十三章 「奇跡を信じて」

 三月二十二日

 彼の家に私は向かっていた。

 梅の花が咲き始めていた。春は近づいてきている。春はそれだけでいいことがある気がする。

 未来を変える前にしなければいけないことがある。

「怒ってごめん。未来のことばかり考えていて、肝心の諒の気持ちをちゃんと聞いてなかった」

 私は彼の顔を見るなりそう謝った。

彼は少し元気がない様子だ。しばらくなんの反応もなかった。やはり怒っているのだろうか。

「遅いよ。今日は何日かわかってる?」

 確かに明日が彼の死ぬとされている日だった。

「本当にごめん」

「やっぱり僕のことなんてどうでもいいの?」

「そうじゃない。諒のことは大事だから」

 私は今も未来も同じぐらい大事だ。

「僕はずっと一人で辛かった。寂しかった。萌がいろいろしてくれても、結局僕は一人だと感じてた。どんなに手を尽くしても未来は変えられない。そう思うと生きているのが辛くなった」

 言葉がすごく重かった。

「辛い思いさせてごめん。大丈夫だよ。私はずっとそばにいるし、これからはもっと諒のこと考えるから」

 そこで彼は私の方をちらっと見た。

「いや、僕もごめん。自暴自棄になっていた。どこにぶつけていいかわからない気持ちを萌にぶつけてしまった」

 彼は申し訳なさそうにしていた。ずっと後悔していたのだろうか。

 彼のそんな気持ちも受け入れるつもりで今まで未来を変えてきたのに、いつのまにかこんなにも苦しい思いをさせていた。自分が情けない。

「本当に私がいながらごめん。諒はどうしたいの?」

 私は彼の気持ちを確認した。その答えが、NOなら私はどうするのだろう。 まだそこは答えが出ていない。

 彼の最後の選択はいったいどのようなものだろう。

 汗がすーっと流れていく。

「僕は、生きたい。これから先の未来も萌と一緒にいたい」

「私も諒に生きてほしい。一緒に未来を変えよう」

 彼の笑顔が見れて、ほっとした。花が咲いたようにかわいい。

 私は彼をぎゅっと抱きしめた。

 私達は仲直りした。

 どんな小さなことでも、いつも私達は話し合うことを大事にしていた。

 それは元は他人の私達が、わかり合う唯一の方法だから。

 愛する人のことをもっと知りたいから。


 三月二十三日。

 私は彼を連れて駅の五番ホームに来ていた。

 彼と初めて出会った場所だ。言い換えれば、私が彼に命を救ってもらった場所であると同時に、彼が今日死ぬとされている場所だ。

 いつものように人がたくさんいる。何度もここにはきている。

「私を信じてほしい」

 そう言って私は話を始めた。

 今から話すことは常識的に考えれば、あまりにも馬鹿げた話だから。

 私はきっと駅のホームに落ちたあの時、死ぬ運命にあった。

 死ね間際に諒の目を見て、諒の未来を知り助かることができた。

 死の体験をして、そこから助かることができれば、未来を変えられるのではないだろうか。

 臨死体験という言葉がある。死に向かいかけた時、なんらかの力が働いて不思議なことが起こることがある。

 さらには、この駅が何か不思議な力があるのかもしれない。

 それを同じように人為的に起こしてしまうのだ。

 彼を駅のホームに突き落とす。自殺であってはいけない。それは私の時の状況が変わってくるから。だから私が突き落とす。

 私は必ず近くにいる。死を感じた時、私を探して私の目を見て、私の未来を知れば彼は助かるのではないかと考えた。

 すでに私と彼とで未来がつながっているのだから、可能性は高い気がする。

 死に近づいて、死を乗り越える。もしくは死んだとみなされれば未来は変わるかもしれない。

 これが私の考えた仮定だった。

 もちろん何も起こらないこともある。その時は私が飛び出して助けに行く。

 私は話を終えると、彼はしばらく考えていた。

「僕は萌を信じてる」

 愛する人に信じてもらえることがこんなに嬉しいとは思なかった。人はどこかで認めてもらいたいのだろうか。

「うん、私も諒との未来を信じてる」

 二人の愛を信じようと思った。

 彼が誰かに襲われて、命をなくしてしまう前に早く実行しなければいけない。

 私は彼にそう説明し、彼がうなづいたので、彼の体を思いっきり突き飛ばした。

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