第33話 普通に魔王様は残虐です

 戦況は魔軍優位で進んでいる。しかし、百にも満たない魔軍は一人でも倒されれば、それだけ大きく戦力を失う事にも繋がった。

 だからこそ、魔王ゲンジュウロウは奇策で以て聖都ホリウムの戦力を分断させる。


 大混乱に陥っている東門に、北門と南門の兵士が応援を寄こした。

 元々、東門の洗脳人間たちは殺されたとしても痛くも痒くもない。

 寧ろ、殺してくれた方が大いに助かるのだ。


 南門より少し離れた位置にて待機している魔王ゲンジュウロウは、やがて聖都ホリウムの南側から火の手が上がったことを確認する。


「よし、上出来だ。第二魔将トフト、俺が突撃する。おまえは魔法兵と共に援護に徹しろ。そして、ここに逃げて来た人間を一人残らず殺せ」

「アマネ様……いえ魔王ゲンジュウロウ様っ! 単騎駆けは危険すぎでございましょう!」

「ラオ・エクトムを信じろ。こいつは聖女の神聖魔法以外でやられはせん」

「しかしっ!」

「これは命令だ。行くぞ、ラオ・エクトム!」


 魔王ゲンジュウロウはフェイスカバーを下ろし、デスグラビトンアックスを掲げ南門へと単身突撃を敢行。

 混乱状態にあった兵士たちは、突然攻撃を仕掛けてきた禍々しい鎧を纏う戦士に、成す術も無く叩き潰されていった。


「えぇい、もうやるしかない! 魔法兵、火炎弾の魔法で町ごと連中を燃やし尽くしてしまえい!」


 半ばヤケクソ気味にトフトは魔法兵に命令。次々に放たれる火炎の弾は兵士たちに命中すると彼らを炎で包み込んだ。


 激痛と炎の熱とで呼吸もままならない彼らは、悲鳴を上げながら助けを求め、近くの兵士に抱き付く。

 しかし、それは無事な者たちをも道連れにする行為だ。


 数分も経つと南門は地獄絵図と化した。


「我が名は魔王ゲンジュウロウ! 先代の仇を取りに来た! 聖女はどこかっ!」


 大袈裟に名乗りを上げ、全力でデスグラビトンアックスを地面に叩き付ける。

 その破壊の衝撃は巨大な南門を易々と砕き崩壊させてしまった。


 それは、さながら局地的な大地震ともいえる衝撃。

 しかし、デスグラビトンアックスの真価は地震を起こすことではない。


「怯えろ! 人間! 無力さを嘆け! 人間! おまえたちが魔族にそうしてきたように、今度はお前らが狩られる番だ! 一切の降伏は認めぬ! 全てに死を与えてくれよう!」


