04・敵対者たち

 これは後から聞いた話。

 この至って健全な同好会を、快く思わない者がいた。

 生徒会副会長。名前を稲富という。

「私は、この部活は学生の本分を超えていると思います」

 彼女は、その涼やかな瞳に決然たる意志を光らせる。

「なぜ?」

 生徒会長の桑浜が問うと、彼女は答える。

「生徒とは未熟者。私を含めて、まだ長い修業の途中にある者です。教師から、精神、学業ともに薫陶を受けて、初めてそこそこの人間になるものです」

「うーん」

「その未熟者がほかの生徒を指導するなど、必ずや手に余ります。未熟者たちの中途半端なハウツーを真に受け、他の生徒はかえって品位と学力を落とす。私はそう確信しています」

「しかし……」

 桑浜は、その艶やかな顔をやや曇らせる。

「勉強を教えるという経験が、かえって自分の学力も上げるって話もあるよね」

「しかし……!」

「それに、生徒同士でしかできない修業もあるんじゃないかな。先生と生徒だと、先生側がやり方を改めることはまずないけど、生徒同士ならお互いに指摘しあえる。勉強のやり方とか解答のアプローチとかも、そうやってもまれて進化できるんじゃないかな」

「精神やら品位の話に関しては、ただの理念論に思えます」

 会計の東郷も言う。

「ぐぐ……!」

 しかし、稲富に同意する者がいた。

「私は副会長に同意します」

「千堂さん!」

 書記の千堂である。

「教師の中にも、少数ながらあの同好会にまゆをひそめる人がいると聞きます。先生方の間で、たとえ少数であってもそういう人がいるということは、やはりあの部活はあってはならないのではないでしょうか」

「そ、その通り、あの同好会はよくないです!」

「それに、勉強はまさに学生の本分。それをあえて部活にするというのは、かえって筋が通らないとも思えます」

 副会長と書記は、勉強支援同好会に反対。

 一方、会長と会計は、推進とまではいかないが、廃部の意思はない。

「むむ、とりあえず今後の動向を注視しよう。何かあったら、そのときに考えよう。新しい同好会だからね、最低限の注意は必要だろうからね」

 桑浜は、場を収めたいのであろう、ある種日和った判断を下した。


 翌日、また勉強支援同好会は集まった。

「で、数学か」

「そうだね」

「俺なりに考えたんだが、ちょっといいか」

 竹永は話を切り出した。

「この勉強支援だよりは、一握りの優れた生徒に難関校を突破させるのが目的なのか。それとも、普通の生徒を普通の大学に受からせることを目指しているのか」

 唐突な問いに、一同は沈黙する。

「みんなも知っているように、この高校は一流の進学校とまではいえない。このたよりを読む人間は、ほとんどが『普通の高校生』だ」

「そうだニャ」

 明らかに普通でない竹永と比名は、普通の高校生を思い浮かべる。

「とすれば……数学の捨て問は……」

 竹永はそこで、一瞬心の痛みを感じた。

「どうした、竹永」

「ああいや、なんでもない。……少なくとも数学の捨て問を、読者に無理に解かせる必要はないんじゃないかと」

 自己弁護。しかし正論でもある。とりあえず竹永はそう考えていた。

「ニャるほど。つまり高度な応用問題は、読者にも捨てさせるのニャン?」

「その通り。高度な応用問題を最初から切り捨てれば、あとは標準的な問題を確実に解けばいいだけだ」

「それなら、定石の解法パターンを反復して覚えれば、まあまあ対応できるってことだね」

「そうだ。どうせ捨て問はセンスの領域だ。捨て問の欠損を覚悟して、センスに左右されない問題を固めれば、普通の大学には受かる」

 例えば国語、特に現代文は全面的にセンスが問われるので、センス自体を磨かざるをえないが、数学は少し趣が違う。そこでこの戦術の出番というわけだ。

 しかし不安をこぼす者がいた。

「それでいいのかなあ」

「どうした」

 不破である。

「そういう戦略的なことを、勉強支援の新聞に書いていいのかな?」

「つまり、受験のためのノウハウは邪道ってことか?」

「いや、私自身はそうは思っていないよ。ただ」

 不破は遠慮がちに口を開く。

「保護者とか先生方とか、そういう人たちの心証が気になるなあ」

「むむ」

「噂によると、私たちの活動はまだ全面的には支持を得ていない。その状況で受験テクニックをやるのは、なんか心配だよ」

「……話は分かった。だけど現実的に、高校の勉強は大学受験のためだからな。学業を聖なるものとして、テクニックから切り離すのは、むしろ感心しない」

「そうかな」

「ああ。大丈夫だ。安心しろ」

 竹永は力強くうなずいた。


 こうして、第二号も発刊された。

 しかしそれを快く思わない人間が一人。

 ――知とはこういうものではない!

 竹永のクラスメイト、北里。その母は、この第二号にひどく不満だった。

 彼女は、息子から勉強支援だよりなるものの存在を聞き、息子を通じて勉強支援同好会から発刊紙を入手した。同好会のほうも、刷って減るものはないので、普通に渡したのだ。

 ともあれ。

 彼女はかつて哲学者を志した。知とはどうあるべきか、どのように定義すべきか。その大きな問題に、彼女は取り組み続けた。今も折に触れて追求している。

 そのような彼女にとって、この勉強支援だより第二号は許されざるものだった。

 捨て問を捨て、より簡単に解ける問題に的を絞る。受験テクニック。

 テクニックに堕するなど!

 彼女にとって、知は常に主たる命題だった。試験はその主存在たる知の程度を計るだけの、従たるものにすぎない。

 主役は、試験ではなく、知力でなければならない。

 出された問題は、知力に対する誠実さでもって、捨てられることなく全て答えられなければならない。

 そうでなければ、主存在に対する怠慢である。従たる存在にばかりかまけ、主たる存在をないがしろにする暴挙。

 実際、応用問題を解けないということは、きっとその解答に使う概念をしっかり理解していないということだろう。基礎は応用を解くためにあるのであって、それができなければ勉強の意味がない。

 ともあれ。

 勉強支援同好会は、有害かもしれない。

 とても四十歳に見えない、抜群の容姿を持つ彼女は、しかし不快感に顔をゆがめた。

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