第31話 普通に魔王様宣言 ~覚醒~

 遂に国境を越えた魔軍は勢いに乗り聖都ホリウムへと進軍。

 その中で一人だけ目的が違う魔王は初めての大都市に高揚感を隠せない。


「いよいよ聖都ホリウムだよっ! いろいろ見て回りたいなぁ!」

「アマネ、はしゃぎ過ぎですよ」

「えへへ、腕が成るってもんだよぉ」


 彼女のその言葉に魔族たちはピクリと反応した。


 腕が成る、とは露店商としての言である。しかし、魔族たちはそう捉えるはずもなく。


「(徹底的に叩き潰されますか。やはり、その恨みは奥深い、ということですな)」

「(是非も無し。それが魔族の長の決定であるなら尚の事)」


 これに戦慄する魔将たちは、しかし、その身に流れる血潮を熱く滾らせた。

 しかし、魔将の中にもアマネの事情を知る者はいるわけであり、魔族たちの気の昂りとは真逆に肝を冷やしてゆくエルフの青年の姿があった。


「(ま、拙いっ、絶対に勘違いしているっ!)」


 なんとかしなければならない。しかも、双方が納得行く形でだ。

 そんな都合のいい解決方法などあるわけもなく、オグハスは出荷される家畜のごとき心境でアマネの後ろに付き従った。






 国境越えから三日。少数精鋭が幸いし、いよいよ聖都ホリウムの町が見える場所までやってきた。


 遠目で聖都ホリウムの町が確認できる小高い丘にて今日の進軍は停止。陣を張る。

 夜の闇は暗視能力を持つ魔族にとって脅威にはならず、寧ろ心地良さすら感じさせた。


「(拙い、拙い……何もいい考えが浮かばないっ)」


 この間、オグハスは様々な解決方法を考えるも、ことごとくが最悪の結果で終わる未来しか見えず途方に暮れていた。

 もう開き直って特攻するしかない、と決断した矢先の事だ。


「オグハス、これまでの経緯を正確に教えよ」

「え? あ、はい」


 簡素な折り畳み式の椅子に腰かけるアマネは、小高い丘より聖都ホリウムの灯す輝きをその瞳に映していた。

 だが、その横顔は昼間の彼女とは打って変わり凛々しさを感じさせる。


 その隣にはルトゥータの姿。もう殆どの感情を示さない普通の女神は静かにアマネの隣に佇む。


「ま、まさか……内なるアマネ様でございますか?」

「その質問に答える必要はない。だが、敢えて言おう。俺は、お前らの王だ、と」


 オグハスは心の中で、渾身のガッツポーズを決めた。

 この土壇場でアマネの体重が50キログラムを下回ったのである。


「ははっ! わが君に、これまでの経緯をご説明いたします!」


 オグハスは少数精鋭の魔軍にて一切の被害無く、聖都ホリウムの手前まで辿り着いた事を魔王源十郎に報告した。


「そうか、我が軍は百に満たないか」

「ははっ」

「戦力の内訳は?」

「はい、戦士50、魔法兵20、工作兵15、でございます」


 ふむ、と魔王源十郎はトントンと自身の膝を人差し指で叩く。


「力押しは無理だな。オグハスは聖都ホリウムを落とすのに、誰を仕留めれば効果的と考える」

「それならば、聖女フウリアでしょうか。先代魔王ゲンキチ様の仇でございます」

「親父……いや先代のか」


 魔王源十郎は瞼を閉じ暫しの間、沈黙する。


「トフトとセスタを呼べ。そして十五分後に、彼らと共にここへと来るのだ」

「承知いたしました」


 オグハスは顔色一つ変えずに、しかし、その内心では冷や汗ものであった。

 こうして源十郎と、魔王と配下としてのやり取りを行うのは初の事だが、その圧倒的な威厳と風格は以前には備わっていなかったものである。


 いったい、彼女の中で何があったのか。それを知る者は彼女だけである。

 しかし、これだけは言えるだろう。


 彼女は正しく【天音源十郎】へと至った、と。


「ルトゥーさん、普通ウィルスを返してもらえるかな」

「……なんのことでしょう?」

「もういいんだよ。全部、教えてもらった。くそ親父にな」


 源十郎の説明を肯定するかのように、ラオ・エクトムは静かな鼓動を刻む。


 ラオ・エクトムは歴代魔王の意志をその身に蓄えてきた。

 だが言葉を発することはできない。しかし、この鎧を身に付けた者に、即ち、魔王にその意志と希望を脈々と伝えてきたのである。


 改修に改修を重ね、今のラオ・エクトムは究極とまで言えるほどに強化された。

 しかし、そうであっても先代魔王ゲンキチは殺されたのだ。


「……あなたは、天音源十郎なのですね」

「あぁ、この世界に転移させられた【天音源吉】の息子さ」


 源十郎は父親の顔を思い出せなかった。

