爆上がり

 その少女は、以前、舞香が教えてくれたヒメユリヒメの姿そのもの。

 白衣や足袋はもちろん、腰帯も掛襟も緋袴も白。草履も白。

 兎に角、白。白、白、白。


 誰って訊かれても、名乗るほどの者じゃない。

 語尾も気になる。

 けど今、俺が突っ込むべきは、白!


「どうして、全身白なんですか……」

 他意なく言った。

 ヒメユリヒメの返事は、辛辣なものだった。


「何なのじゃ。パンツの色まで聞き出そうという魂胆が丸見えなのじゃ!」

 違うと言いたい……。


 ふと、俺はイオのことを思い出した。大人から白を押し付けられた天才子役。

 『神対応の申し子』、神田衣央。清純、清廉な白がイオのイメージカラー。

 公式プロフィールの好きな色も白。常に白い衣装で人前に立つ。


 でも、本当はどぎついピンクが大好きで、パンツの色はどぎついピンク。

 俺はイオにパンツを「見る」と聞かれた。見てはいないけど……。

 それがちょうど1年前のことだった。


 パンツのはなしは置いておいて……。


「白……ですよね……」

 あくまでも全身について見たままを言った。

 ヒメユリヒメはこくりと頷いて。


「見る」

 結構です。なかなかパンツから離れない。なんだ、この天然!

 全身白尽くめの巫女。伝説のヒメユリヒメと同じ!

 ヒメユリヒメが天然だったという伝説は残っていない。

 少なくとも、妹はそんなはなしをしたことがない。


 だけど、その天然ぷりが、清々しいほど板についている。

 もしかして本物? そんなはず……。

 自分で結論が出せず、恐る恐る聞いてみた。


「あのーっ、ヒメユリヒメ様でいらっしゃいますか?」

「違うのじゃ」

 でしょうね。じゃあ、一体、誰?


「佐藤白布なのじゃ」

 そうですか。普通だった。


 名前の通り白い装束がお似合い。

 けどこの神社でその格好は紛らわしい。

 きっと何か深い事情があるんだろう。

 ヒメユリヒメの末裔だとか、そういう事情が……。


「じゃあ、どうして白い巫女装束を身に纏われているのですか?」

「コスプレなのじゃ」

 ある意味深い。けど、思ってたのとは違う。


「誰のコスプレ?」

「ヒメユリヒメに決まっておるのじゃ」

「だったら、ヒメユリヒメで良くない?」

「よくないのじゃ。あくまでコスプレなのじゃ。本名は佐藤白布なのじゃ」

「そうですか。直ぐに忘れてしまいそうだけど……」

 このときは本当に直ぐに忘れるつもりだった。

 けど、この大冒険を通じて、俺は『白布』という名が忘れられなくなった。


「そなたこそ、伝説のヒメユリヒコにそっくりなのじゃ……」

 誰? 俺が知る伝説には登場しない。


「……白い髪、憧れるのじゃ!」

 ……そこに突っ込んでこられると何も言い返せない。

 俺の髪はたしかに白い。お母さんもお姉ちゃんも妹も白い。

 小さい頃はそれが当たり前だった。気にすることはなかった。

 学校へ行くようになってからは、周囲との違いを感じるようになった。

 俺は白い髪が決して好きではない。むしろ嫌い。

 だって、みんなと違うんだから……。


「どうして白い髪に憧れてるの?」

「ヒメユリヒコにそっくりだからなのじゃ」

「だから、それは誰なの?」

「ヒメユリヒメの旦那にして、神々の父なのじゃ」

 知らなかった。


「こっちはまだ小4でこの髪色。嫌で嫌でしかたないんだ」

「何と! もったいないのじゃ!まるで爆乳少女のようなのじゃ」

 どこがじゃ!


「周囲の皆が羨ましがっているのに、本人は気に入っていないところなのじゃ」

 そういう設定は、ときどきあるけど……。


「もっと柔軟に自分の特徴を受け容れた方が、人生楽しいのじゃ」

 たしかに。受け容れられれば、どんなに楽しいか。

 どんなに気持ちが楽になるか。それは何となく分かる。

 けど、出来ないから悩んでいるのに……。

 白布はお構いなしに俺の白い髪を撫で、匂いを嗅ぐ。


「くんくんくん。くんくんくん。良き髪なのじゃ」

「何をするんだよ! 失礼じゃないか!」

「失礼ではないのじゃ。夫婦なのじゃ」

「夫婦だからってそんなこと……」

 していた。

 俺のお父さんは、いつもお母さんの長くて白い髪の匂いを嗅いでいる。


「くんくんくん。だめなのじゃ」

 勝手に匂いを嗅いで、勝手にダメ出し!


「もう、いい加減にしてくれ!」

「うーん。もったいないのじゃ」

「放っておいてください」

「そうはいかないのじゃ」

 どうして!


「その髪は、全人類のものなのじゃ」

 俺のだって!


「もっと伸ばせば、芳醇な香りとなるはずなのじゃ」

「そんなデタラメ!」

「デタラメではないのじゃ」

 自信たっぷり、ドヤ顔を決めている。

 その顔を見ていると、腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなった。


「分かったよ。で、どれくらい伸ばせば満足できるの?」

「60センチはほしいのじゃ」

 60センチというと、妹と同じくらい。

 今の俺は10センチくらい。相当伸ばさないといけない。


「そこまで伸ばせば、ヒコ殿の運気も爆上がりするのじゃ」

 ヒコ殿……。そう呼ばれたのははじめて。

 運気が爆上がりって、なんて魅力的なフレーズなんだ。

 俺は、決心した!


======== キ リ ト リ ========


第1章では女の子に間違えられた主人公、今度は髪を伸ばす決心をしたもよう。

どんなキャラに成長するのでしょうか。是非、お楽しみに!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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