九章 「仲直りと真相」
「萌、ごめん」
彼は家に来るなり、そう言って頭を下げた。
日はすでに沈んでいて、静かに夜が近づいてきている。
金木犀の香りがする。
「バカ」
私はその一言だけ言った。こんなの私らしくないのはわかっている。
でも寂しくて悲しくてなんだか悔しかった。
彼はそっと抱きしめてくれた。
「バカバカ」
「本当にごめん」
彼の肩を叩きながら、何度も言った。
彼は何度も何度も謝ってくれた。
実は言うと、私は全然怒っていなかった。
ただ、彼と喧嘩してからの毎日は本当に辛かった。機械のようにやることだけをこなし、ただ一日を過ごすだけだった。
だから、少しは困らせてやりたかったのだ。
私はこんな状態になるなんて全く想像してなかった。
彼と一緒にいないことがこんなに元気が出ないんだと思い知らされた。
私の元気の源は彼だった。
私には彼が必要で、彼がいなければ何もできない。
私もあれからずっと考えていた。
私も悪かったところがあるから謝りたいと思っていた。
でも、私には勇気がなかった。
彼に嫌われるのが怖かった。
彼に嫌われると、私はこの世界で生きる意味がなくなってしまう。
それでもどこかで彼なら許してくれそうとポジティブに考えていた。
私は彼の顔を見て謝った。
「私もごめんね。あんなこと急に言われたらびっくりするよね」
「いいんだよ。また話せてよかった」
彼はいつもどんなことでも、本当は良くなくても私を許してくれる。そんな彼の優しさに甘えてしまっている部分がある。
「萌、教えて欲しいことがあるんだ」
「何?」
「萌は僕と出会うために未来を変えていたと言っていたけど、それは本当? 自分のために未来を変えたの? だってそれなら毎日会う必要はないよね?」
「自分のためじゃない。毎日会っていたのは、限られた時間をあなたと出来るだけ長く過ごすためよ」
彼は何か誤解をしていたようだ。その話も少し詳しく聞いた。
私達が恋に落ちたのは、私が決めたことでも未来が決めたことでもなくて、お互いが惹かれ合い選んだことだと彼にしっかり伝えた。
彼はほっとしているようだった。
そして、未来を変えていた本当の理由を私は話し出した。
「私が未来を変えていた本当の理由は、あなたがもうすぐ死んでしまうからよ」
突然死の宣告をされるってどんな気持ちなんだろう。すごく暗いイメージがある。どんなに辛くてもは私がそばにいるからねと目線を送る。
一方で、もしも未来が変えられなかったらと考えることがある。
出会う前から相手と永遠に会えなくなる日がわかっていることは普通ないと思う。出会わなければ仲良くならなければ、あとで自分が苦しまなくてすむ。でも私は彼と出会うことを選んだ。苦しみを知っていながら、これからも彼に会いたいと切望した。いつか永遠の別れがあると知っていても、彼との時間を大事にしたいと思った。彼のそばにいたかった。
だから毎日彼に話しかけていた。辛い気持ちを押し殺して、時折訪れる悲しみをぐっと堪えて笑顔でいた。
「僕が死ぬ。それが本当の理由」
彼は言葉をゆっくり繰り返していた。驚きというより悲しさが顔に出ていた。
「そう。私がどんなに頑張っていろいろな未来を変えても、あなたが死ぬという未来だけはずっと変わらない」
私は涙を流した。辛くて辛くて心が痛い。
「でも安心して、私が必ず助けてあげるから」
彼の手をゆっくり握った。
「未来を変えている理由はわかった。でもなんで僕のためにそこまでしてくれるの? 僕達は今まで出会ったことがなかったよね?」
彼もきっと何か安心できるものがほしいんだと思う。
「あなたは知らないと思うけど、私はあなたに命を助けられたのよ」
私の事故の話を彼に詳しく話した。彼は疑わずにしっかり聞いてくれた。
「私は、愛してる人が幸せになるために未来を変えているのよ」
私はただ彼のことを思い続けている。彼に恋したとき、彼の死を感じたときどんな時でも彼への愛だけを信じ貫いてきた。どんなことがあっても私は彼を愛している。
「一人で抱え込ませてごめん」
彼は自分の不幸な未来を聞いた後でも、他人を思いやれるほど優しい。
「いいのよ。私が辛い思いするのは構わない。諒が幸せなら私は幸せよ。どうしてもあなたには生きていてほしい」
どこにもいかないように私は彼を強く抱きしめた。
綺麗な星空に、どうか彼がこれから先も生きていられますようにと願った。
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