6月30日を『ラブコメの日』にしたのは、ちゃんとした理由があるから説明させてくれ!

世界三大〇〇

第1章 神田衣央

はじめてのラブコメ人生

 小学3年生のころ。俺こと楢原貴介は、南の島で大冒険をした。

 それは、どぎついピンクが大好きな少女との大冒険だった。


 6月30日、火曜日。時刻は午前10時過ぎ。

 梅雨が明けたばかりで、もう暑い。東京の夏とは違う暑さ。

 俺は、弾む気持ちを抑え切れず、ひとりホテルを抜け出す。


 本当は妹を連れて来る約束だったけど、お姉ちゃんに押し付けてきた。

 妹には悪いが、折角の大冒険。誰にも邪魔をされたくはない。

 相当怨まれるだろう。今からくすぐりの刑が怖い。

 でもお土産を買って帰れば、どうせおさまるだろう。


 向かうは海岸。俺の足でも5分と近い。

 ホテルからの道が海岸通りに合流する三叉路。

 眼下に拡がる両翼2キロといわれる大砂浜!

 弓形になった海岸線の一番深いところに俺はいる。


 左に曲がれば、お母さんが入院している病院。

 ここ数日、毎日通っている道だ。

 今日も1時から5時までお見舞いすることになっている。

 その先には港がある。

 船は毎日、正午になるとやってきて、3時には行ってしまう。


 右に行くと商店街。明日行われる海開きの準備に忙しい。

 何でも、超が付くほどの有名人がゲストに来るらしい。

 誰だかは秘密にされているけど、この島にゆかりのある人らしい。

 そしてそのゲストが観客の誰かとキスをするなんていううわさもある。

 キスって……。ま、俺にはカンケーない!


 俺は迷わず右の道を歩いた。

 左に海を眺めるだけで新鮮な気持ちになる。

 砂浜では漂着物を拾う数十人の列ができている。

 ボランティアなのか、わいわいと楽しそうに作業している。


 右の街中にもおまつりの前の日独特の高揚感がある。

 店から店へカラフルな旗を張り巡らせているのは学生アルバイト。

 スーツ姿の男に指図を受け、絡んだロープを解すのに四苦八苦している。


 俺はドキドキと心が跳ねるのをちょっと抑える。

 後顧の憂いなく大冒険をする準備をしなくてはいけない。

 俺はポケットに手を突っ込んで、所持金の額を確認した。

 500円玉が1枚と100円玉が4枚。あとは小銭……。

 うーん。妹が納得するものを見つけるのは大変そうだ。

 くすぐりの刑は覚悟した方がいいのかもしれない。

 早いうちに土産の目星だけでもつけておこう。

 冒険はそのあとで充分だ。

 俺は、何の気なしに海の家に入った。




 はなしかけてきたのは、気難しそうなおばあちゃん。


「おやおや。営業は明日からなんだがね」

 商売っ気が全くない。

 俺を追い出そうとしているのが分かる。


「すみません。妹にどうしても買って帰らないといけないものがあって」

 言い訳すると、これが効果覿面。

 おばあちゃんは急に優しくなった。


「そうかいそうかい。で、何を買おうってんだい?」

「今から決めるんです」

 目を丸くするおばあちゃん。

 『どうしても買って帰らないといけないもの』を『今から決める』のだ。

 完全に不信がられた。悪い子だと思われたかもしれない。


 けどおばあちゃんは目尻のしわを深くして、

「そうかいそうかい。だったらこれなんかどう? 400円だよ」

 と言いながら、1枚の紙のボードを取り出した。

 色とりどりの水中メガネがびっしり括られている。


「うわぁ、きれい!」

 俺はおばあちゃんの手からボードをひったくった。

 水中メガネが貼ってあるだけのボードに心を奪われた。


「おいおい。全部持ってくんじゃないよ。1個だよ。1個400円」

「じゃあ、2個ください!」

 俺は自慢気に500円玉と100円玉3枚をポケットから取り出した。

 それをおばあちゃんに渡して、水中メガネを受け取った。

 どぎついピンクとさわやかなグリーンの2つ。

 形は同じ。俺の分と妹の分。お姉ちゃんのはなし。


「毎度あり、毎度あり」

 こうして俺は、海の家を出た。

 さぁ、ここからが本格的な夏の大冒険のはじまり!


 まだ誰も泳いでいない海からの潮風が心地いい。

 先ほどのボランティアの人たちは、堤防が作る濃い影で休憩している。

 商工会の会長らしき人が、神主さんと打ち合わせている。

 沖合には、男が漁船を操りサメ避けネットを張るのが見える。

 筋肉隆々そうな、いかにも海の男といった趣き。


 背後には、海と空との境界線がくっきり。

 東京とは全てが違う夏物語に、俺の心は浮かれていた。




 そこへ現れたのは、俺と同い年の少女だった。


 嫌味のないピンクに統一された帽子とワンピースとビーサン姿。

 下を向いているのと帽子が邪魔で、顔はよく見えない。


 それでもこの少女からは、ただならぬ気配を感じる。

 腰まで伸びるボリューミーな黒髪が、帽子からはみ出している。

 何かを探しているのか、困っている様子。

 少しだけ勇気を出して「何か、お困りですか?」と、

大人が使うような言葉を選んではなしかけた。


 結果は惨敗。完全無視された。

 親切にと思ったのに、相手してくれないだなんて許せない!

 俺の勇気を返してほしい。


「ねぇ、困ってるの?」

 少しムキになってそう言い直したあと、少女の反応を待つ。

 少女は完全無視を続け、下を向いたまま、何かを探すのも続けている。

 そんなに大事なモノなんだろうか。

 俺は少女の正面に立った。

 腕を組んで、足を肩幅より少し広げて、腰を落として待ち構えた。


 しばらくして、角度的に俺の足が少女の視界に入ったころ。

 ようやく少女が顔を上げる。ムッとした表情だ。

 嫌われた自覚がある。


 ふと気付いたのは、少女の顔が全く日に焼けていないこと。

 俺や妹と同じような白さで、透き通るよう。

 ここら辺の南国の人とは違う。


 少女は俺を睨みつけて「何よ貴方!」と言った。大きな瞳が印象的だ。


「随分と白いのね。貴方、地元の人じゃないわね」

 向こうも同じことを思っていた。先に気付いたのは俺なのに!

 俺は少しムッとして「それは、お互い様じゃないのか」と言い返した。


「私にとってはこの国の全てが地元なんだけど!」

 そう偉ぶる少女を見たあと、俺は自分の目を疑った。

 見覚えがある顔なんてものじゃない。俺の大好きな人!


 俺は左足を半歩下げて身体を反らして、

「イッ、イオだ。神田衣央だっ!」と言った。


 神田衣央というのはテレビでお馴染みの天才子役。

 愛称はイオ。俺と同学年で、俺と同じく乙女座で……。

 会う人会う人に愛嬌を振り撒く『神対応の申し子』だ。


 この人が俺の大冒険のヒロイン。俺はそう確信した。


======== キ リ ト リ ========


神対応の申し子、神田衣央。

シリーズを通してのメインヒロインの登場です!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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よろしくお願いいたします。

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