第11話 婚約、ではなく結婚

朝、アダム様に包まれて眠っていると、

突然寝室のドアが開いた。

見るとジークフリードさんがそこに立っている。


「少将殿、いつまで寝ているんですか!

いくら休日とは言えすでに日は登っているのです。

今日はお話があるとお伝えしておきましたよね、さあさっさと起きて下さい!」


しかし僕がアダム様と一緒に寝ているのを見て、ジークフリードさんは深―く溜息をついている。


「私は、マシュー君の体が癒えるまでは我慢して下さいと言いましたよね。

まさかとは思いますが、彼に無体な事などしていませんよねぇ」


そうアダム様を問い詰める。


「するわけないだろう。俺はマシューが苦しむ顔など見たく無いからな。こうして一緒に寝ていただけだ」


「本当ですか?マシュー君、このエロ狼の言っている事は事実ですか?」


僕はお二人の話がおかしくて、ついくすくす笑ってしまった。


「本当ですよ。僕はアダム様と一緒に眠っていただけです」


本当はキスもしたけれど、それはアダム様との秘密にした方がいいと思った。


「信用していい物かどうか……、マシュー君のその胸元の痕は何でしょうね。

とにかくご無理させて寝込まれでもしたら、後悔なさるのはあなたなんですからね」


そう言って、ジークフリードさんはアダム様を睨み付けた。


「まあこの場合、よく何日も我慢しましたねと褒めるべきでしょうか…。

さて、今日はマシュー君にもお話がありますので、お支度をお願いしますね。

お二人の朝食が終わる頃にまた顔を出します。

少将殿、くれぐれも脱線なさらないようお願いしますよ。」


そう言って出ていかれました。


「脱線、ですか?」


アダム様は今日、鉄道にでもお乗りになるのだろうか?


「言葉の綾だ、気にするな。それよりマシューおはようの挨拶は?」


「はい」


僕はいつものように腕を回し、さっとアダム様の頬にキスをする。

それからジークフリードさんをお待たせする訳にもいかないので、急いでベッドを降りようとした。


「マシュー、そんなに焦せらなくてもいい。

あいつは計算に長けた奴だ。

俺達の支度が整った頃、またひょっこり現れるさ。」


アダム様がそうおっしゃるのなら、間違い無いと思いますけれど…。


そしてじーくふりどさんは予告通り、僕達が食事を終えてさほど時間が経たない頃、書類鞄を抱えて現れた。


「お待たせしました。」


そう言うと空いている席に掛ける。

すかさずメイベルさんがお茶を差し出した。


「ありがとうメイベルさん。

さてマシュー君、さっそく本題に入らせていただきます。

実はこの待てが出来ないエロ狼がですね、早いところマシュー君を縛り付けたいと聞かなくて、まだ時期相承とは思いましたが書類上だけならと許可しました。あなたの気持ちをまだ聞いておりませんでしたので、確認したいと思いお伺いしました」


「酷い言われようだな」


「事実でしょう?」


お二人の間ではすでに何らかの話が出来ている様だけど、その内容が高等過ぎて、僕は何が何やら……。


「えっと、何か僕に確認したい事が有って、ジークフリードさんはいらっしゃったのですよね?」


「はい」


「書類上と仰るのは、公の契約……的な事?」


「そうです。あぁ、マシュー君にはあまりなじみのない話でしたね。

ぶっちゃけお話しますと、この我が儘この上ないエロ狼殿が、あなたをいつまでも野放し、いえ独身のままにしておくと、いつどこであなたにちょっかいを掛けて来る輩がいるかもしれないから、早く自分のものしたいから結婚したいと言いまして、私はマシュー君が完全に癒えてからにしなさいと言ったんですが、年甲斐もなく駄々をこねてみっともない。ですから私は書類上だけならと譲歩した訳なのです。

しかしまあ、ご一緒にお休みになられているなど聞いておりませんでしたがね。」


ジークフリードさんの話は確かに僕には不釣り合いな話だった。

でもその話を聞いているうちに、だんだん恥ずかしくなり、顔に血が上っていくのが分かる。


「それで、マシュー君のご意向を確かめようと伺った次第なのです。マシュー君、この馬鹿狼に付き合わせるようで大変申し訳ないのですが、あなたはすぐに結婚される事についてどうお思いですか?」


結婚!?それもすぐに!?

今まで何度かその話が話題に上がったけれど、まだまだ先のように思っていた。

それがすぐにですか!?

だめだ、頭が付いて行かない。


「すぐって…いつですか?」


「実は、今ここに書類は用意してあるのですよ。」


という事は、僕がここで了承すれば、その瞬間から僕はアダム様のお嫁さんになるの!?

僕はその展開に付いて行けず、めまいを覚えた。


「マシュー!大丈夫か?」


ずっと僕を見つめていただろうアダム様が、すぐに僕に駆け寄り支えてくれた。


「だ、大丈夫です、少し驚いてしまって。ごめんなさい」


「俺の方こそ、お前の気持ちも考えずに話を進めてしまい悪かった。だが、すぐにでもお前を俺の妻にしたいのは本心であり、俺の望みなんだ。こんな男ですまない。」


そうか、すぐにでも結婚したいと言うのは冗談などではなく、アダム様の本心なんだ。嬉しい、物凄く嬉しい。

それを知った僕の心に、喜びが沸き上がって来た。


「だそうですよ。マシュー君どうなさいますか?」


「……僕なんかでよければ…喜んで。結婚すれば、僕が要らなくなるまでずっとアダム様の傍に居ていいのですよね」


その答えをアダム様は喜んでくれるとばかり思っていたのに、アダム様は何故か怒ったような顔をしている。


「あっ、あの……やっぱりやめます…………」


本当は、やはり僕とは結婚したく無かったんだ……。


「だめだ!そんな事は許さない!!」


急にアダム様が大声でそう言い放つ。

始めて見るアダム様に怯える僕、その向こうで肩を震わせ笑いを堪えているようなジークフーリドさん。


「一度口にした事を取り消すなど許さない!どうしてだ、やはり俺などではマシューの夫に相応しくないのか?」


アダム様の言葉は、だんだん小さな声になっていく。


「まあまあマシュー君、少将殿をそんなに虐めないでやって下さい。」


「虐めるって…」


「どうもお二人はお互いの事を考えすぎて思いが食い違っている所が有りますね。恋は盲目とはよく言いました。第三者の私が見れば面白くてたまりませんよ。」


食い違っているって何がだろう。

僕はただ、アダム様の負担になりたくないだけなのに……。

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