13・小論文をやろうぜ
翌日の放課後、七里とその友人の谷杉は、コンビニにたむろっていた。
七里は店頭ドリップのコーヒーをすすり、谷杉はフライドチキンにかぶりついている。
「で、七里、勉強会の妨害計画はどうだ」
谷杉が何気なく問うと、七里は首を振る。
「全然だめだ。これは確実に失敗だな」
「ハハ、そりゃ残念」
「笑い事じゃねえよ」
七里はむすっとふくれる。
「いや、それは笑って済ませられる失敗だと思うぞ」
「どういうことだ」
「補導されないってことだよ」
谷杉は手をひらひらさせる。
「暴力沙汰とか万引き、カツアゲならともかく、ネットで悪評をばらまいただけでは、生活指導もサツも動かない。法的には名誉毀損やら業務妨害になるのかもしれないが、今回の程度では立件にはならんだろ」
冗舌に彼は語る。その法律知識をどこで得たのか、七里は少しだけ不思議だったが、それはどうでもよいことだ。
「そういうものか」
「そういうもんだ。……なあ七里」
彼は急に真剣な表情をする。
「なんだ谷杉」
「同好会はもう気にしないで、まったり遊ぼうや」
七里もまじめな……というより、険しい表情をする。
「北里のおふくろとか一部の教師はどうか分からんが、俺にとっては、やつらの活動は別にケチをつけるもんじゃないように見える」
「谷杉……!」
七里は眉間にしわを寄せる。
「じゃあ聞くけど、同じようなことをしている予備校は、まとめて罰を下すべきか?」
「そうじゃない!」
七里は一瞬だけ声を荒げたが、すぐに冷静に戻る。
「予備校と違ってあいつらは、大人どもにすり寄っているだけだ。商売なんかよりずっと汚い動機だ」
「それは本気で言ってるのか? いうほど商売より汚いか?」
「むむ」
七里は押し黙る。
「動機がどうあろうが、やつらは大半の生徒にとって有益なことをしている。んでもって、それを上回る害はない。素直にみればな。北里のおふくろみたいなんじゃなくて」
七里はうつむく。
「だからもうほっとこうぜ。やつらは俺たちを締め付けるつもりなんか、これっぽっちもないんだしさ」
ほとんどの生徒は、きっと谷杉と似たような見方をするだろう。それが普通の感想に違いない。
しかし七里はあきらめない。「正論」に押し流されない。
「一見有益でも、やつらのすることは偽善だ。きれいな活動の陰で、邪悪な目的を抱いている」
「七里……」
「お前がそう思うのなら、お前は手伝わなくてもいい。でも俺は止まらない。どうにかして、やつらの薄汚い意図をくじく。くじいてみせる」
「……七里……」
「お前は加わらなくてもいい。俺がやる」
谷杉は一瞬うつむき、悲しそうな表情をしたが、すぐに向き直る。
「そうか。分かった。お前の決断は決断だからな」
「助かる」
七里はコーヒーを飲み干した。
今日も勉強支援同好会は活動をする。
編集会議にて。
「さて、今週号のネタはどうしよう」
前野が言うと、竹永は口火を切る。
「俺に案がある」
「おお。どんな?」
「小論文を取り上げるんだ」
小論文。主に推薦入試で使う科目である。
相場は八百字から千字。何かしら問題文が話題を提供し、受験生はそれに応える形で文章を作る。
「普段の学校の勉強では、なかなか学ぶ機会がないから、俺たちが取り上げるのはいいことだと思う」
「なるほど」
「でも……」
比名が異論をはさむ。
「一般的な受験では使わない科目ニャ。ほとんどの受験生は、受験では小論文は書かないニャン。その辺どうニャ」
「そうでもない」
竹永は反論する。
「逆に、学力が高い生徒は通常の受験ルートを使うだろう。しかし『普通の成績』の生徒は、むしろ推薦が使えるなら、そちらを選ぶんじゃないか」
普通の生徒にとって、推薦、特に学校推薦は打率の高いやり方であり、また一般受験ほどには苦しまずに済む。
比名はどこを目指しても、そもそも受験の苦しみがほとんどないから、かえってその実情を知らない。
「それに、小論文を作る力が役立つのは、目先の大学受験だけじゃない」
文書作成能力は、大学に入ってからも頻繁に用いることになる。レポート、卒論、定期試験など多岐にわたって。
また、就活時、そして就職してからも、何かとこの力は問われることになる。
「だから、これを取り上げるのは有益だと思う」
「なるほどね。受験後にも響くことをアピールすれば、北里くんのおふくろさんみたいな人にも訴求できるしね」
前野がうなずく。
「そういうものかニャ」
「そういうものだ。他に異論はないか」
竹永が問うと、口々に答える。
「他にはないニャン」
「私も、竹永くんの意見に賛成」
「僕はもともと異論はないよ」
「よし、じゃあ決定ニャン!」
部長は決断した。
記事いわく。
小論文の原稿は、問題提起、結論、理由づけ、再びの結論、の順番で書くとよい。
このうち問題提起は、一応パーツとしてカウントしているが、一番定型にしづらいものである。
なぜなら、課題文の問い方が多種多様だからである。
単に資料を見せて、問題点を自分で探させる問いから、何かの主張への賛否を問うシンプルな問題、あるいはなんらかの提案をさせるものなど、課題文はまさに百面相である。
もっとも、どの課題文も共通するのは、問題の背景を序論として書かなければならないということである。
問題の所在を明らかにしたリ、それが問題となる理由を書けば、まあとりあえずは大丈夫といえよう。
そして自分のとる結論を書き、理由づけをする。
理由づけは、データがあればそれに則るのがよいが、たいていは統計などではなく、理屈をこねて「論証」することになる。
自説の正しさを、善悪や効率性などを持ち出して正当化する。他のとりうる説を叩いて、相対的に自説を正当化することもあるし、自分の案が既存のリソースだけで容易に実現できることを示すこともある。
自説のリスクを低く見積もり、その理由を語るのもよい。
賛成か反対かの二者択一の課題文では、条件付きで賛否を示し、その理由を書くときもある。
ただし、注意すべき点がある。たいていの参考書では「結論そのものの質は問わない」とされるが、実際には結論の独創性や、結論自体の有効性を採点される場合がある。結論は手を抜いていいわけではないのだ。
本題に戻る。再びの結論、というのは、要するに締めの言葉だ。
自説を、その内容は変えずに、違う書き方、切り口で再度繰り返す。理由づけをごく短く要約し、自説の有効性を反復して述べる。
そのまま最初の結論の引き写しになってはいけないが、強いて言えばおまけに過ぎないパーツである。さして重要ではない。
長々と語ってはみたものの、小論文はアウトプットなので、繰り返し実際に演習することが大事である。一度慣れれば、どんなに奇妙なテーマを投げてよこされても、それなりのものが書けるようになるだろう。
小論文のノウハウはそこで締められ、以降は小論文がいかに受験以外に役立つかをアピールする文章が並んでいた。
竹永がうなずくと、議題はネタの精査に移った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます