三章 「変化と約束」
それから朝彼と毎日電車で話すようになった。
正確には、私が話しかけにいっているのだけど。
私は明るく話しかければ、人は心を開いてくれると思っている。
これは一つの選択だ。選択するということは、責任も伴うことだ。私は慎重にそれを選んでいる。
彼はいつも迷惑そうな顔をせず、私のことを受け入れてくれた。
そんな彼の温かさが心地よかった。
人ってこんなに温かいんだと彼といると感じることができる。それは特に辛い気持ちの時にグッと心にしみる。
話をしているうちに、彼のことをいろいろ知っていった。それは発見というより、喜びだった。私のこともいろいろ話した。
彼とつながりを持つことが今の私には大事なんだ。
そんな日々を過ごして、三ヶ月経った時、彼から珍しく話しかけてきた。
「おはよう」
「あっ、おはよう。黒瀬さんから話しかけてくれるなんて珍しいね。そろそろ私に惚れた?」
「惚れてない。どれだけポジティブなの? 気になってたことがあるんだけど」
最近こんな風に冗談を言い合える仲になってきた。
ちゃかしたりするけど、私の言葉すべてに反応してくる黒瀬さんはいい人だ。
「私のボジディブさを黒瀬さんも見習ったほうがいいよ。で、なになに?」
「それはやめとくよ。胡桃沢さんを彼女にしたら、今と何が変わるの? いつものように振り回されるだけの気がするけど」
ただ話しかけているだけなのに、彼には振り回しているように思えるみたいだ。確かに駅で、駅ナカの店に寄ったりはしたけど、そんなに何回も行っていない。
「振り回されるの好きなくせに。何が変わるかー。私を好きなようにできるとか?」
私はいたずらっぽく笑った。
「好きじゃないから。そんなバカな冗談はいいから。だってなんだかんだで毎日話してるだろ? 胡桃沢さんは何がほしいの?」
私はすぐに答えることができなかった。
でもすぐに笑顔になることができた。大丈夫だから。
「私が求めるのは、黒瀬さんだよ。私はあなたのことが大好きなんだから。好きな人ともっと仲良くなりたいと思うのは普通でしょ」
「まあ確かにね。前向きに検討してみるよ」
「私がほしいのはあなたといる時間なんだけどね」
言葉がぽろっとこぼれ落ちた。気を抜いてはダメだ。また笑顔を作る。
「えっ、なんか言った?」
「ううん、その流れはじゃあ付き合おうじゃないんかって言ったの」
私は笑いながらツッコミを入れた。
会うたびに彼を好きになる。
運命に引き寄せられるかのように好きになっていく。私の運命はどこにつながっているのだろうか。
こんなに純粋な気持ちがあったんだと自分に驚く。
それは自分でも不思議だったけど、嫌なことではなかった。
むしろ感動するぐらいグッと心にくるものだった。
「黒瀬さんが話しかけてきてくれた記念に、今度ご飯食べに行かない?」
私は話題を変えた。
「何その変な記念日。胡桃沢さんが美味しいもの食べたいだけじゃないの?」
「ばれたか。って違うよ。近くに新しいバーがオープンしたからどうかなあと思って」
「バーか。久々にお酒も飲みたいし一緒に行くか」
「やったー」
「そんなに喜ぶことか」と彼に笑われた。
「いちいちうるさいなあ。じゃあ明日行こうよ。夜何時なら仕事終わってる?」
「十九時ぐらいなら大丈夫だけど、胡桃沢さんはどう?」
私から聞いたのに、彼は私の心配までしてくれている。
彼はネット販売をしている会社の事務で働いていると前に言っていた。
私は化粧品を扱っている会社の事務職で働いている。私の会社は十八時きっちりに終わるクリーンな会社なので、その時間は問題ない。
「じゃあ十九時にいつもの下北沢駅の改札の前ね。忘れちゃダメだからね」
「胡桃沢さんと違ってしっかりしてるから大丈夫。わかったよ」
私は単純なだけでしっかりしてないことはない。たぶん、ない。
「じゃあまた明日。絶対だからね」と念を押して、私は自分の会社の方に向かった。
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