 魔王ゲンジュウロウはデスグラビトンアックスを掲げ力を解放させる。


 もう我慢する必要はない、と彼に語りかけたゲンジュウロウはフェイスマスクの下でニヤリと口角を釣り上げた。


「(おっと、いかんいかん。少し、波長を合わせすぎたか)」


 禍々しい斧の先端に小さな黒い球体が生じた。

 魔王ゲンジュウロウは、それをそっと押し出す。


 少し頼りなさげに、ふよふよと上空へと飛んでいったそれは、急激に膨張し紫電放つと、今度は自身の内側にめり込んでゆく。

 それは圧倒的な力を持ち始め、やがて、自身のみならず周囲の物を飲み込み始めた。


 最初は軽い物、次第に重い物。それが人間までをも吸い込むようになるまでに、時間は長く必要としなかった。


 次々と市民たちを喰らってゆく黒い大口の正体は人口ブラックホールだ。

 これがデスグラビトンアックスの真の力であり、そして、魔王ゲンジュウロウが単騎駆けをおこなった最大の理由だ。


 圧倒的な吸引力は、同じく重力の制御が可能な者でなければ吸い込まれてしまう可能性がある。

 味方がいる場合は使用を控えるべき機能であるが、自分一人である場合はその限りではない。


「お~、すっげぇや。どこかの掃除機も真っ青の吸引力だな」


 人間の命をなんとも思わない源十郎は、果たしてその魂までをも魔族にしてしまったのであろうか。

 しかし、元人間の源十郎ではあったが、人間に固執しているかと言えばそうではない。

 寧ろ人間の汚い部分をたくさん見てきた分、失望の方が強い傾向にあった。

 その鬱憤を、ついでに晴らそう、という考えも無くはないのだ。


 同時に魔王たちの無念も晴らせるので丁度いい、とすら考えている。

 だが、この行為はあくまで撒き餌であり、大物を釣るための布石であるのだ。


 歴代魔王の意志はラオ・エクトムを通して魔王ゲンジュウロウに語りかけた。

 大物の、その向こう側を討て、と。


 それは、きっと聖女などではない、と魔王ゲンジュウロウは確信する。

 先代魔王ゲンキチもそれを理解して、しかし、聖女フウリアに討たれたのだ。


「まずは聖女様を釣らないとなぁ。なかなか出てこないところを見ると止められている感じかな?」


 魔王ゲンジュウロウは、まるで夜の散歩を楽しむかのように、無残な姿になった聖都ホリウムを進む。目指すは町の中央。


 魔王を討ち果たさん、と兵士たちが北から、東から、西からと殺到する。

 これは、魔王ゲンジュウロウの作戦通りなのだが、彼女はそれに呆れかえる。


「そんな数で魔王を倒せるわけがないだろうに」


 正確にはラオ・エクトムだが、と苦笑しつつゲンジュウロウは、デスグラビトンアックスで兵士たちを薙ぎ払う。


 西からの兵の少なさを危惧した彼女は西門へ向けて、挑発とも取れる重力球を投げつけて再び人口のブラックホールを生成。

 多くの家屋を倒壊させ悪魔の大口にそれらを捕食させた。


 すると、怒声と共に、西門より数多くの兵士が魔王ゲンジュウロウに殺到してきたではないか。


「よしよし、釣れたな。これでオグハスが動ける」


 デスグラビトンアックスを一振りし、向かってきたホリウムの兵士を両断する。

 胴体を真っ二つにされた兵士は臓物を撒き散らし、絶叫を上げて絶命するも、魔王ゲンジュウロウは一切、罪悪感を感じることはなかった。


 それは歴代魔王の影響を受けていることもあったが、それよりも黒すぎる感情をゲンジュウロウが取り戻していたからに過ぎない。

 熟成され過ぎた憎悪は、香しき腐臭を放ち、いよいよ恍惚的な破滅を求めるようになる。


 しかし、魔王ゲンジュウロウは、これを普通ウィルスで抑制した。まだ早い、と。


「厄介なことだ。我ながら、な」


 ホリウムの兵士を切り刻みながらも、その歩みを止めない魔王に、やがてホリウムの兵士たちは得体の知れない恐怖に駆られて逃走し始める者たちが続出した。

 しかし、それらは西門、南門へと逃げるとそれぞれ攻撃中の魔将たちによってことごとく討ちとられてしまったのである。


 そして、いつの間にか静かになった東門から、ずるり、ずるり、という音を立てて何者かの集団が押し寄せてきた。

 それは人間のようであるが、決して人間とは呼んではいけない者たちであった。


「るあ、おんぐとう!」

「るあ、おんぐとう!」

「るあ、おんぐとう!」


 それらは身体にホリウムの兵士の剣や槍が突き刺さったまま、体のあちこちを液状化させている人型の何かであった。

 液化した部分には無数の目玉と鋭い鎌のような爪が生えている。


 そして、明らかにホリウムの兵士と思われる者も、その集団に混ざり奇怪な言葉を口にしながら聖都ホリウムの中央を目指していた。


「うん、グロい」


 魔王ゲンジュウロウは、爽やかな微笑を以って彼らを貶した。

 無論、眷属たる彼らにとって、これはご褒美である。




 聖都ホリウムの中央には聖女を称える大神殿が存在した。

 ここはアマネの最終目的地であるが、魔王ゲンジュウロウにとっても最終目的地となった。


 もし、アマネが普通に辿り着いていたのであれば、これほどの悲劇は起こらなかったであろう。

 しかし、それは遂にならなかった。


 だが、歯車が狂ってしまった、という表現は正しくはない。

 何故ならば、これは故意に引き起こされたものであるからだ。


 それを引き起こした者こそが、歴代魔王が討たんとしている存在である。


 しかし、それは手の届かぬ場所にいる存在。

 であればどうするか。


 引きずり下ろすより他にない。


「さて、ここからだ。圧倒的な絶望を連中に見せつけなくちゃなぁ。しっかし……いつもいつも、面倒ごとは俺に回ってきて嫌になっちまうぜ」


 魔王ゲンジュウロウは愉快そうに高笑いする。

 明らかな挑発。それを後押しするかのように異形の存在たちが大神殿へと突入。


 血と悲鳴が白亜の聖域を穢し始めた。

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