第26話 後悔

ジーク兄様はどうして覚悟が必要なんて言っのだろう。

その言葉に疑問を抱きながら、そっと扉を開け中の様子を伺った。

でも、部屋の中はカーテンが引かれており、薄暗く静まり返っている。

聞こえるのは漏れ入るエンジン音と波の音だけ、人がいる気配が無い。


「え、あれ?アダム様、何処ですか?」


中へと入り、ざっと見渡しても彼の姿は見つけられなかった。

ジーク兄様はアダム様を部屋に閉じ込めたって言っていた筈なのに……。

その時カチっと微かな音がした。

扉の方を振り返ってみると、そこには大きな人影が。

でも僕にはそれがアダム様だとちゃんと分かる。

良かった、いらした。

自分が置いて行かれた気がしてとても心細かったんだ。

僕は安堵のままアダム様の下に駆け寄ろうと踏み出した。


「近寄るな」


アダム様の静かな声が部屋に響く。


「えっ?」


その言葉に驚き、僕はその場に立ち竦む。

怒っているの?考えてみれば思い当たる事が有った。

きっと僕が約束を守らなかったからアダム様を怒らせてしまったんだ…。

愛する人に拒絶される事は、こんなにも辛いものなんだ。

息が出来ないほどに苦しくなる。

立っていられないぐらい眩暈がし、冷汗が噴き出してくる。

今すぐこの海に身を投げて、死んでしまった方が楽な気がする。

こんなつらい状況なのに、愛する人に助けを求める資格を僕は無くしてしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい。お願いです、何でもしますから僕を嫌いにならないで……。」


知らぬ間に、呪文のような言葉が涙と共に溢れ出る。

縋るように両手を差し出した僕は、その答えを聞く事は無く、そこで意識を手放した。




「マシュー、マシュー!」


アダム様の声がする。


「頼むマシュー、目を覚ましてくれ。」


アダム様が僕を呼んでいる。


「アダム様…。」


そっと目を開け、僕はアダム様の頬に触れる。

なぜか僕は船の部屋のベッドに寝かされていた。


「良かった気が付いたか。急に倒れて驚いた。体調が悪かったんだな?気が付いてやれなくてすまなかった。」


心配そうな顔をしたアダム様がいつもと変りなく僕に接する。

確か僕は…………。


「アダム様、怒っているのに、そんなに無理をしなくていいです。言い付けを守れなかった僕に気など使わず叱って下さい。もしそれで罪が許されるのなら、僕はどんな罰でも甘んじて受けます。」


しかしそれを聞いたアダム様は、なぜか不思議そうな顔をしている。


「お前は何を言っているんだ?俺の方こそお前を束縛してばかりで、窮屈だったのだろう?倒れるぐらい我慢をして……。俺の器量が小さいばかりにすまない事をした。本当はお前がずっと我慢していると分かっていたんだ。だが、どうにもできなくて……」


「そんな、僕が我儘だったんです。ごめんなさい。アダム様が優しいからいい気になっていたんです。さっきアダム様に拒絶された時に思い知りました。僕はあなたがいなければ本当に生きていけないんです。お願いだから、僕を嫌いにならないで」


何とか体を起こしアダム様にしがみ付いた。


「マシューお互いの気持ちが食い違っていないか?確かに俺は我を失いそうになったが、ジークに無理やり正気に戻されたからな、怒ってなどいないぞ」


「ほ、本当に?でも、さっき僕に近寄るなって………拒絶した」


だから僕は、悲しくて、切なくて、まるで一人で暗闇に落ちていくような気持ちになって……。


「それは違う!あの時、俺はそう言ったかもしれない。だけどそれはマシューの事を心配して、ついそう言ってしまったんだ」


心配して?僕を心配すると触れてはいけないの?


「俺はあの時気が高ぶっていたんだ。そのままマシューに触れると何をするか分からないと思い、自分の気持ちを抑え自制していた」


ならば、僕を嫌いになったのではないの?


「そんな心配しなくてもいいのに、僕に触ってもいいのはアダム様だけ、アダム様に触れてもらえないのなら、もう誰も僕に触れてくれない」


そんなの…


「寂しい………」


思い出すと、また涙が出てくる。

アダム様の首にしがみ付きさらに訴える。


「アダム様、寂しい……」


僕はアダム様の物なのに、遠慮なんてしてほしく無いのに……。


「抱いて……」


違った、”抱き締めて”だった。

まあ似たようなものだからいいか。


と、思ったけれど僕が甘かったみたいだ。

その言葉を切っ掛けにアダム様の様子が変わった。

そして僕は後悔する羽目になってしまった。




「大丈夫か?マシュー」


「怠い…です。それと少し喉が痛い…」


「あぁ、酷い声だ。すまなかった」


いつもは頃合いを見計らって止めに来てくれるジーク兄様も、今日は来てくれなかった。

きっと言い付けを守らなかった僕への罰なのかもしれない。

けっきょく僕は昼食だけではなく、夕食も食べそびれたみたいだ。

それはアダム様も同じだけれど、僕と違って元気いっぱいに見えるのは何故だろう。


「そう言えばアダム様、先ほどジーク兄様が正気に戻したって言ってましたけど、どうされたんですか?」


アダム様の腕に頭を乗せ、寝物語がてらに質問してみた。


「大したことじゃない、殴られただけだ」


「殴られた!?あのジーク兄様に?」


いつも穏やかに笑っていて、理論的で優しいジーク兄様がアダム様を殴った!?


「驚くことは無いよ。軍人たるもの格闘技は必須だ。あいつはああ見えてかなりの使い手だぞ。俺には劣るがな」


でも、劣るジーク兄様が、アダム様が正気に返るほどの衝撃を与えたんですよね。

軍隊恐るべし。


「それなら僕も軍隊に入った以上、立派な軍人になる為に訓練頑張ります!」


そう心に決めたけれど、僕がそれに参加することは無かった。

多分アダム様の差し金だろうと感じたけれど………。




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我慢と我儘って意味的に正反対だと思うんだけど、文字が似ている気がする……。

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