06・不良

 放課後、ある生徒が勉強支援同好会の部室前を通った。

 勉強支援。ふざけた部活だ。

 その生徒は、生徒会でもPTAの回し者でもない。

 七里。彼はいわゆる不良である。

 彼の学校の成績は、体育を除いて最下位クラスである。不良でも勉強はできる、というのが創作物の常だが、現実はそのような意表を突くものばかりではない。

 彼は思う。この部活は大人にこびている、と。

 学業など適当にやり過ごすもの。親や教師のうるさい小言を受けつつ、どうにか怒りを流し、そのうえで自分の好きなことをする。

 それをこの同好会は、本気になって方法論を模索するという。

 どうせ親や教師にいいカッコを見せるための、腐った部活だ。

 勉強に真剣に取り組む姿勢を誇示し、大人たちのご機嫌を取るための卑劣な活動。

 しかも部員のうち二人は、勉強などもう必要ないレベルの秀才だという。そんな連中が、今更勉強を研究するなど、ありえない。大人たちからの評価の欲求に飢えて、そんな活動をしているに違いない。

 強欲。一見崇高な理念に隠された強欲。

 実際、よこしまな動機という点については、比名についてはあてはまっている。ただし大人にこびる目的などではなく、竹永にアプローチをするためであり、また七里はそのような恋心など知る由もないが。

 ともかく。

 七里は部室に乱入して部員を殴りつけたかった。大人たちにこび、承認欲求をこじらせた、と七里が思っている連中に、一撃をお見舞いしたかった。

 しかししなかった。

 相手はただでさえ大人にこびている連中である。そいつらを殴ったところで、大人たちは絶対に七里の言い分を理解しない。いや、それはいつものことだが、余計に七里に非を見るだろう。

 クソが。

 七里は心の中で吐き捨て、部室を通り過ぎた。


 一方、勉強支援同好会では、編集会議が行われていた。

「国数英ときたら、理科社会だよね」

 不破が当然のように言う。

「そうだな。でも……とりあえず社会、特に歴史をやるのはどうだ」

「なんで理科と地理、公民を後回しにするの?」

 彼女がたずねると、代わりに比名が答える。

「一つには、私たちは文系だからニャろ?」

「そう。俺たちは理科も、まあ、できるが、やはり理系の生徒と比べると、科目数が足りない。具体的には生物しか押さえていないんだよ。文系の場合、何科目も理科をやる必要はないからな。選択と集中ってやつだ」

 この部活の面々は、全員文系である。竹永と比名がいくら学業優秀だからといって、理系の科目をいくつもやるのには限度がある。受験用のリソースの分散は、というかおよそリソースの分散は、ふつう、愚策でしかない。

 数学は、国公立志望なら筆記でほぼ必ずやるため、彼らも鍛錬を怠っていないが、理科は違う。あまりリソースを割り振っていないのだ。

「もう一つには、地理と公民は単なる暗記だからニャン」

 片っ端から用語と意味を覚える。攻略法は良くも悪くもこれしかない。語呂合わせなど工夫の余地も、ないではないが、記事の目玉にすえるには、いささかパンチが足りないと見えた。

 しかし。

「でも、それなら歴史だって同じじゃない?」

「本質的には同じニャ。でも前提が違うのニャン」

 歴史は、ごく一部の難関校は記述式の問題を出すため、暗記だけではついていけない。しかし普通の生徒はそんなところは受けないため、それはひとまず無関係だ。

 問題は……。

「歴史には『流れ』があるのニャ。点だけでなく線で覚えたほうが覚えやすいことがあるのニャン」

「例えばフランス革命とか宗教改革とか。どっちも周辺諸国を巻き込んで、いろいろな事件に発展してるしな。気合を入れれば無理に覚えることもできるだろうが、それをもっとサクッとやろうってのが、この部活の趣旨だろう」

 竹永は語る。

「んで、そのためには歴史漫画だな」

「あ、聞いたことがある、そのやり方!」

「ああ。使い古されてはいるが、やっぱり王道だな」

 歴史について書かれた学習漫画を読む。できれば、エンタメというより学習のためにまとめられた、史実に忠実な漫画。

「余裕があれば、範囲を数冊で網羅する短い漫画と、十冊ぐらいでまとまった、それなりの長さの漫画を併用するのがいいな」

 あくまで余裕があれば、である。しかしあまりに手短だと、歴史のごく大まかな流れしかつかめない。もう少し詳しい流れを理解するには、ちょっとばかり冊数がかさむものを読まなければならない。

「ただ……」

「ただ?」

「最終的には線の走る『点』も拾う、つまり暗記も必要だ。むしろ漫画はその前段階でしかない」

「学習用の漫画でも、それだけで受験を乗り切るのは難しいニャン……たぶん」

「面倒だね」

 不破は腕を組む。

「受験だからな。仕方がない」

「仕方がないニャン」

 ともあれ、今回の編集方針も決まった。

「じゃあ、こんな感じで記事を起こそうかな」

 録音、メモ役の前野が言うと、一同はうなずいた。

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