第26話 普通に古い洞窟

 ガイラントの洞穴、その歴史は長い。


 そこは今から二千六百年ほど前に誕生した。

 ガイラントの洞穴は、初代魔王と、異世界モトト初となる召喚勇者との決戦によって生まれた破壊の名残、との伝説が残る。


 だが、実際はそうではなく、初代魔王が別の目的のために作り出した人口の洞窟であった。


 召喚勇者は日本から来たという黒髪黒目の男子高校生だ。

 人間の王に召喚された彼は上手いこと騙され、勇者として多くの魔族を殺害している。


 これに対して老魔王は別段、召喚勇者に深い恨みを持ってはいない。

 何故なら、彼もまた魔族のために多くの人間を殺害していたからだ。


 だが、召喚勇者はそうではないようで、執拗に魔王の首を狙った。

 魔王さえ倒せば、人間と魔族の戦争は終る、と頑なに信じていたのだ。


 無論、そんなわけはない。人間と魔族の確執が埋まらないほどに深くなったからこそ、戦争が起こってしまったのだ。

 経済摩擦による格差を調整するための戦争とはわけが違うのである。


 初代魔王と召喚勇者の戦いは三度おこなわれた。


 だが初代魔王は、召喚勇者の規格外の能力に手も足も出ず、ただ逃げの一手しか打てなかった。

 三度戦い、二度、敗北を喫したのだ。


 これに勝利を確信した召喚勇者は魔王を追いかけ、ガイラントの洞穴へと単身向かう。


 だが、それ以降、その召喚勇者の姿を見た者はいない。

 それもそのはず。絶対に勝てない、と確信した魔王は戦わずして勝つ方法を生み出したのだ。


 ガイラントの洞穴は複雑極まる構造をしている。

 一度入り込んでしまえば地図無くして、ここから出ることは不可能に近い。


 加えて掘り方にも重要な要素を持たせていた。

 ガイラントの洞穴はその構造自体が魔法陣となっており、奥へ進めば進むほどに効果が強くなってゆく。


 逃げる魔王、追いかける勇者。


 初代魔王は年老いた老人であった。

 召喚勇者は若々しい少年であった。


 この差が勝敗を決す。


 何故ならば、ガイラントの洞穴は、年老いた魔王を若返らせるために作り上げた巨大な魔法陣であったのだから。


 追えば追うほど、召喚勇者の身体は蝕まれてゆく。

 本来、彼は強力な加護に護られ、害のある魔法や呪いは通用しない。

 いわゆるチート能力というものに支えられた強さであった。


 しかし、若返り、とは害であるかと言えば決してそうではない。

 人々は常に願うはずだ。若さが欲しい、と。

 その欲望に満たされている世界だからこそ、それは害にはならなかった。


 若返る魔王、幼くなってゆく勇者。

 異変に気付き引き返そうとしても後の祭り。


 既に二本足で歩く事も叶わず、ぶかぶかになった服と鎧に圧し潰された勇者は、戦わずして魔王に敗北したのだ。


 以降の勇者の消息は明らかにはされていない。

 そして、人間と魔族の戦争は一時的に小康状態となる。


 ガイラントの洞穴は本来の機能を封印され、拠点として使用されることになった。

 若返りの秘術が行使されたのは、これ一回きりだ。

 使い方を誤れば災いを呼ぶ、と初代魔王が危機感を覚えたからである。


 その洞窟は今現在、魔族の生き残りの命をひっそりと守り続けていた。


 入り口から少し進んだ場所に多くの空間がある。力ある魔族たちは、そこを個室として使用していた。

 第二魔将トフトは、その中でも広い空間を利用している。


 魔王上から脱出した際に持ち出した貴重な書物などを管理するには、それくらいのスペースが無くては困るからだ。


「とふとさまー! まおうさま、きたー!」


 赤鼻のゴブリンが大声を上げてトフトの部屋に入ってきた。

 タコ人間トフトは粗末な木製の机に向かい、沢山の足を使って書類を作成している。

 その全てが散り散りに逃げた同胞たちに向けたメッセージ。

 魔王復活に当たり、ガイラントの洞穴に集結を呼び掛けるものである。


 コピー機が無いこの世界では、ビラを作るのも撒くのも全てが手作業となるため、大変な労力が必要だ。

 しかし、ここにいる魔族の大半が、字が書けない、という不具合が生じていた。


 トフトは泣いていいだろう。


「ええい、騒々しい。何が来たとな」

「まおうさま」


 だがトフトは今、相当な追い込み中で、小鬼に構ってやれる余裕がなかった。

 だからだろう、適当な返事を返す。


「今忙しいから帰ってもらえ」

「わかったー」


 赤鼻のゴブリンは少し残念そうな表情で源十郎の下へと向かい、素直にトフトの言葉を伝えた。


「まおうさま、とふとさま、いそがしい。かえれって」

「お、おう。そっか。それなら仕方がないな」

「仕方がなくありませんっ! トフト様ー! 魔王アマネ様のご到着でございますっ!」


 これにオグハスは、のっしのっしと奥へと進む。

 そして、姿が見えなくなって暫くすると、けたたましい音が聞こえ、ばたばたと何者かが駆けてくる音が聞こえてきた。


「ま、魔王様っ! 大変失礼いたしましたっ!」

「ひえっ、真っ黒じゃないかっ」


 それは盛大にインクを被ってしまったトフトの姿であった。

 インクを補充しようと机の上にある棚から取り出していたところ、誤って被ってしまったのである。


 原因は、横着をして長い足を使い座ったまま取り出そうとしていたところに、オグハスが怒鳴り込んできた事によるものであった。

 慌てたトフトは、誤って頭からインクを被ってしまった、というわけだ。


「も、申し訳ございません。見苦しいお姿を」

「いや、分かったから。着替えてきなよ」

「ははっ!」


 すごすごと奥へと消えるタコ人間。源十郎は大丈夫なのかと心配する。


 しかし、成り行きでここまで来た彼であるが、はっきりとした目的があるわけでもない。

 明確な目的を持っているのは、もう一つの魂であるアマネだ。


「さて、俺はどうするべきかな」


 流れから言えば、魔王になって魔族を救済する、であろう。

 しかし、元人間である源十郎は、あまり乗り気ではなかった。


 だが、それもここで纏めて答えを出せばいいか、と彼女は気楽な結論を出した。

 しかし、それは魔族たちの境遇を聞くまでの話であったのだ。

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