第13話 新しい家族
「さてマシュー君、少将殿が海軍に属している事は御存じですね。そしてそれ以外に代々続く侯爵家の家柄だと言う事は?」
うすうす貴族ではないかと思っていたけれど、侯爵だなんて思ってもいなかった。
「そんな…侯爵様!?やっぱり僕はアダム様に相応しく………」
「破棄は許可できませんね、こうしてあなた自身の意志で婚姻届けにサインはなさっていますし、何より少将殿が悲しみます」
………ジークフリード様も意地悪だ。
「でも、やはり僕なんかアダム様に相応しくありません。何もない、記憶さえ失った僕がアダム様の奥さんになるなんて、反対する人が沢山いる筈です」
「その辺は大丈夫ですよ」
ジークフリードさんはにっこりと笑い、鞄から一冊の書類を取り出した。
「取りあえずシナリオはこちらに。手回しは全て済んでいます。
いやー我が儘な狼のせいで時間がなく苦労しました。
内容はさらっと読んでいただくだけで結構です。
何せ、設定の方でもあなたは記憶喪失になっていますからね。」
一体ジークフリードさんは何の話をしているのだろう。
「これにはあなたの生い立ちがかかれているんです。」
「へっ?それって僕の身元が分かったのですか?」
「いいえ今は絶賛調査中です。多分見つかるまでにはかなり時間が掛かるでしょうし、身元が判明しない可能性も有ります」
ジークフリードさんの話は、僕が以前から予感していた言葉だった。
「あなたと少将殿が結婚したと聞きつけた人の中にはやたらと横やりを入れてくる方も多いでしょう。あなたの事を悪く言ったりこの話をぶち壊そうとする人も、きっと少なくは有りません。ですからそれを防ぐためにもあなたに有利な情報をでっちあげた次第です。」
でっち上げた?僕の情報?一体何の事だろう。
「つまりお前の家族を用意したんだ。家柄も問題ないし、根回しも全て済んでいる。誰にも文句など言わせないから安心していい」
いとも簡単にアダム様は仰いますが、誰にも文句を言わせない程の家柄って何ですか?それを手配するなど、きっとすごい手間が掛かって大変だったのではないのですか?
「軽く説明しますと、あなたは私の従弟と言う事になっております。
遠方のカシールと言う町に私の叔母がおりまして、その叔母にあなたの母親役をお願いしました。叔母の名前はミディア・エイムズです。そして父となる叔父の名はクロード、彼らには息子がおりまして、名前はケネスです。そうそう、申し訳ありませんが必要性が有りましたので、勝手にマシュー君の誕生日を決めさせていただきました。ガディウス歴802年8月15日です。ちなみにその12年前の同じ日は少将殿の誕生日です。呆れてしまいますよね。
それからケネス君はあなたより2歳上の19歳、学生です。そして叔父も爵位を持っていらして、階級は伯爵です」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなに一気に説明されても覚えきれなく…伯爵?」
「そう、伯爵です。ですので貴方は伯爵家の次男坊となります。それから私の言う事を暗記などしなくても大丈夫ですよ、あなたは夏休みを利用し私の下に遊びに来て、その時に誤って小舟で流され行方不明となり、10日後に発見された時には記憶喪失になっっていたと言う設定です。
ですからカシールでの事は全て忘れてしまったと言えばいいのです。」
「はぁ…」
それならば僕にとっては都合のいい話だけど、とにかく話が壮大すぎて付いて行けない。いや、きっと僕の為にアダム様とジークフリードさんが考えて下さったんだ。僕はそれを信じればいい。
「マシュー、余計な事は考えなくていいから。全ての責任は俺とる。」
「その通りです。大体にして、これは少将殿が早くあなたを自分のものにしたいという身勝手を押し通そうとした結果ですからね。貴方が気に病む事など一切無いんです。もし不都合な事が出来たら、全て少将殿を責めればいいだけですよ。
まあ、それは放っておいて、話を戻しましょうか。」
