第27話 普通に、やばくね?
ガイラントの洞穴の少し進んだ場所には多くな空洞が広がっていた。
そこは基本的に、ここに逃れてきた魔族たちが集会に利用している。そこに源十郎たちは通された。
空洞内には沢山の鍾乳石が見受けられその歴史を感じさせる。
所々に浮かぶ光球は明かりの役目を担っているのであろう。
興味津々な源十郎がそれに触れる、と光球は源十郎の手の平に着地したではないか。
「あぁ、ただの光の球じゃなかったのか」
それなる光球の正体は蝶の羽を背より生やす妖精であった。
身長十センチメートル程度の彼らは飛行の際に発光するのだ。
その特徴を利用し、経費の削減を狙っていたのである。
妖精は源十郎の手の上で優雅にお辞儀をして、再び宙へと舞い上がる。
彼らの仕事は宙を飛び、洞窟内の明かりを確保することなのだ。
もちろん、妖精とは別の明かりも用意してある。こちらは普通にランプだ。
だが、仕入れるには結構な労力が必要となるため滅多に使用されない。
魔族はとにかく目立つ。人間に紛れて行動するには魔力の弱いエルフ族かスモーラーが適任であるのだが、なかなか数が揃わないというジレンマがあった。
「アマネ様、こちらへ」
「あ、うん」
オグハスに促され源十郎が座った場所は不思議な色合いの玉座であった。
角度によって色が変化する木材とも金属とも取れる素材で出来ている。
かなり時間経過しているそれは、初代魔王も坐した、とされる逸品だ。
随所に修繕の跡が見受けられるのは、それだけ大切にされてきた証と言えよう。
そこにちょこんと座る少女に、その場に居合わせた魔族たちは、一様にどよめきの声を上げる。
「オ、オグハス様っ、そこは魔王様の……!」
「あぁ、その通りだ」
一人の二本角を持つ長身痩躯の魔族の問い掛けに、オグハスはそのような返答を返した。
それは、その問い以上の返答を多分に含んでいる。そして何よりも、魔王しか身に付けることができないラオ・エクトムを隣に従えている少女の姿に、彼らはハッと息を飲んだ。
誰からともなく跪き首を垂れる。そうすることを強いられているのではない、自ら望んで行っているのだ。
「(う、うわ~。なんだか大変なことになっていないか?)」
これについて行けない源十郎は、表情こそ変えないものの、心の中では荒波に揉まれるオットセイのような状態に陥っていたという。
そもそも、魔王としてここに連れてこられている時点で、この状況を察するべきなのだが。
「ルトゥー、アマネ様をお願いします。私はトフト様の下へ」
「了解しました」
オグハスはルトゥータに源十郎を任せ、トフトの着替えの手伝いへと向かう。彼は足が多い分、着替えに手間取るのだ。
その時間を利用し、彼にアマネの情報を伝えておこう、と考えたのである。
オグハスがトフトの下へ向かって五~六分ほど経った。
洞窟の奥から小走りでタコ人間とエルフの青年が姿を現す。
「お待たせいたしました。魔王様」
「あぁ、さっきのタコの人。大丈夫?」
「はい、お見苦しい姿を晒し、申し訳なく存じ上げます」
トフトは優雅に首を垂れお辞儀をし、既にトフトと魔王源十郎の言葉を待つ魔族たちに目を向けた。
その光景は、長きにわたり屈辱に耐え忍んだ者にとって万感の思いが込められているであろうもの。
事実、既に嗚咽している者すらいる。
「者ども、至急、魔王の間へと参じよ。これは命令ではない。【魔族の義務】である」
トフトの声が洞窟の壁に反響し、どんどん大きくなって、やがて闇の奥へと吸い込まれていった。
それから僅かな間を置いて、沢山の足音が闇から聞こえてくる。足音の主たちは屈強な魔族の戦士たちであった。
その数、およそ五十。先代魔王に仕えていた歴戦の兵たち、その生き残りである。
「トフト様、戦以外での招集とは、何事でありますか」
人間の成人男性ほどの大きさを誇る赤毛の猿が、彼らを代表し第二魔将トフトに問う。
大猿は鋼鉄の鎧を纏い巨大な大剣を背負っている。そのどれもに戦いの名残を想わせる傷跡が残っていた。
彼らは戦士は戦闘以外での集合を拒否する権限を持っている。しかし、トフトが義務と明言した場合はその限りではない。
「エグリッタ大隊長、魔王様のご帰還である」
「なんと……なっ!? サ、サクヤ姫様っ!」
エグリッタと呼ばれた大猿は、正確には猿の獣人である。