 父親と生き別れたのは五つの頃だ。その頃、既に母も他界し天涯孤独の身となった彼は親戚にも疎まれ施設送りとなる。


 そこでも周りの子供たちに馴染めず、孤独を味わい成長していった。

 だが、源十郎はそのような状況下に置かれていたお陰で、冷静に自分の置かれている立場や環境を把握することに長けてゆく。


 やがて、良い人の仮面を被り、自分に向けられる敵意や悪意を最小限に抑える術を手に入れる。

 それは時に敵を作り、出世への道を潰えさせたが、これも欲を抑えることによって制御することを選ぶ。


 だが、それは源十郎の内にドス黒い感情を凝縮してゆくことになった。

 それが、内に潜む暴虐の力である。


 だが、それは満たされない事で大きくなる力であった。


「俺は……自分が意味のない存在だ、とずっと信じ込んできた。でも、意味はあったんだ」


 源十郎は魔王として立ち上がる。その眼下には聖都ホリウムの人々が灯す生活の輝き。


「内に引っ込んでいる間、親父に魔族の経緯を教えてもらった。いわれのない誹謗中傷、外観が違うだけで化け物扱いされるこの環境はあってはならない」


 魔王源十郎は右腕を掲げる、とデスグラビトンアックスが音も無く飛来し、納まるべき場所に納まった。

 その柄の先を大地へと叩きつける。


「俺が魔王として選ばれたのなら、魔王らしく、その環境を徹底的にぶっ壊してやろうじゃないか。そして、魔王らしく滅びよう」

「それでは、アマネも一緒に……」


 ルトゥータは源十郎の正面に立ち抗議する。

 だが、源十郎はそんな彼女を抱き寄せ、彼女の唇に自身の唇を重ねた。


「っ! んん~っ!?」


 流れ行くは普通ウィルス。

 女神ルトゥータから、魔王源十郎へと脅威のウィルスたちは帰還を果たす。


「大丈夫、滅びるのは魔王だけさ」

「……ぷはっ! あ、あなたは何をしようというのですかっ!?」


 息が止まりそうなほどの接吻に、女神ルトゥータは凛々しい表情の源十郎に思わずドキリとした。

 同性であるにもかかわらず、今の彼女の顔には、漢が見せる覚悟のようなものが確かに宿っていたのである。


 感情を取り戻した女神ルトゥータは、これに抗う術を持たなかった。


「最後の魔王としての務めを。このくだらない茶番劇に終止符を」


 魔王源十郎は、いよいよもって、なんのために異世界モトトに呼ばれたのかを理解する。


 これは偶然ではない、必然であったのだ、と。


「ルトゥーさん、頼みたいことがある。アマネの事でな」

「アマネちゃんの?」

「あぁ、この戦いが終わったら、あの子にはきっと、あんたの助けが必要になる」


 魔王ゲンジュウロウは最後の魔王として、この世界に強烈な呪いを施した。

 両手を天に掲げ全身全霊で以って、その黒き感情を解き放つ。


「生きとし生ける者は聞くがいい! 我が名は魔王ゲンジュウロウ! 汝ら【力ある者たち】を駆逐する者である!」


 それは果たして彼らに伝わったであろうか。


 その宣言の終了と同じくして魔将たちが魔王ゲンジュウロウの下へと参じた。

 魔将たちは魔王ゲンジュウロウとして腹を括った彼女に圧倒される。


 その佇まい風格、威厳、共に先ほどまでとは一変してしまっているのだから当然であろう。


「よく来た、我が愛しき忠臣たちよ」

「「「ははっ!」」」


 意識する間もなく膝を突き首を垂れる。

 そうしなくてはならない、と考える暇もなく、本能が、否、魂が行動を起こさせていた。


「(な、何もかもが違っていなさる! これは、先代様……否! それよりも!)」


 第二魔将トフトは先代、先々代、その先代と仕えてきた老将であった。

 だからこそ、先代の苦労も知っていたし、その並々ならぬ努力に感服し彼を一番に支えてきた功労者である。


 その彼を以てしても、今の魔王ゲンジュウロウは歴代魔王と比較にならないほどの圧倒的なカリスマ性を発揮していた。


 だからであろう、残る二将は考えることすらできない。

 それすらもおこがましい、と悟っていたのだ。


「面を上げよ。これより聖都ホリウム攻略会議を行う」

「「「ははっ!」」」


 これより始まるは異世界モトトを激変させる運命の戦い。


 果たして魔王ゲンジュウロウは何を考えるのか。

 そして、アマネの運命は。


 魔軍の陣に強い風が吹き込む。


 それは災いの風か、それとも吉兆を運ぶ風か。

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