第34話 普通に神々の野望をぶっ壊しちゃうかも

 大神殿から次々と逃げ出してくる神官たち。

 内部には突入せずに入り口付近で待機していた源十郎は、彼らを一人残らず抹殺してゆく。


 その度に、彼女はガラスコップが割れたかのような音を感じ取った。


「やっぱりなぁ。あれと繋がってるな。差し詰め、壊れているのはエネルギーのパイプって言ったところか」


 何に力を送っているかなど、最早説明するまでもないだろう。

 大神殿はそのために作られた施設なのだ。


「主神フォルモス、この騒動の発端を作った者。魔族を忌み嫌う筆頭か」




 大気の神フォルモスは主神であるものの、その地位は常に揺らいでおり薄氷の上に据えられた玉座のような状態であった。


 それというのも、この世界は彼一人で運営するには力がまったく足りておらず、魔族の神にして大地の女神ガーブズの協力は勿論の事、どうでもいいような役割を持つ神々の力までもを必要としていたのだ。


 しかし、温和な表情で神々の機嫌を窺っていた姿は仮の物。その内側には激情が渦巻いていた。

 何故、主神たる自分がこんな末端ごときに気を遣わなくてはならないのか。


 自分の実力の無さを棚に上げて、彼は憤った。そして力を求め始める。

 その一環に信仰の一点集中と、地球からの転生者の招集というものがあった。


 信仰の集中は彼に従う神々にも恩恵があるとの触れ込みでおこない、多少の疑いの目は合ったものの認められるに至る。

 しかし、本命はこちらではない。地球からの転生者、特に巨大な力を持つ者の信仰を獲得することにあった。


 異世界モトトの信者の信仰によって得られる神の力は微々たるものであった。

 しかし、転生者から信仰によって得られる神の力はそれの比ではない。

 およそ、百倍から千倍近くの開きがあるのだ。


 だからこそ、フォルモスは転生者を募った。

 この頃、地球は魂を抱えすぎており飽和状態にあったので、各異世界からの申し出に快く応じていた。

 結果、大量の転生者たちが異世界モトトに流れ込んできたのだ。


 それらは全て主神フォルモスに従ったか、と言えばそうではない。

 しかし、その半分以上は神としての威厳を保っていたフォルモスを信じ、彼の信徒として活動している。

 今も尚、彼らの信仰はフォルモスに力を送り続けているのだ。

 結果として、彼は神々の中において頭一つ抜きんでた。


 しかし、それに並ぶ者の存在があったのだ。

 それが魔族たちの神、大地の女神ガーブズである。


 何も転生者全員が人間になるわけではない。魔族に転生する者も少なくはなかった。

 その中にやがて魔王に至る者が現れる、とガーブズの力は飛躍的に高まることとなる。


 それはフォルモスの思惑に対抗しうる力を与えた。

 ガーブズは最初期からフォルモスの思惑に感付いていたが、不安定なモトトを安定させることを急いだ。

 その結果、こうして神々を二分し戦争状態へと至らせる。


 しかし、これは彼女の苦肉の策。

 ここまで、フォルモスが愚かとは思ってもみなかったのだ。


 発端は確かにアマネの持ち込んだ普通ウィルスであったが、それを利用して魔族を人為的に根絶しようとしていることが発覚し、ガーブズは激怒したのである。


 魔族を、そして、人間を共存させるには最早、何もかもが手遅れなこの状況に、万が一に備えて準備していた計画を実行に移す。


 女神ガーブズは、いつか神々の戦争が起こるであろうことは予想がついており、そして、それに終止符を打つ者が混沌を異世界モトトに持ち込んで顕現するであろうことも予期していた。


