第28話 普通に太った

 のっしのっし、と大軍勢を率いて道行くは魔王アマネだ。

 そう、源十郎ではなく、アマネ・ユーネスである。


「聖都ホリウムが近くてよかったよ~。巡礼が一年も遅れちゃったから、きっとパパもママも心配してるもん」

「アマネ、あなたは魔王として君臨するのではなかったのですか?」

「ルトゥーさん。僕が魔王になんてなれるわけないじゃない。やだなぁ」






 時は少し遡る。第二魔将トフトが魔王復活を宣言し、成り行きで源十郎がそれを承諾した後の事だ。


 魔族たちは出陣前の宴を催し、英気を養う事になった。

 そこには当然ながら酒が用意される。


 源十郎は独り身の寂しさを紛らわせるために、よく酒を飲んでいた。

 そして、それは段々と源十郎を酒無しでは生きられない身体へと変えてゆく。


「さぁ、魔王様。こちらをどうぞ」

「あ、あぁ」


 トフトが源十郎に手渡したのは血のように赤いワインであった。

 彼がこの日のために秘蔵していた取って置きの物を開けたのである。


 源十郎は全ての酒を飲むことができた。基本的に清酒を好むが、ワインの奥深さも理解することができた。

 幸いにしてアマネの身体は成人しているので、ルトゥータも酒を飲むな、とは言わない。


 しかし、これが過ち。ワインによって酔っ払いと化した源十郎は、つまみの鶏モモ肉の炙りを口に放り込んではワインを飲む。

 それはやがて、加速度的に早まり、そして……。






 と話は冒頭に戻る。


 つまり、彼女は食べ過ぎによる、ショックコンバートを起こしてしまっていたのだ。

 魔王になることを承諾したのはあくまで源十郎であり、アマネはそれを知らない。

 つまり、現在アマネはオグハス以外の魔族を知らないのだ。


 後ろにぞろぞろと付き従う魔族たちに首を傾げるアマネは、しかし、その生来の暢気さから、まぁいいや、という結論を出し聖都ホリウムを目指す。


 どこからどう見ても巡礼ではなく、侵略の様相を呈しているのだが。


 更に、万が一に備え、ラオ・エクトムは宇宙にて待機しているラオ・ウォルカームを、いつでも地上に降下させれるよう万全を期していた。


 どう足掻いても絶望な人間たちに明日はあるのであろうか。


 しかし、人間たちの守護者である神々も黙っているわけにはいかない。

 ラオ・ウォルカームの対抗手段を講じていたのだ。


 それは当然ながら、地球からの転生者となる。


 主神フォルモスが筆頭となりチート能力をひとつに纏め、とある少年に渡さんとしていたのだ。

 これは、先に召喚した転生勇者たちに対する裏切り行為でもあったが、神々はそれよりも人間たちの存続を優先する。


 果たして、神々の行為は吉と出るか凶と出るか。


「ところでオグハスさん」

「はい、なんでしょう、魔王アマネ様」

「後ろの人たち、誰?」

「……ふぁっ!?」


 ここで、オグハスとルトゥータはアマネの様子がおかしい、というか元に戻ったことを悟る。

 そして、これを魔族たちに悟られると大変なことになると確信した。


「えーっとですね! そう、アマネ様の【ファン】です!」

「えぇ、アマネは痩せて綺麗になりましたからね」

「ええっ? そうなのっ? うひひ、照れるなぁ」


 くねくねと身体をくねらすアマネは、いつも通りラオ・エクトムを身に纏い禍々しい姿になっていた。

 痩せても彼女は何故か全身鎧を身に付けて無限リュックサックを背負って歩いているのだ。


 それは決して自分に自信が無いとか癖とかではない。ただ単に、ラオ・エクトムを身に纏うと疲れが軽減されるからである。


 ラオ・エクトムは強化外骨格のようなものであるため、大した力を用いらずとも重たい物を持てるし、全ての行動をアシストしてくれるため、殆ど体力を消耗しないのだ。


 それはつまり、アマネがまったく痩せないことを意味している。


 そして、現在のアマネの体重は51キログラム程度。標準的な体重であるし、見た目も標準的なため、これ以上痩せるつもりはないらしい。

 このままだと魔王源十郎は彼女の中で眠り続けることになる。


 源十郎は、お人好しだが胆が据わっている性格をしているため、有事の際には恐れることなく敵に相対するだろう。


 しかし、アマネはそうではない。普通ウィルスがルトゥータに移ったことから、多くの感情を取り戻し、喜怒哀楽をはっきりさせるようになった。

 即ち、狂暴な獣や魔物と遭遇した際は怯えるようになっているのだ。


 ルトゥータは、そんなアマネに危機感を抱いている。

 源十郎が表に出ていた際は頼もしさすら感じたが、今のアマネは極普通の少女にしか感じ取れないからだ。


「ルトゥー、少し」

「はい」


 オグハスは小声でルトゥータに話し掛けた。上機嫌のアマネには届いていないだろう。


「アマネ様の様子がおかしいのはどういう事だ?」

「恐らくは、何かしらの要因で元の性格に戻った、としか」

「それは拙い。以前のアマネ様は可愛らしさを前面に押し出した姫様タイプだ。昨日までの勇猛果敢さを前面に出したアマネ様でなければ、魔軍は空中分解しかねん」


 オグハスは焦りの余り顔を青褪めさせた。

 そして、額から流れる汗を隠すかのように手で拭う。


「そうは言っても、アマネは……いえ、もしかしたら」

「何か上手い方法が?」

「オグハス、これは推測なのですが……アマネがおかしくなったのは、ダイエットに成功した直後だったはずです。同じ状況を再現すれば或いは」

「そ、それはつまり……アマネ様の体重を50キログラムに留める、ということか?」

「はい」


 これに、オグハスは戦慄を覚える。

 彼は知っていた、アマネが太り易い体質であることに。


 そして、昨日の暴飲暴食。いったいどれだけ太っていることやら。

 太るのは容易い、しかし、痩せるのは険しき山を登頂するも同じ。


 且つ、アマネの見た目はそれほど太ってはいない、という最悪の状況。


「な、なんということだ。これはつまり、聖都ホリウムに辿り着くまでに、アマネ様を痩せさせて、もう一つの人格を呼び覚ますより方法が無い、という事かっ」

「そうなります。これを彼女に告げても信じないし、ダイエットもしないでしょう。精々、現状を維持するくらいなものでしょうか」

「うぐぐ、密かにアマネ様を聖都ホリウム侵攻までに痩せさせる。これが私に課せられた使命っ」


 オグハスは、その責任の重大さから吐き気を覚えた。


 果たして、オグハスとルトゥータは、聖都ホリウムに辿り着くまでに、アマネを痩せさせて源十郎を呼び覚ますことができるのであろうか。

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