そう言うとジークフリードさんは書類のページをめくった。
「あなたの嫁入り前の名前はマシュー・エイムズです。そしてこれが私の叔母達です」
ジークフリードさんが指をさした先には、3人の集合写真が有った。
どことなく僕に似ている感じの男性と、とても優しそうな女性。そしてその真ん中には僕と同じ髪の色をした青年が立っていた。
「あなたのご家族ですよ。」
「僕の…家族?」
「遠目では分かりにくいかもしれませんが、クロード叔父はあなたによく似た瞳の色をしていらっしゃる。誰から見てもあなたの家族だと分かるはずです」
「そんな……いいのでしょうか、こんな僕の為に嘘までつかせてしまうなんて。やはりこんな事はすべきではないのでは…」
「マシュー、俺はお前を幸せにすると誓った。その為にはどんな事だってする」
「でも、していい事と悪い事が有ります!」
「マシュー君、少将殿も私も、あなたに幸せになってもらいたいんです。そしてこの話を知っている叔母家族もです。叔母達は一度も家に帰って来ないあなたがそのままお嫁に行かれる事をとても残念がっていました。だからいつか近くに来た折には絶対に会いに来てほしいと言っていましたよ。」
「そ、そんな………ふぇっ……うっうぅぅ………」
みんなどうしてこんなに優しいのだろう。
僕はこんなに幸せでいいのかな…。
溢れる涙が止まらず、後から後から流れ落ちる。
そしてそんな僕を優しく抱きしめてくれるアダム様。
「マシュー、そんなに泣くな。お前の美しい瞳が溶けてしまったら大変だ」
僕の涙にキスをし、そっと背を撫でてくれる。
「マシュー君、面白い事に気が付きませんか?」
その様子を見ていたジークフリードさんが、楽しげにそっと話し出す。
「あなたの母親のミディアは私の叔母です」
「はい」
「つまり私とマシュー君は従兄弟の間柄となります。それも休みを利用して遊びに来るほど仲の良い従兄弟です」
「あっ!」
そうか、そうなんだ。僕とジークフリードさんは従兄弟にあたるんだ。
僕には家族だけではなく、従兄弟も出来てしまったんだ。凄い!
「ジーク!やけに自分の叔母を進めると思ったら、そんな根端で!」
「今更何を言っているのです。そんな事も気が付かなかったのですか?という訳でマシュー君、私とあなたは晴れて従兄弟となりました。ですので私の事をいつまでのジークフリードさんと呼ばないで下さいね。ジークでもお兄ちゃんでもどちらでもいいですから呼んで下さい」
「そ、そんな……」
恩人にそんな事出来る訳ない。
「そんな事ではいつまで経っても呼べませんよ、私だって従兄弟に”ジークフリードさん”なんて呼ばれたくありませんし」
「いい加減にしろジーク!」
「少将殿、あなただってマシュー君が周りの人に疑惑を持たれるのは嫌でしょう?さ、マシュー君、呼んでみて下さい」
「えっ、あの…どうしても呼ばなくてはいけない…のですか?」
「そうですね、どこから話がほころぶか分かりませんからね。どうしても嫌なら諦めますが、せっかくあなたの為にアダム様が手配して下さったのですから、無駄にするのは嫌でしょう?」
そんな、ニッコリと笑っているけれど、ジークフリードさんはかなりの策略家なんだ。
アダム様をだしに僕が断れない方向に話を持っていく。
「ジーク……さん」
「ん~ちょっと他人行儀ですね。もう少し砕けた呼び方で。何と言ってもあなたと私は一緒に遊ぶような仲なのですよ」
「え、その、それでは…ジークお兄さん」
ま、まだ駄目かな。
「それなら…ジーク兄様」
「ん~~~」
「いい加減にしろジーク!マシューこんなやつ放っておけ」
「仕方が有りませんね、少将殿をからかうのもこれ位にしておきましょうか。マシュー君、ジーク兄様で及第点をあげましょうね」
良かった~~、でもジークフリードさんは僕ではなく、アダム様をからかっていたのかぁ。
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