 それがアマネである。


 そして、この茶番劇を終わらせるために女神ガーブズが狙うのはただ一つ。

 異世界からの転生者たち、その全員の排除。


 異世界モトトを正常な形で再誕させる。それこそが大地の女神ガーブズの狙い。


 彼女は密かに全ての生物の生命のデータを獲得しており、それに必要な莫大な魔力も確保済みだ。

 元々は、そのために歴代魔王に作らせていたのだから当然である。


 究極の破壊の獣ラオ・ウォルカームの本来の役目は、女神ガーブズの心臓エンジンとなること。

 そして、その莫大な力で以って、世界を再誕させることにあった。


 その全ての準備を成し遂げることができたのも、全てはアマネのうっかりのお陰である。

 また、魔王ゲンジュウロウも女神ガーブズの思惑に貢献していた。


 だからこそ、女神ガーブズは【源十郎の願い】を快く受け入れる。


 故に、今のゲンジュウロウには憂いという言葉が無い。


 ただ、己の成さねばならないことを成すのみ、という心境にあった。

 即ち【主神フォルモスの討伐】である。


 それを成すには、主神の自信作おもちゃをことごとく討ち滅ぼす必要があった。

 だからこその魔王、血も涙も無い悪魔になる必要があったのだ。




 魔王ゲンジュウロウが見守る中、大神殿の内より眩い輝きが溢れ出す。

 それは、夜であっても昼と錯覚させるくらいの眩さを見せつけた。


「来たか、聖女」


 重力領域を展開させ、眩い輝きを屈折させて直撃を防ぐ。勿論、魔軍たちを守るために広範囲に展開させた。


「魔王……これ以上の狼藉は、この聖女フウリアが許しませんっ!」


 半裸に清らかなる薄衣を纏っただけ、という姿の少女が姿を現す。

 魔王たちの記憶を参照し、それが聖女の戦闘服であることを理解した魔王ゲンジュウロウは、死をもたらす重力の戦斧を構えた。


「是非も無し」

「邪心も何も無いのに、何故このようなことをっ!」


 聖女フウリアはひと目で魔王ゲンジュウロウに邪悪な心が無い事を看破した。

 それにゲンジュウロウは多少驚きはしたものの、自分の成さねばならないことを一切見失わない。

 真に覚悟を決めた者は、その言葉に揺らぎを見せたりはしないのだ。


「魔王として成すべきことを成す。残された者たちのために」

「それは、魔族たちだけのためにですかっ!?」


 聖女フウリアは激高と共に、手にした黄金の錫杖から白き光線を放つ。

 だが、それはデスグラビトンアックスの一閃によって掻き消された。


「否、【全て】だ」


 聖女フウリアは魔王ゲンジュウロウの言葉の意味を思いあぐねる。

 何を以ってすべてというのか。魔族の全てと言うのであろうか。

 それならば、己が問うたことを否定する意味が無い。


「それは、人間も含まれる、という解釈をしてもいいのですね!?」

「……それは、おまえ次第だ。おまえは女神ガーブズに気に入られている」

「ガーブズ? 大地の女神ガーブズっ! 魔族の女神にっ!?」


 魔王ゲンジュウロウは返事の代わりにデスグラビトンアックスを聖女フウリアに振り下ろした。

 並みの脊力では受け切れないはずの一撃を、聖女フウリアは手にする黄金の錫杖で受け止めて見せる。


「思い出せ、フウリア。魔王ゲンキチとの約束を」

「何をっ!?」


 魔王ゲンジュウロウは鍔迫り合いを続けながら、小声で聖女フウリアに語りかける。


「聖女としてではなく、ゲンキチの友として思い出すのだ」

「あなたは何を言って……」

「彼がきみに託した想いを。彼を分かち合った未来を、理想を」

「あなたに、彼の何が分かるというのですかっ!」


 聖女フウリアは右肩で強固な魔王の鎧に体当りを仕掛け、魔王ゲンジュウロウを吹き飛ばした。

 きゃしな体格からは想像にも及ばない強烈な一撃を受けて、魔王は距離を開けられてしまう。


「あの人が! あの人の理想を! 私は、私はっ!」

「なればこそっ! 向き合え!」


 聖女フウリアは黄金の錫杖から光線を魔王ゲンジュウロウに向けて乱射する。

 それに対し、魔王は避けることすらしない。それにもかかわらず光線は魔王の手前で掻き消えてしまったではないか。


 その光景に聖女フウリアは絶望を抱く。


 この光線は魔王をも死に至らせる一撃。即ち、先代魔王ゲンキチを手に掛けた一撃なのだ。

 それが成す術も無く掻き消されている。これはいったいどういうことか。


 なんてことはない。簡単なネタ晴らしをしてしまうと、ラオ・エクトムは常にアップデートされている上に学習機能までをも持たされている。

 つまり、一度受けた攻撃に対する防御方法は直ぐに確立されてしまうのだ。


 だから、魔王を殺すには一撃必殺、しかも防御方法が確立されていない攻撃しかない。

 或いは、ラオ・エクトムを身に着けていないときに殺すしかないのだ。


「私が……彼を殺してしまった。人間と魔族との和平を、その可能性を潰してしまった!」

「先代魔王ゲンキチは、お前を恨んでなどいない」

「何故、そう断言できるのです!」


 魔王ゲンジュウロウは、返答に一息間を置いた。


「それは、私がここにいるからだよ。【フーリ】」

「そ、その声は……ゲンちゃん?」


 その声は、魔王ゲンジュウロウの口から発せられたものではない。

 ラオ・エクトムのフェイスマスクの口元を振動させて合成音を放っているのだ。


 しかし、会話をおこなっているのは間違いなくゲンキチ本人である。

 ラオ・エクトムに彼の意志が蓄積されているからこそ可能な意思伝達。


 ゲンキチの声に、聖女フウリアは遂に堪え切れなくなり、その場に崩れ落ちた。

 これに溜まらず、陰に潜んで戦いを見守っていたレイクスが飛び出す。


「お嬢っ! しっかり!」

「あぁ、レイクス……私は、私はっ!」


 今まで見たこともないくらいに狼狽した聖女フウリアを抱きしめるレイクスは、短剣を魔王ゲンジュウロウ、否、ゲンキチへと向ける。


「お嬢に手出しはさせん!」

「構わない、共に聞くがいい。聖女との明日を夢見る若者よ」


 ドン、とゲンキチはデスグラビトンアックスの柄の先端を大地に叩き付ける。

 戦う意思はない、との意思表示だ。


 これに、レイクスは目を見開いて驚きの表情を浮かべるのであった。

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