第32話 普通に決戦の時 ~魔王と転生者とノイズ~
「エラン、いるな」
「はっ、ここに」
魔王ゲンジュウロウの呼びかけに、エランは音も無く姿を現す。
彼女もまた、源十郎の変わりように驚く者の一人であったが、寧ろ素直にその変化を受け入れていた。
何故なら、彼女は覚悟を決めた源十郎の姿を目の当たりにしているからだ。
そして、その変わりようが、エランの命を守るためだったが故に、彼女は無償の信頼を魔王ゲンジュウロウに寄せる。
「聖都ホリウムの詳細を」
「はっ」
エラン率いる隠密部隊は国境突破に先駆け聖都ホリウムへと侵入、その町の構図を調査して回っていた。
短い時間の割には細部まで調べ上げられており、隠密たちの能力の高さが窺える。
折り畳みの机に広げられた聖都ホリウムの見取り図は野外にもかかわらず風の影響を受けなかった。
それは、ラオ・エクトムが展開させるドーム状の防御フィールドに魔王ゲンジュウロウたちが覆われているからである。
これは音を外部に漏らさなくするような効果もあった。
「源十郎……」
ただひとり、女神ルトゥータはそこから除外されている。
彼女の現時点の役目は終わっていた。だからこそ、魔王ゲンジュウロウは彼女を遠ざける。
これより始まるは、革命という名の殺戮。
次代に生くるべき彼女を血で汚すわけにはいかないのだ。
「よし、よく調べ上げた。上出来だ」
「勿体なきお言葉」
エランは、その称賛を受け取り奥へと控えた。
「聖都ホリウムは城壁で囲まれ、東西南北に存在する門以外からは侵入叶わないか」
「はっ、ですので先代様は非武装での内部潜入を決行なされました」
「把握している。その理由もな」
「……ははっ!」
第二魔将トフトは己の感情を殺すことに努めた。
先代への思い入れが強い彼にとっては辛いものがあるであろう。
そして、その先代が無念の死を迎えた場所へと、彼の血族にして魔王を受け継いだゲンジュウロウが攻め入ろうとしている。
嬉しい反面、彼女の身を案ずる感情の方が強くなりつつあった。
「上空は監視が厳しい、とのことだな」
「はっ、城壁の上には魔法兵が配備されており、上空の侵入者に対して常に目を光らせております」
エランの報告に、ゲンジュウロウは「ふぅむ」と呟く。
「エラン、おまえはどうやって聖都ホリウムに忍び込んだ」
「屈辱ではございますが……人間には魔族に欲情する者もおります」
「相分かった。大儀である」
「ははっ」
無表情だったゲンジュウロウの表情に僅かだが怒りの表情が浮かび上がる。
同時に身体より禍々しい黒い気配が漏れ出すが、彼女が腕を払うとそれらは霧散した。
「がっつくな、直ぐに満足させてやる」
魔将たちは、魔王ゲンジュウロウが浮かべた獰猛な顔に、心の底から恐怖する。
それは、一生命が浮かべるべき表情ではなかったがゆえ。
「これでは八方塞がりであるな」
「はっ、然らば、ラオ・ウォルカームを用いての強行作戦となりましょう」
「否、それは下策ぞ」
「で、では、どうなされますか?」
魔王ゲンジュウロウは「ふふん」とほくそ笑んだ。
「魔族がダメなら、人間にこじ開けさせればよい」
「は? いや、それはどうやって」
「てけりり」
魔王ゲンジュウロウは、鎧の内側にへばり付いていた、てけりりに声を掛ける。
彼は地面へと落ちると、その体をぬらぬらと輝かせながら徐々に体を広げてゆく。
それは、まるで黄金の池のようでもあった。
だが、それはあまりにも禍々しく吐き気すら覚える。
黄金だからといって、断じて神々しさなどを微塵も感じさせない気概のようなものすら感じさせる。
「来たれ、我が下僕ども」
魔王ゲンジュウロウが手をかざす、とてけりりの池が暗黒の輝きを見せ、そこから影が生じ人型を模った。
徐々に色を取り戻してゆくそれは、奇妙な言語でもって魔王ゲンジュウロウを称える。
「いだ、えあえあ、おぶるはまん、おぐはえいあ! あまね、おん、いぐた!」
正気を失いし者の正体はノッテの住人たちであった。それが、次々と黄金の池から生え出てくる。
「ま、まさか……全てはこのための布石であるとっ!?」
「……うん」
そうではないことは、ゲンジュウロウの少し間の置いた返事でお分かりいただけるであろう。
ただ単純に、ゲンジュウロウは使えるものはすべて使う主義であったため、この考えに至っただけである。
そして、これを召喚可能であることを理解したのは、てけりりと意思疎通が完全になったからである。
これは即ち、魔王ゲンジュウロウの正気度は、既にマイナス値を示していることに他ならない。
だが、魔王ゲンジュウロウは発狂するに至らない。
それも計算づくだったからだ。
だからこそ、彼女は女神ルトゥータから普通ウィルスを返却してもらったのである。
これがある限り、魔王ゲンジュウロウは発狂することなく、普通に行動することが可能となるのだ。
しかし、この普通ウィルスにも実は限界がある。
その限界を生じさせるのは、源十郎が溜めに溜め込んだ五十年もの黒き感情。相殺するには残存する普通ウィルスでは困難であった。
ゲンジュウロウはそれを精神力で抑え込む。
しかし、それを完全に抑え込む事などはできない。
どこかで発散させる必要があった。
「いけ、我が下僕どもよ。るあ、おんぐとう、うるかすす、るも」
「るあ、おんぐとう!」
「るあ、おんぐとう!」
「るあ、おんぐとう!」
狂いし人間たちは次々に聖都ホリウムを目指す。
それを見届けた魔王ゲンジュウロウは魔将セスタに命じる。
「セスタ、おまえは東門を襲う人間どもに乗じて町へと侵入、町の南に火を放て」
「はっ」
命じられたセスタは直ちに行動を開始。狂った人間たちに紛れ込んで聖都ホリウムの潜入を狙う。
「オグハス」
「はっ」
「おまえは戦士たちを率いて西門を攻めよ。その際は兵士どもが南へと移動し、兵力が少なくなってから攻め入ること。動かなき場合は、その場に待機。知らせがあるまで動くな」
「ははっ!」
オグハスは戦士たち五十名を引き連れて、ただちに行動を開始する。
「トフト、おまえは魔法兵と隠密を指揮し、俺に付き従え」
「ははっ! 我が身命に懸けてっ!」
「俺たちが攻めるのは……南門だ」
「な、なんとっ!?」
トフトは耳を疑った。
南門は作戦通りに行けば、火の手が上がり兵士も殺到するであろう危険地帯である。
「恐れるな、お前たちには魔王の加護が付いている。故に勝利は揺るぎないものと知れ」
「は、ははっ!」
「征くぞ!」
この流れるような指示は、源十郎の才能であるかといえば、必ずしもそうではない。
ラオ・エクトムには歴代の魔王の知識が蓄積されており、それらは装着者にアップデートされる仕組みになっている。
それに源十郎のシミュレーションゲームの知識が融合し、このような戦術を組めるようになったのだ。
魔王ゲンジュウロウは、デスグラビトンアックスを手にし出陣する。
その際に、女神ルトゥータに最後の別れを告げた。
「ルトゥーさん、お別れだ。アマネをよろしく頼む」
「源十郎、あなたはどうなるのですかっ! 折角、転生したのでしょうにっ!」
「転生者の全てが、ハッピーエンドで終わる、とは考えない方がいい。それに俺は、この世界、そしてアマネのノイズなのさ」
「だからって……!」
「けど、俺は十分に満ち足りたよ。親父が何を考えて生き抜いたかも分かった」
「……え?」
「あとは……親父のやり残しを、俺の手で終わらせるだけさ」
女神ルトゥータの伸ばした手は、魔王ゲンジュウロウを掴むことはできなかった。
その場に崩れ落ちる女神は源十郎の名を叫ぶも、その声は風に流されて届くことはなかったのである。
やがて、聖都ホリウムの東門から悲鳴と怒声が飛び交う。
ここに運命の扉は開かれた。
果たして、この世界の行く末はどちらに傾くのであろうか。
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