第10話 日記

今日アダム様は、ベランダに出る掃き出し窓をすべて取り替えさせた。

今までの窓は簡単な内鍵だけだったのに、新しい窓は玄関のように鍵が無ければ開けられない仕組みになっている。

当然その鍵はアダム様が持っている。

僕はアダム様が死んでしまうのは嫌だから、もう死ぬつもりは有りませんよ?

と言ったけれど、アダム様は静かに微笑みながら首を左右に振られた。

ずいぶん心配を掛けしてしまったみたいだ。

ベランダに出たい時は、アダム様と一緒でなければ出ることが出来なくなってしまったけれど、アダム様が頻繁にベランダに出たくないか?と気を使って下さるのが心苦しい。

ベランダ以外の窓には、元々転落防止用の綺麗な飾り格子が付いていたので自由に開ける事が許されている。

外の風を感じたい時はその窓を開けるから、そんなに気を使っていただかなくても大丈夫なのに……。




夜、僕が寝る為にベッドに入ると、アダム様も決まって僕のベッドに横になる。

決して一緒に眠りはしないが、最近ようやくお仕事に行かれるようになったアダム様が、僕が今日一日どう過ごしたのかを聞きたがる。


「いつも通りの一日でしたよ?」


アダム様を仕事に送り出した後は、新しく雇われたメイベルさんと共にアダム様が帰られるまで一緒に過ごす。

メイベルさんはふっくらとした50代の女性で、笑顔がとても優しそうな人だ。


「それでもマシューが今日一日、何をして過ごしていたのか聞きたいんだ。」


仕方ないなぁ。

だから僕は昨日と同じような話をアダム様に聞かせる。

少し暑かったので、窓を全開にしていた事。

カモメが窓のすぐ近くまで来たので、メイベルさんからパンを貰ってカモメにあげた事。

窓辺で本を読んでいた時、吹く風が気持ちよくて、ついうたた寝をしてしまった事。

お昼ご飯はメイベルさん特製のオムライスだった事。


「何の不自由も無かったかい?しかしうたた寝はいけないな。風邪をひきかねない。眠いのならちゃんとベッドに入りなさい。それとカモメの餌付けだが、手をつつかれて傷つくかもしれないだろう?気持ちは分かるが控えた方がいい」


アダム様は僕の何気ない話も真摯に受け止めてくれる。

そして気になった事が有ればあれこれ注意する。

でもアダム様、それって過保護すぎると思うのですが……。




そう言えば僕の寝室には、扉が二つある。

一つは居間へと通じる扉だけど、もう一つの扉は一体どこに通じているのだろう。

興味は有るけれど、アダム様の家をこそこそとかぎ回るような事はしたく無くて僕は開けようとはしなかった。


「ゆっくりお休み。また明日の朝に」


その日もアダム様はそう言い、いつもの通り僕にキスをしてから部屋の明かりを落とし、自分の寝室に帰られた。

そして僕は暗闇にたった一人。

暗闇は怖い、一人ぼっちは怖い、でもどうにもならない。

僕はカーテンを少し開け、外の月明かりを少しだけ入れる。


それからどのくらい時間が経っただろうか。

ウトウトし始めた僕だったけど、何かの音でふと目が覚めた。

見るとほのかに部屋の中が明るい。

まるでどこからか灯りが漏れているようだ。

それからふいに抱き上げられる。


「アダム様?」


「すまない。起こしてしまったな。」


アダム様はそう言って僕を抱いたまま、あの扉の方へ歩いて行った。


「こちらは?」


「ん?俺の寝室だ。」


なんと、あの扉の向こうはアダム様の寝室でしたか。

アダム様が扉の向こうにいて下さると知っていたなら、あんなに怯える必要は無かったのに。

僕はほんの少し、アダム様の意地悪って思ってしまった。


「本当は、マシューの体が完全に癒えるまでは我慢しようと思っていたのだが、

やはり我慢できなくて。決して無体な事はしないと誓うから、せめて俺の隣で眠ってくれないか?」


「いいのですか?」


「………それはその…マシューを俺のものにしてもいいと…」


「いっいえいえいえ違います。ただアダム様は疲れていらっしゃるのに、僕がいたらぐっすり眠れないのではと思って……」


「そんなことは無い。隣にマシューがいてくれるだけで俺は安心して眠れる。

まあ別の意味で眠れなくなる可能性は有るが、約束は守るよ」


「は、はいっ」


でもそれは今夜だけの事なのかな、それともこれからずっとアダム様は隣にいて下さるのかな?

それを確かめたいけれど、聞く事が恥ずかしい。


初めて見るアダム様の寝室は、僕の部屋よりも大きくてベッドもとても広い。

今は薄暗くてよく見えないけれど、この部屋がどんな風なのか明日の朝が楽しみだ。

アダム様は上掛けが半分捲れているベッドに、僕をそっと横たえた。

そしてすぐさま隣に滑り込んでくる。

アダム様の匂いがする。

僕の好きな、とても落ち着く香りだ。


「アダム様」


「ん?」


「アダム様」


「どうした?マシュー」


「いえ、ただ呼んでみたかっただけ、ごめんなさい」


そう言った途端、僕はアダム様にいきなり抱きしめられた。


「頼むから俺を煽らないでくれないか?」


そんなつもりじゃなかったのだけれど、そうなのかな?

そしてその夜は怖い夢を見る事も無く、僕は朝までぐっすり眠った。

でもアダム様の目にクマが出来ていたような気がするけれど、僕と一緒だとやはりよく眠れないのかもしれない。

今晩は一人で寝る事にしよう。


だけどその次の朝、目覚めると僕はアダム様の横で眠っていた。

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