03・活動の始まり

 その後、創部手続は特に障害なく進み、晴れて勉強支援同好会は結成された。

「勉強の大切さに目覚めてくれるなんて、私はうれしいです」

 顧問の安家が言う。

 どことなくふわふわした印象を受ける、英語の女教師。その微笑みはどこまでも和やか。

「勉強は大切ですからニャ。学生の本分ですニャン」

 比名が答える。

 もし彼女の秘められた本心を知っている者がいたら、「よくいけしゃあしゃあと言えたものだな」とツッコミを入れただろう。

 しかしこの時点では、まだ誰もその「本心」を知らない。

「うんうん、いいことだよ」

 ぽわぽわと安家は返す。

「で、これからどう活動するの?」

「そうですね、まずは宣伝がてら、学内新聞を発行します。それで基本的な勉強法を広めるとともに、部活の宣伝にも使います。一石二鳥というやつですね」

 前野が答えた。

 ちょうどいいことに、部室にはパソコンとプリンターがある。というより、そういう空き部室を選んで創部申請した。一世代前のOSとスペックとはいえ、使おうと思えば使えるはず。

「なるほど。それはいいねえ」

「でしょう。新聞の具体的な中身は僕らに任せてください」

 前野は笑みを浮かべた。一同もその言葉にうなずいた。


 栄えある勉強支援同好会創刊号として、まずは基本的な勉強方法を取り上げることにした。

 ……だが……。

「普通に授業の予習と復習をすればいいニャン」

「あとは問題集を解くことだな。日頃の予習復習をしっかりしていれば、難易度最高のものでもサクッと解ける。まあ俺は高校の範囲は全部終わっているから、あとは手当たり次第に問題を解きまくるだけだな」

 全国一位様と二位様の助言は、まったくあてにならない。

「あのさあ、もうちょっとまともなやり方にしない?」

「そうだよ。その方法じゃあ、比名ちゃんと竹永くんしか通用しないよ」

「そうは言っても……」

 二人は困り顔。

「た、たとえば英語の勉強法というか、鍛錬の目安というか、そういうのは?」

 前野が懸命に糸口を探る。

「英語……英語か。強いて言えば……」

 英語を大きく要素別に分けるとするなら、単語、文法、アウトプットからなるだろう。アウトプットは和文英訳と英文和訳のことだと考えてよい。

 つまり長文読解は、単語と文法を押さえておけば、基本的になんとかなる。

「長文をあきらめず迅速に読む練習は必要だが、いきなり長文ばかり練習するともたないだろう。そこで」

「そこで?」

「市販の単語帳には、単語と一緒に短めの文章を読ませるものがある。最初はそういうものを、時間をかけてもいいから読解していくのがいい。そこから徐々に文章の長さを増やしていく」

「単語力も上がるから、いいやり方だニャ」

「ただし……」

 アウトプットに関しては、単語や文法の基礎練習だけではなかなか厳しい。これは地道に問題を解くしかない。

「たとえ日本語であっても、アウトプットを日頃から継続的に行うような趣味があれば、少しはましかもしれないが……」

「そう都合よくはいかないよね」

 不破がうなずく。

「強いて言えば、『日本語』ほか英語以外の言語の文法を日常的に解析する癖があれば、ちょっとは足しになるだろうな。文の分解の訓練だ」

「そんな、国語教師でもそんなにやっていないだろうことを……」

「その通り。だから漢文とかは真面目に勉強しよう。あれは結構英語に近いからな」

「月並みだなあ……そうだ、国語は?」

「国語か。それこそひたすら解きまくるしかないな。センスのあるやつは初めから高得点を出せるが、それをうんぬんしても仕方がない」

「でも、さっき竹永くんが言ったように、古文と漢文は単語と文法がかかわるから、ある意味英語と同じような練習もできるニャン」

「しかも、現代語を古文や漢文に訳す問題はまず出ないから、その逆、古文漢文の現代語訳に集中できるな」

 前野と不破が、うんうんとうなずく。

「現代文は……理屈で解くのが受験界隈の主流だが、ひたすら数をこなせば、センス、直感を磨くこともできるんじゃないかと。もちろんそれには見直しがものすごく重要になるが」

「見直ししないと、自分のセンスがどうずれているのか分からないからニャ」

「へえ。……話が盛り上がってきたし、まずはそういうのを記事にしようか。数学は、紙面の都合上、次回に回そう」

 前野がメモから顔を上げて言った。


 打ち合わせをもとにした新聞は、ほどなくして完成した。

 最近はものづくりのツールが充実している。新聞風の文書を作るツールも、インターネットの海ですぐに見つけることができた。ツールを検索した竹永は、ウェブとソフトウェアの進歩に大いに感心した。

 閑話休題。

 竹永たちは教師たちに掛け合い、それぞれの教室の掲示板に新聞「勉強支援だより」を貼らせてもらうことに成功した。

 成功した、とはいっても、断られることはまずないと彼らは踏んでいたし、実際ほとんどの教員――ごく一部、渋い顔をする者もいたが――が快諾した。

 なにせ勉強の支援である。三流タブロイド紙でも、思想プロパガンダでもない。断る理由がなかったのだ。

 そして、次に備える。

「次は数学特集だね」

 前野が言った。

「数学かあ。なんか難しいよね」

 不破が小学生のような感想を漏らす。

「俺も、実のところあまり得意じゃない」

「またまた。得意じゃないとはいっても、私みたいな凡人よりは格段にできるんでしょ?」

「いや、その」

 竹永が言葉に詰まっていると、比名が口を開く。

「や、確かに竹永くんは数学が苦手気味ニャン。ランキングの科目別順位を見る限り、数学は少しだけ順位が下がるニャン。普通の生徒よりははるかに上だけどニャ。きっと出題者側が捨て問として出した問は、完答できないんじゃないかニャ」

 図星だった。

 彼女はきっと、悪意があって言ったのではないのだろう。しかし、傷口をえぐるような言葉を、自分より上を行くただ一人の者に言われるのは、さすがにこたえるものがあった。

 内心の黒い思いを我慢して、うめくように竹永は返す。

「そうだな。そういうことだ」

「だから竹永くん、今度数学を教えてあげるニャ。とりあえず連絡先を交換しようじゃないかニャン」

「連絡先……いや待て。どうせ部活には四人しかいないんだから、全員が相互に交換すればいいんじゃないか。あと『ガイン』のIDも交換して、みんなでトークを共有しよう」

「お、いいね」

「そうだね、そうしようよ」

 ガインとは、チャット感覚のメッセージアプリである。スマホ持ちはほとんどがIDを持っている。

 と、比名が一瞬不満そうな顔をした。

 ――おや?

 だが彼女はすぐに普通の表情に戻った。きっと気のせいだな、と竹永は思い直した。

「そうだニャ。じゃあわたしのIDは……」

 四人はスマホを取り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る