先ほどの使用人が来客だと知らせに来た。


「うるさい!今大事な話の最中だと分からないのか!さっさと出ていけ!」


しかしその使用人は怯む事をせず先を続けた。


「しかしお客様は新規の証券会社の方だそうでして………ぜひご挨拶をしたいと仰っています」


「なに証券会社だと?」


金の匂いがすると思ったのだろう。

弟は口元を緩ませ、私がいるにもかかわらず、その人をこちらに通せと言っている。

新規の証券会社など胡散臭い可能性も有る、下手に弟達だけで会わせるより自分も立ち会った方がいいかもしれないと思い、そのまま同席する事にした。



やがて使用人に連れて来られたのは、一人の女性だった。

スレンダーな体付きに、ラインに沿ったスーツを着込んでおり、一見清潔そうでは有るが人好きのしそうな女性だ。


「初めまして、私はブレーメン証券のアマリア・コレッタと申します。この度こちらの地区に、新しい支所を立ち上げる事となりまして、ぜひこちらの名主であるライザー様にご挨拶をと思い伺いました。」


そう言い私達3人に名刺を配る。


「これをご縁に、よろしくお見知りおきを」


「ブレーメン証券…ね。本店は?」


「ペンデュラムでございます。」


「ペンデュラム、そう……」


どうやら本物の様だ。

つい最近ペンデュラムに、後ろ盾もしっかりした新しい証券会社ができ、色々な地方に手を広げていると噂になっている。

一応聞いてみてもいいかもしれない。



それからこの女性は、実に美味しそうな話を延々と捲し立てた。

言葉の端々に弟達に媚を売っている様にも見え、どことなく胡散臭そうにも見えるが、そんな事はマニュアルの内だろうし、話の筋は通っている。

とは言えどこかがおかしいと思うのは何故だろう。


「もちろん、購入していただく物は、高利回りですし、還元分はお待たせすること無くお支払いいたします。ご希望であれば、その株を担保にし、ご融資も可能です。」


「へー、配当金がもらえる上に、それを元に融資もしてもらえるんだ。」


「はい、その通りでございます。誠心誠意対応させていただきますので、ご安心してお任せ下さい。そうだわ、もし新規にご契約していただけるのであれば私の初めてのお客様となります。すぐに会社の方と交渉をし何とか利率のいい商品を、特別に回してもらえるよう頼んでみます。」


「それはいい。我が家に取って願っても無い事だ」


「そうだな、すぐにでも詳しい話を聞こうじゃないか」


なに手の内をさらしているの。

それにしても何かおかしい、証券会社は相手の経済状況を調べないうちに安易に株を売る事などしないはずだ。

それにしても、自分が株式会社に携わっている、いえ常識的に言っても弟達はその仕組みを本当に理解しているのだろうか。

株を買うにしてもお金が必要だし、融資をしてもらうなら利息まで発生するのよ。

この子達はお金は湯水のように湧いてくると勘違いしているのだろうか。


「もう少し考えてから行動した方がいいわ」


「姉上、待つ必要などない。今はいかに資金繰りをするかだろ。それを早々に解決しないと、会社の未来は無いぞ」


「さすが、ライザー様は先々の事を考えてらっしゃいますね。私もその通りだと思いますわ。早めに対応しなければ、いい品は利益を得ようとする他の者に持っていかれてしまいますもの。時間は大切です。」


「その通りだ。時は金なり、先手必勝さ。時間を掛けるだけでは何事もうまく行かないからね」


「やはりライザー様は分かっていらっしゃいますね」


弟は煽てられ、いい気になっている。

少し頭を冷やした方がいいのだが、こうなっては今更何を言っても無駄だろう。


すると、突然その女が話を変えた。


「そう言えば、此処からそう遠くないところに新しい工場が出来るのをご存知ですか?」


「何だって、本当か?」


「はい、何でも軍などの被服関係などを一手に扱う工場と聞いておりますわ」


「何だ、洋服家か。我社とは全然畑違いだな。俺達には関係ない話だ」


「そうだとも、たかだか服を作る工場が出来たところで、我社は痛くも痒くもない」


何を言っているのだろう、職種はともかく、軍関係ですって?そんな大手の工場が出来る事自体問題でしょう。

するとどういう訳か、アマリアさんと目が合う。

なぜか私を値踏みしているような目だ。

しかしそれも一瞬の事、すぐに話は再開された。


「まぁ、さすがですわ。どっしりと落ち着いてらっしゃって、さすがライザー家のご兄弟ですね、憧れてしまいますわ。さて、話は戻りますが商品の購入の方はいかがされますか?」


「ぜひお願いしたい。ついでにそれを担保に融資の方も……」


「ちょっと待って。即答しないで、もう少し検討してから…。

大体にして、その株を買う元金はどうするつもりなの」


「ご心配なく。もしご希望であれば、私共の系列会社である銀行にて、この土地、建物、工場などを担保に、早急のご融資も可能ですわ。しかしその借り入れもそちらの会社が軌道に乗りさえすれば、直ぐに返済できますもの、何の心配もございませんわね」


やはり腑に落ちない。

我が家に対する事前調査はもう済んでいるのだろうか、それを前提に話を持って来ているのだろうか?

いやそれなら尚更おかしいだろう。

こんな傾いた潰れる寸前の家に対して、揉め事を承知で購入を進める訳が無い。

もしかしたら何かしらの思惑が有るのかも知れないが、それが何か、今の私には読み解けない。


「姉上、わざわざご足労いただき申し訳なかった。せっかく来ていただいたのに無駄足になってしまったな。しかしあなたは既に家を出た方だ。我が家の厄介事は、やはり俺達に任せてもらいたい」


呆れて物が言えない。

こんなに愚かな人間が本当に優秀とされるαなんだろうか。


「タイミングを逃して、利率の悪い商品を掴むよりも、上物が有るうちに迷わずを買った方が得だろう」


「さすがです!賢い方でしたら、少し考えればわかる事ですわ。

ねえ、お嬢様?」


そう言いながら、にんまりと笑う女。

何だこの女は、絶対に他に何か目的が有るとしか思えない。


「では、私はこちら様に相応しい商品の一覧を作成し、また後日伺わせていただきます。そうですわ、面倒の無い様、契約に必要な書類もお持ちします。」


「よろしく頼む。しかし、俺達も日ごろの行いがいいのだろう。あんなに困っていた問題がこうも簡単に片付くとはな。」


弟達はこれで問題がすべて片付いたつもりなだろう。

だが世の中こんなに簡単に済むものではない。

この子らは何を考えているのやら、いえ、何も考えていないのでしょうね。

この先どう転がるのか、すでに先が見えているのに。

まんまと、あんな女の手に引っかかって……。



ここはもう一度説得すべきだろうか……。

いえ、何を言おうと無駄な事は目に見えている。

私は、この家族の浅はかな人間たちが嫌で逃げだしたぐらいなのだから。


「うまく行く事を祈っているわ」


「心配しなくても大丈夫だ」


「それから、もう私に二度と声を掛けないで」


「そんな事にはならないさ。まぁ、姉上の方こそ、何か有ったら、俺達を頼ってくれていいよ」


何を言っているのだろう。

多分、またそのうち呼ばれることになるんだろうけど、振り回されるのはもうごめんだわ。

私は二度とこの家には戻らない、そう心に決めた。

心残りが有るとしたらエリックが帰って来た時のこと。

それだけは何とかしてあげなくては……。

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