02・設立
翌日の朝。普通に登校してきた竹永に、短髪の青年があいさつする。
「やあ竹永」
「おう、前野」
前野は、竹永の隣にある自分の席に、ドカッと座った。
「ふう」
若干だるそうな様子。
「大丈夫か。病み上がりなんだろ」
前野はここ数日、風邪で休んでいたのだ。回復したとはいえ、まだ本調子ではないだろう。
「いや、勉強の遅れを取り戻さないと。僕はきみと違って、普通の生徒だからね」
「前野だって、偏差値七十前後の優等生じゃないか」
言葉の通り、前野も十分に高学力である。この学校に竹永と比名がいなければ、学内トップは狙えた人間だ。
つまり前野も、なにか噛み合わせが違っていれば、竹永や比名に劣等感を抱いていたかもしれない。悪意の刃が、今のところ竹永に向いていないのは、まったくもって偶然の事情だった。
ひるがえって、前野は手をひらひらさせる。
「嫌味かな。きみなら一週間勉強をさぼっても、余裕でついていけるんだろうけどね」
嫌味で返された。しかしそこに本気の敵意はない。じゃれ合いだった。
「ところで、比名さんが部活を作ろうとしているんだって?」
「えっ」
竹永は目を丸くした。
「知らなかったのか」
「ああ。全く」
「なんでも、生徒の勉強をサポートする部活だとか。学習の相談にも乗るらしい」
全国一位の比名らしい発想だ。
「今のところ、比名さんと不破さんが立ち上げメンバーだね。部活、というか同好会の人数制限は四人以上だから、あと二人が誰になるかだね」
「あと二人か」
「僕たちになったりして。ちょうど帰宅部だし、竹永は全国レベルだし」
前野はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「おいおい、縁起でもないことを言うなよ」
「ハハハ」
言うと、竹永は宿題のチェックを始めた。
昼休み、縁起でもないことが起きた。
「竹永くん、一緒に部活を立ち上げるつもりはないかニャ?」
うわあ。
竹永は頭を抱えた。
「勉強支援部。まあ最初は同好会だけどニャ」
おおむね内容は前野から聞いた通りだった。勉強の相談に乗ったり、学内新聞を発行して学習のヒントを提供する。新聞は週刊を予定している。
メンバーとして、部長の比名、そして不破は確定。ここに竹永と前野が加われば、同好会の体裁を整えられる。
「顧問教師は?」
「今のところ安家先生が協力するニャン。まあ、同好会の趣旨からいって、もし安家先生が外れても、顧問はいくらでもつくだろうけどニャ」
安家とは、このクラスの担任である。
「ちなみに部室の心配もないニャ」
羽後沿岸高校には、廃部になった部の元部室がいくつかあり、掃除さえすればまともに使える状態らしい。
「お願いニャ。わたしと竹永くんがそろえば、鬼に金棒ニャン」
言いつつ、比名は竹永にすり寄る。
いい香りがする。
それはともかく、鬼に金棒という比名の言い分は、分からないでもなかった。
運動部で例えれば、全国大会優勝者と準優勝の選手が、同じ部活にいるようなものだ。それこそ天下が獲れる。
勉強支援部は試合をするような部ではないが、戦力がこの上なく充実するのは、きっといいことなのだろう。
「で、僕は?」
前野が聞くと、比名はけろりと答える。
「おまけニャ」
「ひどい。これはひどい」
「ふふふ。……まじめな話、学力はいろんな層がいた方が、部活としてはいいんじゃないかな」
不破がフォローする。
「仮にそうだとしても、学業との両立が問題だね……」
「それも問題ないよ。人に勉強を教えるのは、自分の学力向上にもつながるって、よく言うじゃん」
「なるほど。それもそうだね」
不破の言葉に、前野はうなずく。彼は学業さえつぶれなければ、あとは問題ないらしい。完全に乗り気になったようだ。
「ということで竹永きゅん、お願いニャー」
比名は竹永に密着して甘える。
「ちょ、ば、馬鹿」
「入ってほしいニャー。お願いニャー」
「……分かったよ、入ればいいんだろ」
「ウニャー、やったニャ」
比名は満面の笑みを浮かべた。不覚にも竹永は、その幼げな表情に心臓がはねた。
その日の夜、比名は自室のベッドの上で、頭がどうにかなっているのか、というレベルで独りジタバタはしゃいでいた。もちろん、竹永を引き入れられたことについて。
そのことを竹永は知る由もない。
翌朝、竹永は沈思黙考していた。
えらいことになった。
全国一位様の比名と一緒に仲良しこよしで活動。しかもよりにもよって、勉強が主題となる部で。
色香に惑わされて、とんでもない選択をした。
彼は頭を抱える。
このままでは、下手をすれば毎日、比名の学力に劣等感を抱く羽目になる。
だが、ここまで来てしまった以上、引き返せないのも事実。
心を強く持つしかないのか。
結局はそれに尽きた。もはや後戻りの道はないのだから。
それに、せっかく比名の周りにいることになるのだから、模倣できるものは模倣したい。
勉強の仕方。心の持ち方。勉強に向かう姿勢。解答へのアプローチの傾向。本人と親密になって直接聞くのもよい。
転んでもただでは起きない。事ここに至ったのだから、吸収できるものはなんでも取り込む。
……頑張るか!
竹永は顔を上げた。図らずも比名に都合のいい流れであることを知らずに。
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