六章 「出会った真相?」
「今日は駅近くにあるコンビニに寄りたいんだけど」
彼が朝いつもの電車でそんなことを言い出した時、胸がざわざわした。
私達はいつも電車の中では手を繋いでいる。初めて手を繋いだ時のドキドキ感は今でも思い出す。何年経ってもこんな風に彼と仲良く手を繋いでいたいと思っている。
その手を強く握ってしまった。
電車の中は暖房が効いていて少し暖かい。
「あそこのコンビニはやめといたほうがいいよ。前に行った時店員の態度が悪くて、かなりむかついたのよ」
私は本当は行ったことない店についてそう説明した。
「でも電車から降りてだと一番あそこが近いからなあ」
「とにかくダメ! 急ぎなら私が買っといてあげるから」
つい強い口調で言ってしまった。彼に変な風に思われていないだろうかと心配した。
完全に相手に悪いように思われないことは不可能なのはわかっている。矛盾してるけど、彼にはいいようにだけ思われたい。
「萌がそこまで言うなら、やめとくよ。でもどこかには寄ってよね、買いたいものがあるから」
彼は特に怪しむこともなく、いつも通り笑ってくれた。
それだけでほっとした。それだけなのに、私の気持ちが晴れた日の太陽のように浮かび上がった。
そんな彼の顔を見ていて、私は一つの覚悟を決めた。そろそろ話さなければいけない。
深呼吸した。
「よかった。ところで今日の夜、時間ある?」
「あるよ。どうしたの?」
「ちょっと話きいてほしいなと思って、個室の居酒屋なんてどう?」
「仕事のこと? 悩みなら今聞くよ?」
彼の優しさが今は胸に刺さる。私はもしかしたらひどいことをしているかもしれないから。
「大丈夫、また夜に話すよ」
「わかった。じゃあ仕事終わったらメールするよ」
それから、また何気ない会話を彼とし出した。なんとか笑顔でいることができた。
「あなたの未来を変えられるって言ったら、あなたはどうする?」
夜の居酒屋で私はそう話し始めた。
居酒屋全体は割と静か。個室といっても、店の中なんだから完全に誰もいないわけではないのは仕方がない。
お通しにもビールにも私は手を出していない。
ゆっくりと話を続ける。
「私は今まであなたの未来を変えてきた。前にあなたの手をいきなり握ったのは、あの電車であなたが痴漢にでっちあげられ捕まるのを知っていたから。別の日にいきなり抱きついたのは、あの階段であなたが人とぶつかって怪我をするのを知っていたから。ある日十九時待ち合わせで会ったのは、その日の二十時の仕事帰りにあなたが事故に遭うのを知っていたから。今日はあるコンビニに行かせなかったのは、そこにいる人と会うことで今後の未来で良くないことが起こるからだよ」
一気に話して、私は彼の顔を見た。今までに見たことないものに出会ったような顔をしている。そんなに私は変だろうか。
でもまだ話は終わっていない。うまく話すことができるだろうか。
「何言ってるの?」
「驚くよね」
私は優しい声でそう言った。こんな話したら変な人だと彼に思われるとわかっていた。それでも話すのは、信じて欲しかったからだ。この話は彼の未来に関して大切なことだから。
「本当に僕の未来が変えられるの? 冗談とかじゃなくて?」
「本当だよ」
「とてもすぐに信じられる話じゃないよ」
私は言葉を慎重に選ぶ。
「そうだよね。諒の気持ちもわかるよ。でも信じてほしいの、大切なことだから」
「仮に、僕の未来が変えられるとして、何のためにそんなことしてたの?」
私はその答えにどう答えようか迷った。できれば順序立てて話したい。
「諒と出会うため」
結局、私は曖昧な答えを言った。
すると、彼の顔が急に変わった。私はどこか間違えただろうか。
「出会うために未来を変えるなんておかしいよ」
彼は続けてこう言った。
「僕の未来を勝手に変えないでよ」
そう言って、彼はテーブルをばんと叩き、店を出て行った。
彼の怒りはどこに向かうでもなく、ただ宙に舞った。
「待って、まだ話の途中」と言ったけど、その声は彼に届かなかった。
取り残された私は一人涙を流した。涙が止まらなかった。
雨の音が外から響いてきた。
追いかけることはできなかった。
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