第24話 乗船
僕は時々アダム様やジーク兄様に海や船の事を聞き、ほんの少しの知識を仕入れていた。
そしてアダム様の本を読んだり、資料を取り寄せて貰ったり、僕なりに知識を深めようと努力をした。
そんなものではとても足りないって分かっていたけれど、何もしないよりはましだろう。
その合間に僕の軍服や装備が届き、その時が近づいているのだと実感した。
「マシュー良く似合う」
軍服を試着した僕をアダム様が褒めてくれる。
以前僕の服を新調する為に来たオートクチュール店の人がそれを持って来たので、これは既製の軍服ではなく、特注で作った物かもしれない。
その証拠に、何故かアダム様の物より手触りが良く、とても深い黒色のしっかりした生地で作られている。
「お前の髪と同じ色、そしてその黒がお前の青く美しい瞳を引き立てているよ」
………アダム様は一度、目の検査に行かれた方がいいかもしれない。
それから程なくして、ようやく船の改造が完了したと連絡があり、僕の仕事もいよいよ始まろうとしていた。
しかし考えてみれば、なぜ外洋に行く為の工事が完了した時点で、僕の軍隊入りなのだろう?
その理由は実際僕が船に乗ってから判明した。
「なんなんですか…この部屋は………」
確かにアダム様の乗る船はとても大きな船だけど、それにしてもこの部屋は大きすぎる。
「なにって、俺達二人の部屋だ」
つる草模様の壁紙、とても大きくてきれいな絵画が飾られ、天井からはシャンデリアが下がっている。それだけならまだしも、海に面した窓は船には有り得ないような大きさだし、ベルベットのカーテンが掛けられ、おまけに真っ赤なバラの花束まで生けてあった。
どうやら隣には専用のベッドルームまで有るらしい。
「以前は俺の部屋だったが隣の部屋を潰し広くしてみた。どうだ、気に入ったか?」
アダム様は気に入って当然と言うような笑顔をしているけれど、一体何を考えているんだ?
大きいとは言え、船は広さが限られている。
その規模の中に機械から燃料、大勢の人やそれに付随する寝場所や生活用品、それに備蓄食料。
余っている空間など無いはずだ。
ジーク兄様なら怒鳴っている……、いや、ジーク兄様はきっと知っている筈なのに、なぜ容認したのだろう。
「ジークも張り切って内装を考えていたぞ、マシューへの罪滅ぼしと言っていたが、あいつにも殊勝なところが有るんだな」
「僕にはそんな気を使わなくてもいいのに…。これからアダム様とずっと一緒に居られて幸せなのですから、僕の方からジーク兄様にお礼をしなければならないぐらいです」
「そうだな、マシューこれからはずっと一緒だ」
「はい、アダム様」
「俺と一緒に居られて幸せか?」
「はい」
「俺もだ。これからずっとお前と一緒に居られる。マシュー」
「アダム様………」
「いい所を邪魔してすいませんがタイムアップです。時間は有限ですからね。少将殿は今すぐこの部屋を出て、マシュー君に船内の案内をして下さい。各設備の説明や使用方法、船内のルールも忘れずお願いしますね」
「船内全部のか?」
「まあ必要性のない所は省いてもけっこうです」
「だが、そんな事をしていたら (マシューといちゃつく) 時間が無くなる」
そうだよね、僕の為にアダム様の時間を無駄にする訳にはいかない。
「アダム様はどうかお仕事に戻って下さい。僕は近いところだけ探検してから戻りますから」
「だめだ、お前一人で船内を歩かせる訳無いだろう。迷子になったり、海に落ちたらどうするんだ。おまけに船の中は野郎ばかりだ、もし何時お前によからぬ真似をする奴が出ないとも限らない」
「いませんよ、そんな命知らずなど」
ジーク兄様は呆れ返った顔でアダム様をいさめているけど、ジーク兄様の言う通りだ。
僕に興味を持ち、関わって来る人などいないのに。
「大体にして、お前はずいぶんと暇そうじゃないか」
「忙しいですよ、あなたの代理だけで手一杯です。とにかく今日1日は目をつぶりますから、やる事はやって下さいね。明日からはしっかりと指令の椅子に座ってもらいますから」
「ち、マシューおいで。船内を案内しよう」
僕は差し出された手を取り、アダム様と一緒に扉に向かった。
色々な場所を教えて貰い、今は甲板の舳先部分にいる。
辺りには遮る物も無く、波をたてながら船は進んで行く。
「す……ごい…、全部海だ。アダム様凄いですね、青くてとても綺麗です」
「あぁ、綺麗だ」
アダム様は僕を見つめながらそう言った。
だから僕ではなく海を見てほしいのですが。
「海など見慣れている。俺に取ってはマシューを見ている方がずっといい」
「あ…りがとう…ございます」
もういい、もう慣れた。
でもアダム様が言ってくれる言葉がとても嬉しい。
「アダム様、大好き」
彼の胸の中で、嘘偽りのない言葉をつぶやく。
広くて青い海と空。
その空間にアダム様と二人きり。
まるで夢のようだ。
「マシュー」
優しい声が僕を誘う。
そっと目を閉じ、彼のキスを待った。
『マイクテスト、マイクテスト。そこのお二人さん、航行の邪魔をしないでほしいのですが』
突然スピーカー音がする。
えっ、ジーク兄様?
『そこでいちゃつかれると、ブリッジの者が気を使い、目を背けなければならないのですよ。そんなにイチャイチャしたいのであれば、人の迷惑にならない所でやっていただけますか』
見れば後方のブリッジに何人かの人影が見える。
つまり僕達はずっと見られていたんだ!
恥ずかしい~~~~。
僕はアダム様の手をガシっと握り、慌てて甲板を駆けだす。
そして後ろからはアダム様のとても楽しそうな笑い声が聞こえた。
追記・僕達の部屋は数日後には大会議室と名を変えられ、大きなテーブルが置かれるようになった。
実質自由に使っていいのは隣のベッドルームだけらしい。
大きさだったらそこでも十分だし、僕はその方が落ち着く。
でもアダム様は詐欺だと騒いでいた。
会議が無い時はご自由にお使い下さいとジーク兄様に言われたけれど、あまり納得していないみたいだ。
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