第2章 佐藤白布

寂れた小さな神社

 小学4年生のころ。俺こと楢原貴介は、近場で大冒険をした。

 名もなき寂れた神社でのこと。


 6月30日、水曜日。時刻は午後1時30分。

 学校帰り、妹の舞香と一緒に立ち寄ったのは小さな神社、光龍大社。

 大社なのに小さい。並木というにはあまりにも貧相な木が生えた参道。

 ギリギリまで住宅が立ち並んでいる。

 鳥居を潜ってもありがたみがまるでない。


 毎年、6月30日は大祓というおまつりの日。

 昨年はお母さんの入院から緊急退院という騒動に巻き込まれた。

 おまつりどころではなく、南の島へ行く羽目になった。

 約2年振りの大祓のおまつり。楽しみでないはずはない。


 といっても……。

 賽銭を投げておみくじを引き、出店で何かを買うだけの予定。


「お兄さま、舞香は遂にやりました!」

 おみくじを引いた直後のこと。かなり興奮している。


「どうした?」

「ついてます! 運がいいようです」

「犬のうんちでも踏んだか!」

「違いますよーっ! 大吉です。大吉を引き当てましたーっ!」

「それは……」

 言ってはダメなヤツだなんて、言えない。


「……おめでとう! よかったじゃないか」

「はいです。今年はきっとカレシができそうな予感です」

「歩!」

 歩というのは俺の幼馴染で親友にして、妹の意中の人。


「そうですとも。きっといいご縁があるのでしょう」

 ますます言えない……。




 寂れた神社に祀られているのは偉い神様と、名もなき道祖神・ヒメユリヒメ。

 かつてはこの辺りにヒメユリが群生していた。

 そこから名を取られた精霊がヒメユリヒメ。

 全身白尽くめの装束を纏っている。

 日本の神様としての地位を得たのが奈良時代のこと……らしい。

 何度も聞いているけど、奈良時代だというのはうっかり忘れてしまう。


「……という、由緒正しい神社がご近所にあるなんて、舞香は幸せです」

 妹は何故か神社だの神様だのに詳しくて、俺が聞くより前に教えてくれる。

 そのくせおみくじを引く作法を理解していない。それは言わないでおく。


「好物は、油揚げだっけ?」

「違いますよ、おからですよ、お・か・ら!」

 惜しい、と心の中で叫ぶ。大豆繋がり。

 声に出して妹に聞かれたら大変。

 油揚げの作り方だのおからの栄養素だのという要らぬ講釈がはじまり……。

 終わるころにはすっかり暗くなっている。というのがいつものパターン。

 そうならないよう気を付けて発言する。


「舞香は詳しいな。よく勉強していて、偉いぞ!」

「ふふんっ。お兄さまもお勉強なさればよろしいのに」

 鼻を鳴らしているのは、機嫌がいい証拠。

 もう少し煽てれば、扱い易くなる。




 寂れた神社には露店が少ない。

 例年、参道の入り口に2軒、裏道の脇に1軒が立つ。

 参道にあったのは、金魚掬いとお面屋さん。

 となると、裏道には食べ物屋がある可能性が高い。

 今年はどんな店かと、わくわくしながら裏道を歩く。

 見えてきたのは、大阪の文字と船や軟体動物の絵が描かれた垂れ幕。

 同時に匂いはじめたソースの香ばしさが、食欲をそそる。

 たこ焼きだ。1人前が8個で400円。いまどき良心的な価格設定。


「人には得手不得手があるもの。俺には勉強が向かない……」

 ……それに比べて舞香は何でもできてすごい、と続け……。

 妹を煽て、出店で何を買うかの主導権を握るつもりだった。

 お面が欲しいなんて言われたらたまらない。


「でしたら、この舞香がお兄さまにお教え致しますわ!」

 妹は機嫌がいいにはいいが、これは……。俗にいう藪蛇。まずい!

 このままでは終わるあてのない講釈に付き合わされる。

 それだけは避けたい。折角の冒険日和が台無しになる。

 俺はポケットに手を突っ込んだ。

 かき集められるだけかき集めて、500円玉が2枚あることに気付いた。

 よしっ。これだけあれば大丈夫!


「舞香、それよりたこ焼き食べたくないか?」

 単刀直入!


「食べたいです! できれば3人前ほしいです」

「そっ、そんなに?」

「はいです。舞香は200円持っています……」

 俺の1000円と妹の200円を合わせて、3人前の1200円。

「……あと500円玉が2枚あれば、歩くんへのお土産も買えるのです」

 そこまで言われて、俺はようやくはめられたことに気付く。

 舞香はあと1000円あればとは言っていない。

 わざわざ500円玉が2枚あればと言った。


「俺、要らないって! だから間違ってるよ。800円で済むから」

「そうでしょうか。舞香が2人前食べる計算ですから、間違いないのです!」

 最初から、俺の分は計算外。さすがは我が妹だ。


「ふっ……太るぞ……」

「お兄さま、それを言ってはいけません」

「す……すまん……」

「どこかに500円玉が2枚あるといいんですけどーっ!」

 俺が持っているのを最初から知っていたような口ぶり。

 これは1本取られた。ならば、踊るのみ!


「あっれーっ、偶然だなぁ。俺のポケットに500円玉が2枚もあるぞーっ!」

 棒読み。


「たしかにすごい偶然です。3人前、買えてしまいます!」

「…………」

 無言で500円玉2枚を妹に渡す。


「……お兄さま、遊びに行きたいんでしょう!」

「まっ、舞香……」


 なんやかんや、妹は俺の味方だった。

 俺はランドセルも舞香に渡し、引き換えに自由を手にした。

 近場の大冒険のはじまりだ!




 舞香と別れ、本殿の方に戻る途中のことだった。

 少女に出会った。歳は俺と同じくらい。

 長い黒髪をうしろで1つに束ねている。

 俺は思わずつぶやいた。


「白……」

「ん。そなたは誰なのじゃ?」

 のじゃ?


======== キ リ ト リ ========


思い出の白。

のじゃ姫の登場です。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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