第18話 指輪
「さぁ、ご夫婦になりたいのであればさっさと支度して下さい。」
「何を言っているんだ?俺達はもうすでに夫婦だ」
「例えあなたがそう思っていても、それは勘違いです。あなた達はまだ正式な夫婦ではない。お忘れですか?」
そう言うジーク兄様の手には、1通の封書が有った。
「まあ、あなた方は気持ちの上では既にご夫婦だと認めましょう。でも正式に認められたいのなら、役所に行かねばならない」
「くっ」
「今から支度をし、役所に届け出をすれば帰りはほぼ昼直前。午後にはスミス医師も来られますからね。マシュー君の診察、ヒートに付いての説明。終了までおおよそ2時間は掛かるでしょう。早く行動を起こさなければ、時間は刻々と過ぎていくと思いますが?」
「ち、すまないマシュー俺のせいでゆっくりさせてやれなくて」
「大丈夫ですよ。僕はいつもあなたと共にいます」
あの後、慌しく出発した僕達はようやく最初の目的を果たし、今は家への帰路についている。
ジーク兄様の計らいで、ただ単調なお役所での書類提出に色が添えられた。
お役所の帰りに町の教会に連れて行かれたのだ。
ジーク兄様は気を利かせたのか、神父様の前にはアダム様と二人きりで進んだ。
「あなた達は今日この時より主の御許にてご夫婦となられました。これよりはお互いを思いやり助け合い 明るく温かいご家庭を作られますよう。なればその光はこの地に広がり、平和で美しい世界をもたらす事でしょう」
そうだったんだ。
役所だけなら往復で1時間ほどしかかからない筈なのに、ジーク兄様は帰りは昼直前になると言っていた。
「まったくジークの奴は」
「えぇ、とてもお優しいですね」
アダム様同じことを思っていていたんだ。
「それにしても、まだ時間が余るな。あいつはまだ何か隠しているぞ」
そして連れて来られたのは一軒の宝飾店だった。
「こればかりは私の勝手で選ぶ事など出来ませんからね」
「成程な、ジーク感謝する」
ここに来たのは、きっと結婚の記念品を買うつもりなのだろう。
「マシュー君、ペンダント、指輪、ピアス、ピンボタン、何でもいいです。あなたが気に入った物を選んで下さい」
「出来ればピアスは辞めてほしいな」
ジーク兄様の言葉にアダム様がすぐさま反応する。
ピアスは辞めてくれ?何故なんだろう。
「それはあなた個人の趣味でしょ?マシュー君にだって好みは有るんですよ」
「趣味の問題じゃない。マシューには付けてもらいたく無いんだ」
「僕には似合わないですよね……」
「違う、マシューの体に傷を付けるなど俺が嫌なんだ」
「ふふ、本当に困った人ですね。まああなた方二人の記念となる物です。片方が嫌というなら買い求めない方がいいでしょう」
ピアスはダメ、ブローチは服のデザインなどで付けられない時もある。
それなら………そうだ!
「ジーク兄様、お願いが有ります。」
「あなたからの初めてのお願いとは嬉しいですね。いいですとも、このジーク兄様が何でも聞いてあげますよ」
するとアダム様が瞬時に反応する。
「マシュー、願いなら俺が聞く。何でも言ってくれ。どんな事でも叶えるから。ほら、約束しただろう?お前の願いは全て聞くと、俺がお前を幸せにすると約束した。」
「えーと、ダメですよ」
「な、何故だマシュー、やはり俺では役不足なのか?」
アダム様が、まるで縋りつくように僕の腕を取るけれど、こんなの変だ。
いつものアダム様と違う。
「ぷっ、ぷはっ!ハハハハ………。よ、よくやりましたマシュー君。まさか少将殿のこんな姿が見れるとは」
ジーク兄様は何を笑っているのだろう。
て、どうしたんですか?アダム様。
「あ、あの、アダム様が僕に結婚の記念になる物を送って下さるのが分かって、そしたら僕もアダム様にお揃いのものを送りたいなって……、でもアダム様にそれを言えば、きっと二つともアダム様がお金を出しかねないから。でもそれって僕がアダム様に送った事にならないでしょ?でも僕はお金を持っていない。だからジーク兄様にお金を借りて、それを買いたいな、なんて……」
「マ、マシュー……」
「なるほど。少将殿、あなたは良い方に恵まれましたね。さ、マシュー君、心配はいりません、お好きな物を選びなさい」
「でも…アダム様には安物は似合わないと思うので、全てお返しするには時間が掛かると思いますけど…」
「あぁ、その辺は私にも考えが有りまから大丈夫ですよ。ですからあなたが納得できるものをお買いなさい」
「ありがとうございます」
ジーク兄様に頭を下げてから、僕は店のショーウインドーに駆け寄る。
そこにはキラキラと光るアクセサリーが所狭しと並んでいた。
色々な大きさ、きれいな石が嵌った物、意匠をこらした物。
ペンダント、指輪、ブローチ、とても綺麗だ。
その中で目を引いたのは、白金に深い緑色の模様が入った細いリング。
これならアダム様にとても似合いそうだし、仕事の邪魔にならないだろう。
「あのこの指輪、二つありますか?いえ、他のサイズも有るでしょうか。」
「はい、大丈夫ですよ。これは入荷したばかりの量産品では有りますが、材質はとてもいいものを使っています。ですので少々お値段は張りますが、サイズは全てそろっております」
店員さんがにっこりと笑い、教えてくれる。
「マシューそれよりこれはどうだ?小さいが綺麗な色違いの石が7つも入っていて、お前によく似あいそうだ。知っているか?これはアミュレットと言って厄除けになると言う。それともお前の好きな物を伝えて特別に作ってもらうとか…」
「これがいい、これが好きです。あっ、でもアダム様がお気に召さないのなら他の物でもいい…です」
「いや、すまない。これにしよう。マシューが初めて自分の意志で選んだのだから」
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