十章 「正確な日時は?」

 あの後、彼が未来を変える方法を二人で考えようと言ってくれた。一人で考えるより二人で考える方が何か案が浮かぶのではないかと考えてくれた。当事者の彼を巻き込むのは気が引けたけど、そんなことを言ってる時間はなくなってきた。

 彼の未来を変えるという選択は、絶対に間違っていないから。

 仕事が休みの日に、私の家で二人で話をしている。外で話すには、話が重いから。

 付き合い出してからは、有給はお互い同じ日にとっていた。少しでも長い時間を一緒に過ごしたいからだ。

「まず、僕が死ぬ日はいつなの?」

「三ヶ月後の三月二十三日よ」

 私の性格を表したような部屋は、あまり物であふれていない。複雑より単純な方がいい。

 私たちはソファーにくっついて座っている。一人でも横になったりゆったり座れるように買ったものだ。

 大きな窓からは太陽の光が入り込んでくる。

 部屋に置いてある観葉植物は綺麗な花を咲かせている。私は花が好きなのだ。

 私は言葉にしてから悲しい気持ちになった。なぜ大好きな人にこんなにも冷たいことを言わなければいけないのだろう。しかし彼が一番辛いのだから、私がしっかりしなきゃいけない。

 彼はそんな私の気持ちに気付いたのか、「抱え込まないで、悲しいなら悲しんでいいよ」と言ってくれた。 

 私は少し落ち着くことができた。彼に包まれているかのようだ。

「次に、何時にどこでどんな風に死んでしまうの?」

「誰かはわからないけど、二十一時ごろ駅で通り魔に襲われて命を失ってしまう」

「誰かはわからないのか。今までは誰かわかっていたよね?」

 そもそも彼には私がどんな風に未来がわかるのかうまく説明していないことに気づいた。

「いや、わかっていなかったよ。未来の出来事と場所だけわかるから、それから頭を使ってどうしたら防げるか考えていたのよ」

「そんなに大変なことしてくれたんだ。ありがとう」

 いつも私のことを考えてくれる彼の優しさが嬉しい。

「いいのよ」

「じゃあ、その日仕事の休みをあらかじめ取っておいて、家から一歩も出ないというのはどうかな? その場所に近づかなければいいんだよね」

「私もそれは考えた。でも死というものから簡単に逃れられず、また別の日に死ぬかもしれないと思った」

 死とは恐ろしい。体感したから私にはわかっている。

「そうかもしれないね。相手がわからないなら、前もって警察に相談するのはできないか」

「そうね。それなら警察より民間の警備会社の方がいいわよ。襲われるのがわかっているならその日にボディガードをつけてもらうとかは?」

 私はどこまでも前向きだった。これがダメなら次を考えていた。

「それはいいね」

 彼はそこで私が用意していたジュースを飲んだ。

 私は考える。付き合う前から私は諒の未来が不幸になものになると知っていた。それはつまり私が大変であったり私の不幸にもつながる。それなのになぜそのまま付き合うことを選択したのだろうか。一般的に大変なことが待っているとわかっていれば、付き合ったりしない。好きでもどうしようもできないものもある。

「ちなみに、他の日の未来をいろいろ変えても、死ぬ未来は変わらなかったんだよね?」

「そう、それは変わらなかった。あまりに未来を変えすぎるのも怖いけど、もっと大きなことを変えれば違うかもしれない」

「大きなことか。結婚するとか生活拠点を海外にするとか?」

「結婚は前向きに考えてみようよ。三月二十三日より前にしたら何か変わるかもしれない」

「そうだね、これも考えておこう。萌は他に何かアイデアある?」

 私はあることを前から考えていた。この選択も私は間違っていないと思う。

「その日に誰かが代わりに死ねば、諒が死ぬという未来は無くなるんじゃないの? 例えば私とか。私は諒が生きているならそれでも構わない」

「それはダメだ。萌が死んだら意味がないよ」

 彼はまっすぐに私の目を見ている。 どうしたのだろうか。

 彼はゆっくりと話を続けた。

「僕は萌に救われたんだ。不運なことばかりで卑屈になっていた僕を、萌は変えてくれた。楽しい世界を僕に見せてくれた。萌がいなきゃ、僕が生きていても意味がないよ」

 彼からの突然の告白に、そんなことがあったのかとまず驚いた。そして、私のことをすごく思ってくれていると知って驚いた。恋をしていても相手の気持ちを知ることは案外少ないと思う。どんなタイミングであれ、諒の気持ちが知れてよかったと思う。こんなにも思われてる、大事にされてると私は感じることができた。諒のことを改めて、どんなことがあっても愛し抜こうと思った。

 先ほど考えていたことがわかった。 それは何を犠牲にしても愛し抜きたいと思える相手だったからだ。

「ありがとう。今日はこれぐらいにして、他にいい考えが浮かんだらまた話そうよ」

 少しだけ希望が見えた気がした。

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