彼はかつてサクヤ姫の護衛も任されていたため、痩せて彼女の面影を強く受け継ぐアマネこと源十郎をサクヤ姫と勘違いした。
「……いや、違うっ! サクヤ姫の魔力波長はもっと優しく、ふぅわりとしていた。彼女から発せられている魔力波長……これはまるで、あのお方のっ!」
「左様、彼女こそサクヤ姫のご息女、アマネ様。そして、先代魔王ゲンキチ様の意志を引き継ぐお方である」
オグハスの説明に、エグリッタ大隊長率いる戦士たちは混乱覚め止まぬ思考のまま膝を突き首を垂れる。
だが、やがて状況が飲み込めてきたのか、わなわな、と身体を震わせ始めた。
それは、当然ながら怒りや憎しみといった負の感情ではない。爆発しそうなほどの歓喜から来るものである。
「皆、集まったな。改めて紹介しよう。サクヤ姫が我らに残された希望、魔王アマネ様である」
魔族たちは息を飲んだ。待ちに待った魔王の帰還。しかも、彼らが愛した魔王の姫、その娘が魔王として帰ってきたという事実。これに喜ばぬ者はいない。
「アマネ様、面を上げよ、と言ってあげて下さい」
「お、おう」
オグハスに促された源十郎は、緊張した面持ちで口を開く。
「面をあげにょっ」
盛大に噛んだ。これに源十郎は顔を真っ赤にする。
そんな魔王様の様子に魔族たちはほっこりとした表情を浮かべるも、それは一瞬の事。
源十郎の右側に控える魔王の鎧ラオ・エクトムが、その手に持つデスグラビトンアックスをゴン、と地面に叩き付け、彼らの心を引き締めたのだ。
「鎧、あまり威嚇するなよ」
今、源十郎とラオ・エクトムは分離状態である。
玉座に座らされた源十郎は隣に控えるラオ・エクトムにそう注意した。
これにラオ・エクトムは頷く事で肯定とする。
この様子に、魔王源十郎が完全にラオ・エクトムを制御している、と魔族たちは勘違いをした。
ある意味で完全に制御している、といえるが、暴走しない、とはいえない。
ラオ・エクトムはアマネのためなら、非情とも取れる行動を辞さないのだ。
それだけは源十郎やアマネの願いであっても受け付けないであろう。
何故ならば彼は、魔王の、魔王による、魔王のための守護者なのだから。
「見よ、このサクヤ姫様の面影を。感じ取るがいい、先代魔王様同様の覇者の波動を」
第二魔将トフトは無数にある足を天に向けて上げる。
それは非常に芝居がかっているが、士気を向上させるには都合が良い物であった。
「我らが平穏を求め、人間たちと戦い始めて三千年。時には対話による解決を行うも、それらは全て奴らによって踏みにじられた。先代魔王ゲンキチ様も、人間の勇者たち立っての願いを受け入れ、話し合いに応じた結果、帰らぬ方となった」
トフトの演説に魔族たちは屈辱を思い出したのか気配に怒気を含ませる。
それを感じ取ったトフトは言葉を続けた。
「我々は何故、虐げられなくてはいけない! 我々は何故、平穏を求めてはならないのか! 我々が人間に何をしたというのだ! ヤツらは自分たちと姿形が違う、という理由だけで剣を振るい、我らが同胞の命を奪っていった! これは断じて許されない蛮行である!」
魔族たちから「そうだ」という声が上がる。それはやがて大合唱の様相を呈していった。
それを見届けたトフトはラオ・エクトムに願い、彼らを鎮めさせる。
ガン、という音は興奮した魔族たちを冷静にさせ、トフトの次なる言葉を待たせた。
「最早、我々には後が無い。それは諸君らも理解しているであろう。しかし、魔王アマネ様が遂に、歴代魔王の宿願であった最終兵器ラオ・ウォルカームの起動に成功させたのは記憶に新しいと思う。それは即ち、愚かな人間を駆逐し、魔族の平穏を手に入れよ、という歴代魔王様方のお告げである!」
トフトの宣言にいよいよ興奮を抑えられなくなった魔族たちは一斉に立ち上がり、拳を天に突き上げる。
「魔王様、万歳! 魔族、万歳!」
地鳴りすら感じさせる喝采に源十郎は震えあがる。これ、やばくね、と。
「今こそ、この長きに渡る戦いに終止符を! 魔王様に祝福を! 魔族に栄光を!」
トフトの言葉は最後、魔族たちの咆哮によって掻き消されてしまう。
それほどまでに、待ち望んだ蜂起の時。
源十郎は何も言う事叶わず、ただ金魚のごとく口をパクパクさせるのみであった。
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