嫌味のないピンク
イオにとってこの国の全てが地元というのもうなずける。
日本中を旅してたこ焼きを売る一家を描いたドラマの主役を演じていた。
今まで気付けなかったのは、イオが下を向いていたからだけじゃない。
身に付けているものの色のせいでもある。
イオがテレビに出るときは決まって白を基調とする衣装。
ドラマの中でも、最近少し出はじめたバラエティー番組でも。
ファッション雑誌や少年誌の表紙の際も同じ。
最も清潔感がある、清純な色がイメージカラー。
イオのような有名人に会うのは初めて。俺は狼狽した。
でも相手だってまだ小学生。産まれたのは俺より3日遅かった気がする。
9月17日産まれの俺に対して、イオは…………。
「で、何だって私の邪魔をするの? この、変質者!」
俺はイオに嫌われている。神対応どころではない。
最悪だ……。
「邪魔なんかっ……」と言いながらも自覚がある。
イオの進行方向に立ったのは、手を止め顔を上げさせるため。
それを邪魔と言われれば、その通り。
「だったら、何で私の前に仁王立ちなんかするのよ」
「そっ、それは……はなしかけても返事がないから……」
しどろもどろが精一杯だった。
イオははじめはくだらないものを見るような目で俺を見ていた。
冷たい視線。それはそれでいい。不思議な気分になる。
イオはそのうちに諦めたのか少し困った顔に戻り、静かにつぶやいた。
「イヤリング。落としちゃったのよ……」
気を落とすイオ。それでもいいものはいい。
べつに、イオのファンだからってことじゃない。
あくまでも困ってるなら力になってやりたいって思っただけ。
俺はもう1度勇気を出し「一緒に探すよ!」と、はっきりと伝えた。
「遠慮しとく。落としたのは私だし、自分で探すのが当たり前だもの」
断られた。
自分で落としたから自分で探すって、当たり前のようで難しい。
イオがストイックな性格だっていううわさは聞いたことがある。
これほどまでとは思っていなかった。
俺も「手伝うったら手伝う。邪魔をしたお詫び」と言って引き下がらない。
「ふん。勝手にしてっ……」
イオはそっぽを向きながら言った。
そのときにはもう探しはじめていた。
ここで俺は夏の大冒険のあらすじを立てた。
イオのイヤリングを探す大冒険!
必死に探しまわってそれを見つけたとき。
2人は自然と抱き合い……永遠の愛を誓いあう!
そんな大冒険がはじまったのなら、なんて幸せだろう!
イオのイヤリングを探す大冒険!
でも、どんなイヤリングなんだろう。せめて色を知らないと探すのは難しい。
「何色なの?」
俺は自然に聞いた。
イオは、恥ずかしそうにして言った。
「ピンッ……白よ!」
何かを言いかけた。ピンクって聞こえなくもない。
けどはっきりと白って言ったのも聞こえた。
「白に近いピンクってこと?」
このときのイオの格好を見て、なんとなくそう言った。
「そうそうそう。限りなく白に近いピンク。いや限りなくピンクに近い白ね!」
「どっちなんだい? それが分からないと探し難いよ」
「じゃあ、探さなきゃいいでしょう」
色ひとつでこんなに逆上されるだなんて。
「……ピンク、なんだね……」
「……嫌味のない……ピンクよ……」
「ふーん、意外だなぁ」
「どうして意外なのよ。私がピンクが好きで、何が悪いの?」
ムキになるイオもたまらない。
今日のお召し物は全身が嫌味のないピンクで統一されている。
いまさらピンクのイヤリングを探していると言われても、驚いたりはしない。
ピンクが好きだなんて、女の子っぽくっていいとさえ思う。
「好きなんだ、ピンク」
「そっ、それは言葉の綾。私が好きなのは白よ、白!」
プロフィールにはそう書いてあるのを俺は知っている。
清純を売りにしている子役のイメージカラーは白。好きな色も白。
「じゃあ、どうして今日は全身ピンクなの」
「嫌味のないピンクだから、ギリセーフなのよ」
横を向いているイオ。
ずっと見ていたい気もするし、こっちを向いてほしい気もする。
しかし、アウトとセーフの境目が白かどうかなら、アウトだと思う。
それは言わないでおく。
「分かったよ。探し物は、嫌味のないピンクのイヤリングだね」
「たまたまよ。たまたま身に付けていた!」
今度は正面を向いた。
腕を組み、あひる口で俺を睨み付ける。
ピンクが好きだということは、死んでも認めない勢い。
イオが頑固な性格だといううわさを思い出し、俺が妥協する。
「はいはい。たまたま身に付けていたピンクのイヤリング」
「嫌味のないピンク! 言い直してよ!」
左手を腰に当てて前屈みになり、右手の人差し指を縦に振る。
おっかない。が、それもあり。
「たまたま身に付けていた嫌味のないピンクのイヤリング、これでいい?」
「いいわ。分かればいいのよ、分かればっ!」
少し照れて顔を真っ赤にしているイオもたまらない。
イオにとっては、嫌味のないピンクであることは重要らしい。
大人と一緒に仕事をするっていうのも大変なんだなぁ。
兎に角、俺の大冒険ははじまった。
======== キ リ ト リ ========
嫌味のないピンク。ピンクにも色々あるようです。
皆さんのお好きなピンクは、どんなピンクでしょう?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願いいたします。
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