イヤリング


 イヤリングを見つけることが、この大冒険の最終章のはじまり。

 そして俺に与えられる報酬は、イオとのハグ!

 そう決めている俺は、絶対にイヤリングを見つけると決意した。


「落としたのは何時ころなの?」

「今朝の8時くらいよ」

「随分と早起きなんだね」

「ここに着いたばかりなの。朝の方が空港が空いているのよ」

「混んでるのは嫌いなの?」

「そうじゃないけど、パニックになりかねないから」

 さみしそうに言う。

 俺はほぼ反射的に「どうして……」と言ったあと直ぐにその理由を察した。


「……人気者は辛いってこと?」

 イオほどの大スターとなれば、一般市民に見つかったら大騒ぎになる。


「ときどきはそういうこともあるけど、私がちゃんとしていれば大丈夫よ」

 違ったか。

 ちゃんとしてないってどういうこと?

 考えていると、イオが続けた。


「みんな優しいわよ」

「優しいって?」

「気付いても気付かぬふりをして、あたたかく見守ってくれるわ」

「じゃあ、どうしてパニックになるんだい?」

「それは……」

 黙り込んでしまった。言い難いことのようだ。

 イオは、自分の着ている服を見ている。


「……ピンクの衣装を着たいから?」

「そうなの! 白を着ていないと納得しないファンが多いのよ!」

「そっ、そんなに白好きって定着してるの?」

「してるわよ!」

 えっへんのポーズで自信たっぷりに言った。

 たまらなくかわいい。


「今日の衣装はパニックになったの?」

「何を言っているの? 嫌味のないピンクはギリセーフだって!」

 いやいや。いい加減、アウトだという現実を理解してほしい。


「好きな色の衣装を着れないんじゃ、人気者も大変だね!」

「そんなことないわ。いつでも身に付けているわ」

 イオは、同情されるのを好まない。


「水中メガネは、さっき身に付けたばかりじゃないか」

「その前からずっと身に付けてるわよ」

 したり顔のイオに、俺の顔は一瞬ほころぶ。

 けど、そんなはずはない。

 今の衣装は、白ではないものの……。

 ピンクの中では大人し目の、嫌味のないピンク。

 決してどぎついピンクではない。


「どこにどぎついピンクがあるんだい?」

「パンツよ!」

「ひぇっ!」

 声にならない声を出してしまった。

 イオの口からパンツなんていう言葉を聞けるとは、思ってもいなかった。


「見る?」

 はい、見たいです! 心の中ではそう叫んだ。

 それも、かなりの食い気味に。

 男の俺にパンツを見せるだなんて、いいのか?

 写真週刊誌で騒がれてしまうかもしれない。


「……遠慮しておくよ」

「そう。結構いい感じのどぎつさなのよ」

 もはや言葉の意味は不明。

 それでも想像できてしまう。

 パンツを片手に腰に手を当てて「はっはっはーっ」と高笑いするイオ。

 そのどぎつさは、俺の顔を赤くするのに充分。

 

 俺は、顔を隠して「……口よりも手を動かそうよ……」とかわした。




 しばらく探しても見つからない。

 俺は、朝の光景を思い出した。

 たしか浜辺で漂着物を拾っていた人たちがいた。


「そういえば、ゴミを拾っていた人たちがいた気がする」

「あの人たちのこと?」

 イオが指を差す。その先にはゴミ拾いをしている一団。

 俺は「聞いてみようよ」とイオを誘った。

 イオは「聞いてきて」と下を向く。

 今の格好で不特定多数の人に会うわけにはいかない。

 それが大人との約束。


 しかたなく俺独りで聞きにいった。

 すると、呆気なく冒険の最終章がはじまった。

 思った通り、イヤリングは拾われていた。

 俺は、イオの代わりにそれを受け取る。

 とても立派なイヤリング。かなり高価なものだと思う。




 誰もいないところまで来て、イオにイヤリングを渡そうとした。


「はい、イヤリング」

「いいわ。あなたにあげる!」

 イヤリングなんて要らないのに。


「いいの? ピンク、大好きなんだろう」

「私にはちょっと薄過ぎるわ」

「え?」

「私が好きな色がなんだか知ってるでしょう?」

「ピンク、だろう」

「それも好きだけど、もっと好きな色があるのよ」

「白?」

「ハズレ! それはあり得ないから!」

 イオがムキになる。大人との約束はどこへいった?


「じゃあ、どぎついピンク」

「正解! よくできました」

 言いながらイオは手をパチパチと叩く。

 褒められた! かなりうれしい。


「でも、イヤリングだなんて……」

 俺がプレゼントした水中メガネと比べずとも、かなり高価なもの。

 身に付ける予定もないのに、受け取ってしまっていいのだろうか。


「あなたには、似合うと思うわ!」

「そう、かなぁ……」

 男の俺に、似合うわけがない。

 けど、イオに言われたんじゃ、断ることはできない。

 かといって、イヤリングなんて付けたことない。


 俺がイヤリングを片手にまごついていると

「もしかして、付け方知らないの?」

と、イオは怪訝そうな表情で言った。


「普段はこういうの、しないから……」

 男の俺が、するわけがない。

 お姉ちゃんが付けてるのを遠目に見たことはあるけれど。


「ふぅーん。私の見立てでは、あなた、相当なべっぴんさんになるわよ」

 よしてくれ。俺は男なんだから……。

 そう言いたかったけど、言葉に出なかった。


「そっ、そうかなぁ……」と言うのが精一杯だった。


 間をおかずにイオが俺に近付いてきた。

 なんの躊躇いも、警戒心もまるでなく「こうするのよ!」と言った。

 イオの小さくて細い指先が、器用にイヤリングの金具をこじ開ける。

 そして、そのまま俺の左耳に近付いてきて……。


 ふわっと、いい匂いがした。


======== キ リ ト リ ========


いい匂い。

この攻撃は男子にはかなりきついようです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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よろしくお願いいたします。

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