第35話 普通に究極の強敵登場
先代魔王ゲンキチは語る。
自身が夢見た魔族と人間の融和を。
それは決して不可能ではない、という事を二人に説き伏せる。
「それは無理な話だ。最早、人間と魔族は相いれない場所にまで来ている」
「その通りだ、若者よ。しかし、私は同じ事を言おう、魔族と人間との融和は可能である」
的を射ない魔王の言葉にレイクスは苛立ちを覚え始めた。
しかし、彼は理解する。魔王は己が逆立ちしても敵わない相手である、と。
「それは、どのような方法だというのですか?」
「フーちゃん、簡単なことだよ。一度、全てを壊して世界を再誕させるんだ」
聖女フウリアはゲンキチの言葉を反芻し、それがいかに恐ろしいことかを理解し、わなわなと身体を震わせた。
「そ、それは、とても恐ろしい事です」
「変革には痛みを伴う。これは、そこにまで至らせてしまった我々の落ち度」
「……」
「であれば、責任を取る必要があるだろう?」
顔を伏せる聖女フウリア。これに溜まらずレイクスは声を上げた。
「お嬢は何も悪くないっ!」
「あぁ、その通りだ」
「ならっ!」
「ダメなのだよ。それでは彼女が【真に自由にならない】。聞こえているのだろう?」
先代魔王ゲンキチは、聖女フウリアにおぞましいほどの殺気を放った。
俯いていた聖女はそれを受けて微動だにもしない。傍にいたレイクスが失禁しそうになるほどの強い殺気を浴びているにもかかわらずだ。
彼女はやがて、ピクピクと肩を振るわせ始め、やがてくつくつと笑い声を上げ始める。
「気付いていたか。いや、気付くだろうな」
「当然だ、おまえに殺されたのだからな」
「いや、そうだったな。すまんすまん」
まるで友人にでも語りかけるかのように殺害を認める聖女フウリアは、しかし、その表情に異質の笑みを浮かべる。
それは間違いようがなく不気味で、粘着質を伴う殺意がべったりと張り付いたもの。
レイクスはそんな彼女の形相を目の当たりにし、思わず腰を抜かしてしまった。
「お、おまえは誰だっ!? お嬢をどうしたっ!」
「聖女フウリアはここにいるよ。ちょっと眠ってもらっているだけだ」
聖女フウリアを支配したものはレイクスに手をかざす、と眠りの魔法を施し、彼を昏睡状態にしてしまった。
「お優しいことだ」
「これなる者がいた方が、聖女フウリアが安定するのでな」
みしり、と聖女と魔王の間、その空間が歪む。
殺気と殺気がぶつかり、空間にまでも影響を及ぼしてしまった結果だ。
「その体で私たちに挑むか、フォルモス」
「まさか。この娘は私の大切な道具だ。代わりを用意してある」
「何?」
聖女フウリアを支配した主神フォルモスはその華奢な右腕を上げさせた。
「主神フォルモスの名に置いて、来たれ、異界の勇者よ。邪悪なる魔王を討ち果たすべく聖なる力を以て正義を示せ!」
暗黒の空より眩い光の柱が降りてきた。その輝きの中に一人の少年の姿。
光の柱が砕け散り、少年の全貌が明らかになる。
それは金髪碧眼の少年。少女と見間違えるほどの繊細な造形美を備えた容貌と、神秘的なデザインを持たされた純白の鎧を身に纏っている。
手にするのは黄金の剣と盾。それらには主神フォルモスの紋章である、大きな円と四方を囲む小さな三角形が刻まれていた。
「この者こそ、魔王を討ち果たすために、わしが作り上げた究極の勇者。その名も【勇者アストロード】だ」
「その鎧……ラオ・エクトムを解析して作ったか!」
「魔族ごときの技術を理解できぬとでも思うたか? その鎧の三倍の性能を持たせておる」
勇者アストロードが無造作に黄金の剣を振り上げ、それを振り下ろした。
たったそれだけで台風のごとき竜巻が発生し全てを砕きながら前進し始める。
その先には先代魔王ゲンキチ。
「(親父っ!)」
「(済まんっ! 頼むっ!)」
先代魔王ゲンキチは実のところ、戦闘には耐えることができない。
彼ができることはラオ・エクトムを制御し、装着者をアシストする程度なのだ。
したがって、直接戦闘を行うのは現魔王ゲンジュウロウとなる。
「どっせい!」
源十郎はデスグラビトンアックスを振り上げ、思いっきり振り下ろす。
遠慮なしの一撃は空間を歪め、巨大な空間の裂け目を生み出した。
竜巻はそれに飲み込まれ、呆気なく消失する。
しかし、魔王ゲンジュウロウはその行為によって虚脱感を覚えた。
「(魔力がごっそり持って行かれたっ!?)」
「(源十郎、あの鎧だ! あれが、魔族の魔力を消失させている!)」
ゲンキチが示す通り、勇者アストロードが身に纏う純白の鎧は魔族の魔力だけを破壊する機能を持たされている。
これは同時に、ラオ・ウォルカームに対する回答でもあった。
「ふっふっふ、どうする? 魔力無くして、その鎧が機能しないことは分かっているぞ」
「この野郎……!」
魔王ゲンジュウロウは忌々し気に主神フォルモスを睨み付け、無限リュックサックから予め取り出し、鎧の内側に装着していた魔力補充ポーションを一本開ける。
残りは後二つ。アマネ製とあって効果覿面であり、魔力は最大値まで回復した。
「あいつをどうにかしないと、何もかもが終わっちまう」
わざわざ、それを口にしたのは、自分の為すべきことを自分に言い聞かせるため。
そして、その覚悟を完了させるためである。
かつてない強敵と相対した魔王ゲンジュウロウは、果たして使命を全うし世界を終わらせることができるのであろうか。
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