第29話 普通に大人気 ~崩壊する町~

 オグハスは言葉巧みに町へ立ち入ることを回避せんとする。

 だが、アマネは行商人として商売の勉強がしたいのだ。


 しかし、魔軍の軍勢を率いて町に入るわけにはいかない。


 そこで、考え出した暴挙。

 かつて自身もそれで苦しめられた悪夢を以って、住民たちを支配するというものであった。


「エラン、おまえに隠密部隊を預ける」

「はっ、して、我が使命はいかに?」


 オグハスはアマネに懇願し譲り受けた黄金のポーションを懐より取り出した。

 それは五百ミリリットルはあるかというガラス瓶に納められている。


「これを一滴、各家庭の夕餉に混入させろ。いいか、これに魔軍の命運が掛かっている」

「は、はぁ」

「速やかに、そして確実に成功させろ。そして、間違ってもこれを口にするな」

「りょ、了解いたしました」


 困惑しつつもエランは黄金のポーションを受け取り姿を消す。

 彼女に手渡されたのは、言うまでもなく黄金のポーションの原液である。


「これでよし。後は吉報を待つのみ」


 ここより次の町【ノッテ】へは三日。

 それまでに作戦を成功させねばならず、町全員の住民を駆逐するにはそれなりの期間が必要だ。

 だが、どう考えても駆逐は難しい。そこでオグハスは方針を変え、自身も先行して町に潜入することにした。


「ルトゥー、アマネ様を」

「構いませんが……何をするつもりで?」

「事を穏便に済ませる」


 そう言い残しオグハスは昼の内に魔軍から離れた。


 ノッテの町は人口五千人程度の町となる。

 魔法国家所属とあって魔族対策は万全、エランたちも侵入に四苦八苦していたがなんとか内部に侵入し作戦行動に当たっていた。


 夕餉に黄金の原液を混ぜるだけの簡単な仕事。

 エラン率いる隠密部隊は悟られることなく、各家庭の食事に黄金のポーションの原液を一滴ほど混入させていった。


「うん、今日のスープ、美味しいなぐん」

「そう? あら、ほんと。上出来じゃな……いあいあ」

「「ふたぐん!」」


 隠密たちは何も聞かなかったことにし、黙々と任務を続行。

 魔王アマネ製の毒薬と、任務をを指示したオグハスの本気度に戦慄を覚えつつ、着実にノッテの町を侵食していった。


 そして三日後。


 ノッテの町は崩壊した。見た目は何も変わっていない。

 しかし、そこに人間らしい人間は、ひとりとしていないのだ。


「上出来だ。後はこいつらを従わせる」

「ははっ!」


 オグハスは高台に登り、おもむろに両手を掲げ叫び出す。

 それは、詠唱であっただろうか、否、それよりもおぞましく穢れた言葉であった。


「いだ、えあえあ、おぶるはまん、おぐはえいあ! あまね、おん、いぐた!」


 急に人が変わってしまったかのようなオグハスに、エランは絶句する。

 そして、よたよたと毒にやられた人間たちが狂気を孕んだ表情を見せ乍ら集まってきたではないか。


「いだ、えあえあ、おぶるはまん、おぐはえいあ! あまね、おん、いぐた!」

「あまね、おん、いぐたっ!」

「あまね、おん、いぐたっ!」

「あまね、おん、いぐたっ!」


 わけの分からない大合唱となり、それは正気を保つ隠密たちの精神を犯す。

 いよいよ、彼女らが発狂し掛けたところで大合唱は突然鳴りを潜めた。


「これでいい。この町は我が魔軍のものとなった」

「そ、それは、おめでとうございます」

「うむ、受け入れ態勢を整えろ。おぐ、ぷとろ、おうえ」

「あまね、おん、いぐたっ」


 再び、ノッテの人間だった者たちは、ふらふらと散らばって行った。

 その後ろ姿ですらおぞましい。


「エラン、おまえはアマネ様の下へと急ぎ、商売の支度をするよう伝えよ」

「え? 所、商売でございますか?」

「アマネ様は行商人というの仮の姿をお持ちだ。これは、聖都ホリウムに辿り着いた際の作戦行動のデモンストレーションである」

「な、なるほど。了解いたしました」


 敬礼をし、エランたち隠密は景色に消えるかのように姿を消す。


「ふふふ、このオグハス。アマネ様のためなら、いかなる手段も躊躇せぬ」


 彼は懐から取り出した小瓶に納められた液体を指ですくい、ひと舐めする。

 その液体の色は黄金に輝いていた。






 それから一時間ほど後に、アマネ率いる魔軍たちはノッテの町へと到着。

 何も知らないアマネは、やはり暢気に露店を開いた。


 以前購入した制服に着替えてラオ・エクトムを後ろに控えさせる。


 これに魔族たちは大変に驚いたものの、エランによって第二魔将トフトにオグハスによる工作が終了していることが報じられていた。


「いらっしゃ~い、いらっしゃ~い、怪しいお薬だよ~。いっぱいあるよ~」


 やはり、商売する気があるのかどうか分からない呼びかけに、ノッテの住民たちは殺到した。

 明らかに正気ではない表情の中に恍惚が含まれており、その手には札束が握られていた。


「あまね、おん、いぐたっ!」

「あまね、おん、いぐたっ!」

「あまね、おん、いぐたっ!」

「ほあ~、なんだかよく分からないけど。沢山あるから買って行ってね」


 この狂気の存在たちに恐れをなさないアマネは、ルトゥータが頑張って普通ウィルスを送り込んでいる結果である。


 この住民たちの様子に魔族たちは戦慄した。

 わずか三日で、ノッテの町が本当に陥落しているのであるから当然と言えよう。

 しかも無血開城な上に、魔族に対しても従順ときている。


「……アマネ様が徒歩で聖都ホリウムに向かわれると聞いた時はなんの冗談か、と思ったが、これなら当然」


 第二魔将トフトはわなわな、と魔王アマネの偉業に身体を震わせる。


「然り、これならば勇者たちに情報が届くのを遅れさせることができる。聖都ホリウムに辿り着くころには手遅れとなっていよう、というもの」


 セスタもこれら全てアマネの差し金と信じ切っていた。

 当然ながら、まったくもって違う。


 やがて、アマネの店に終結したノッテの町住民たちは彼女を讃える詞を口にする。

 それは不浄を称える歌であったが、アマネには何がなんだか分からなかったので、取り敢えず愛想笑いをしていたという。


 しかし、魔族たちはそれが何であるのか分からないものの、本能的にそれを悟っていた。


「こ、これを笑顔で受け入れなさるかっ」

「俺たちは、とんでもないお方に仕えることになったようだ」

「これは、帯を引き締め直さねばなるまい」


 トフトとセスタが戦慄する中、アマネは教祖のようにもてはやされ、内心困惑するのであった。

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