12・ひどいインターネッツ

 七里は自分のスマートフォンで、勉強支援同好会のサイトを見た。

 くだらない文字列。大人にゴマをするような記事。腐ったような活動記録。

 虫唾が走る。

「クソが……」

 七里は、自ら進んで勉強をする高校生などいないと考えている。

 多くは受験や定期テストのため、やむをえずやっている。本心では必要以上に勉強には関わりたくない。自分で学業を研究など、するわけがない――彼はそう思っている。

 それが正しいとすれば、勉強自体を研究し、テクニックや勉強法を追求しているこの同好会は、実際は別の目的を持っている。

 何度も述べているがつまり……大人へのゴマすりである。

 勉強しろ、勉強しろとうるさい大人たちに、彼らはこびる。自分たちはこれほどまでに勉強に向き合っています、と訴える。

 そして大人たちの歓心を呼び起こすのだ。

 偽善を成し、自己本位な正義を行い、バカな大人どもに頭をなでてもらうのだ。

 クズである。非行とは比べ物にならない、最大限の侮蔑をもって迎えるべき悪行である。

 七里はスマートフォンをポケットに入れた。


 数日後、竹永は異変に気づいた。

「あれ?」

 アクセス数が急に伸びている。

 急にといっても、いわゆる人気サイトには全く届かない。しかし、これといった大変化もないのに、アクセス数は不自然なほどに伸びている。

 彼は掲示板を見た。

 書き込みは一つ。「大人にこびるのは楽しいか?」という趣旨のものだった。

 この人物が何かしたのだろうか?

 さらに彼は「勉強支援同好会」で検索をかけた。

 すると、ヒットしたものの中に「六番トンネル」――巨大掲示板の書き込みがいくつかあった。

 これか?

 一つ一つ見て回ると、何者かによる、勉強会への悪口の痕跡が見てとれた。

 趣旨はどれも同じく「この部活は大人にこびている」というもの。もちろんサイトのURLもついている。

 これは一応、部員で相談だな。

 部室に一番乗りしていた竹永は、他の部員の到着を待った。


 ほどなくして、他の部員が到着した。

 竹永はパソコンの画面を見せ、どうなっているのか説明した。

「これはひどいニャ」

「全くだね。僕たちのどこが大人にこびているんだ」

「教師にも保護者にも敵がいるのにね」

 口々に部員たちが話す。

「で、竹永くんとしては、どうしたらいいと思う?」

「ああ、それなんだけども」

 彼は手を振った。

「何もしないほうがいい」

「……何もしない?」

「ああ」

 何者かの「大人にこびている」という言い分は、きっと誰にも同意されることはない。勉強支援同好会のことを何も知らない人にとっては、スレッドを関係のない話題で荒らす邪魔者にしか見えないだろう。

 その「何者か」は独自にスレッドを立ててもいるようだが、あまりにも唐突な主張に困惑されている。

「もしこいつが個人情報をばらまけば、書き込みの削除要請なんかを視野に入れる必要があるけど、そこまでやるようには見えない」

「そうかな」

「きっとそうだ。逆に言えば、個人情報の拡散やら、違法なことをまだしていない以上、俺たちが打てる手はない。スレッドに乗り込んで弁明をするとかは、逆に『六トン』の住人を刺激する」

「なるほど。本人降臨ってやつだね」

「平たく言えばそうだな」

 竹永は頭をかいた。

「ともかく、下手に六番トンネラーを刺激しないで、放っておくのがいいと思う」

「ネットの大先生がそう言うなら、きっとそれがいいニャン」

「おい」

「私もそれに賛成。どう見てもこの人、まともに取り合ってもらえていないからねえ」

 不破もうなずく。

「よし。じゃあこの人はほっとくニャン。決定!」

 部長である比名の一声で、方針が決まった。


 さらに数日後。

 放置された犯人、七里は、自分のたくらみが失敗したことを悟った。

 六番トンネルで工作をしたが、結実しなかった。

 巨大掲示板のあちこちに触れ回り、勉強会がいかにゴマすりの集団であるかを切々と説いたが、ほとんど誰も相手にしなかった。

 ちなみに勉強会サイトの掲示板に行った書き込みは、静かに削除された。

 工作は目的を果たさなかった。

 いや、工作ではない。真実を明らかにし、ゴマすり集団に鉄槌を下すための周知活動は、不運にもその戦術目的を果たすことができなかった。

 どいつもこいつも……!

 彼はスマホを閉じ、壁を蹴った。


 他方、会のウェブサイトや六番トンネルを静観していた北里母。

 彼女は複雑な気持ちだった。

 荒らしの言い分、「この部活は大人にこびている」は、彼女から見ればとてもそうは思えなかった。

 たとえテクニックに走ってはいても、「点数を向上したい」という気持ちは本物であるように彼女には見えた。

 そうでなければ、たよりはもっと手抜きの内容になっただろう。彼女の見る限り、あのたよりはテクニックに関しては誠実だった。

 それに、大人にこびるなら、それこそ部員が部活などではなく、個々で勉強に励む――またはそのふりをすれば済む話である。

 実際、部活を立ち上げたせいで、あの同好会はむしろ、一部の大人から反対を受けている。

 もっとも。

 彼女にとってあの荒らしは、あの同好会の廃止を導くことについては、おそらく目的が一致する人間である。

 あの荒らしは、間違いなくあの同好会を廃止させようとしている。「荒らして炎上を狙い、悪評によって廃止につなげる」という手段は稚拙だが、目的意識は感じられた。

 だが、彼女はあの荒らしを肯定しない。

 たとえ目的や結論が同じでも、理由が異なれば、それは異なる主張である。山を登って目的地に行くのと、川を泳いで行くのとでは、大きな違いがある。

 それに、「大人にこびている」などという嫉妬交じりの主張と、彼女の「真摯な」憂慮とを一緒にしてほしくはない。

 だから、共闘はできない。

 彼女はそう結論づけると、夕食の支度にとりかかった。

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