7月第2週

 わたりとの話し合いの末、私のこれからの行動方針は決まった。


『8月の末にある夏祭りに、彼女を誘う』


 これ以上に分かりやすい目標もないだろう。早速それに向け、今日の挨拶を済ませる。


好感度〈72〉

▲「おはよう。今日はよく眠れた?」

◀「おはよう。あれ、髪型変えた?」

▼ 何もしない


 おっと、さっそくトラップ。気づかずうえを選択するところだった。

 ……夏祭りに誘うにあたって、好感度は〈80〉以上をキープしておきたい。むやみやたらな行動は出来ないと思っていたほうがいいだろう。


「おはよう。あれ、髪型変えた?」

「おはよう。よく気が付いたね。

 そうだよ、髪型を変えたの。似合ってる?」

「すごくよく似合ってるよ」


好感度〈75〉

▲「まるで、大空を舞う白鳥みたいだ」

◀「てっきり、天使でも舞い降りたのかと思ったよ」

▼ 何もしない


 下手な行動は止そう。

 ……てか、何だよ白鳥って。気障きざ超えて、大喜利みたいになってるじゃないか!


 彼女との会話が終わる。

 いつもならここで終わりにするが、いつまでもそうしちゃいられない。

 私は次の行動を思案する。


好感度〈75〉

▲ 勉強の話題

◀ 政治の話題

▶︎ 雑学の話題

▼ 何もしない


 すごい……ここに来て四択だ。この恋愛ゲーム作り込み過ぎだろ。

 迷った末に私は▶︎みぎの『雑学の話題』を選ぶ。


「そういえば、7月と言えば『七夕』だけど、実は日本に伝えられている七夕って、日本と中国にあった複数の伝統やならわしを混合させて出来たものだって、明保野は知っているかい?」


 少し不自然だっただろうか。

 彼女はゆっくりとこちらに顔を向けると、「ううん、知らない」と、こちらに答えを乞うような顔を見せた。

 その表情を見て、私は少しだけ手応えを感じた。


「なら、教えよう。

 なんでも『七夕たなばた』という言葉は、元々は禊を行うために用いられた織り機である『棚機たなばた』から来ており、織姫と彦星の伝説は中国起源のものであるらしい。

 ではなぜ、織姫と彦星の伝説が七夕と関係するのかという話だけれど、簡潔に言えば、織姫と彦星の星であるベガとアルタイルが、7月7日に最も美しく輝くからだそうだ。

 そんな似ても似つかない二つの伝承が、ものの見事に合わさって今の『七夕』になっていることを思うと、少し不思議な気持ちにならないかい?」


「不思議な気持ち?」


「うん。簡単に言えば、

『いや、バカだろ。日本の7月7日たなばたは穢れを祓う日なのに、中国の7月7日織姫と彦星と一緒にすんなよ』って。

 だって織姫と彦星は一年に一回しか会えないんだよ。そんな大切な日と禊の日を、私だったら一緒にして欲しくはないね」


「ふふふっ……」


 すると、彼女は口に手を当て静かに肩を揺らし始めた。

 それを見て私は「仕舞った!」と思い、慌てて弁明の言葉を探す。


「あははは。面白いね、あなた」

「え……?」


 私は呆気に取られ、思考が停止する。


「ふふふ、そのままの意味だよ。

 あなた面白い。まるでロボットみたい」

「ロボットって……」


「いや、気に障ったのならごめんね。

 でも、伝統や習慣なんて人間が語り継いできたものだよ。

 それが混合して出来たものだって、私はそれを『馬鹿だ』とは思わないかな」


「……確かに、それは言い過ぎだったかも」


「それで、その話の続きは?」

「……続き?」


「あるんでしょ。その後、どうやって話を転換していくつもり?」


 私は考える。

 ……しかし、何も思い浮かばない。

 それもそうだ。元よりこの話に続きなどない。ただの雑談で世間話だ。


「ないけど……」

「あら、てっきりまたこの前みたいに私に告白でもするのかと思ってた。

『君と私は織姫と彦星だ』

 みたいな感じでね」


 彼女は「可っ笑しい」と言って笑い続ける。

 彼女の中の私は、そんな風に見えていたのだろうか。

 しかしそんな彼女の笑顔を見ていると、次第に私まで笑顔になってしまう。


「あなたの笑顔素敵ね。普段からそうしてればいいのに。

 ……あっ、わかった。

 あなた、自分の心を投影させるのが苦手なのね?」


「心を……投影?」


「そう。心の底から笑ったり、心の中にある言葉を語ったり。

 あなたってどこか、借り物だったから。

 本心から笑ってる今のあなたは、素敵よ」


 彼女は朗らかに微笑むと、私の前から姿を消した。

 最後に彼女の笑顔を見た時、彼女の好感度メーターは〈85〉まで上がっていた。


 ……知らなかった。

 能動的に働きかける以外に、彼女の好感度を上げる方法があったなんて。

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