第25話 普通に忠臣。不器用なヤツ
「うわっ、だ、誰っ!?」
厳重の前に現れたのは黒装束を纏う男であった。
黒髪に焦げ茶の瞳、オグハス同様尖った耳は彼よりも長く太い。
何より目立つのは額から伸びる雄々しい一本角であろう。
「失礼、魔王様の魔力の波長を感じ取ったもので。だが……どうやら、勘違いだったようだ」
「いや、彼女こそ現魔王にして、先代魔王様の孫にあたるアマネ様である」
「……オグハスか。久しいな」
「それはこっちのセリフだ。第七魔将【セスタ】」
一本角の男は魔軍十二魔将の一柱であった。
彼は故あって、今は亡き先代魔王からの密命を受け各地を転々としていたのだが、魔王復活の報を耳にし、急ぎ魔軍の生き残りがいるというガイラントの洞穴へと向かっていたところだった。
暗殺者どもを消したのはこの男であり、戦闘スタイルは正しく彼が消した暗殺者どもと同じである。
即ち、彼が各地でおこなっていたのは各国の重要人物の暗殺であった。
「この少女が魔王? 冗談は、おまえの戦闘能力だけにしろ」
「私の事はどういわれようが構わん。だが、アマネ様に対する無礼は看過できんぞ」
「……」
「……」
この両者、幼馴染のため、その付き合いは長い。
故に、どちらかが引く、という柔軟性を持っていないことは承知であった。
だからだろう、セスタは手品のように何もないところから取り出した投擲用のナイフを、当然の権利のように源十郎の喉に狙いを定めて投げつけた。
その無駄のない動作から投げられた命を貫く銀の刃を、普通の少女……とは言えないが、その程度の能力しかない源十郎が回避することは不可能だ。
だが、それは甲高い音を立てて弾かれた。
魔王の鎧ラオ・エクトムが主を守るため、彼女の前にて仁王立ちする姿を見せたのである。
そして、彼女を護るもう一人の忠臣、デスグラビトンアックスがセスタに向かって振り下ろされた。
しかし、それは既に予定にあったのか、セスタは回避することはせず、その場で源十郎に対して跪き首を垂れたのだ。
セスタのその態度に、デスグラビトンアックスは寸前で停止。僅かに彼の黒髪を焼き焦がした。
「無礼をお許しください、魔王アマネ様。魔王の鎧たるラオ・エクトム、そして、腕たるデスグラビトンアックスを従えるあなた様は、正しく魔王であらせられます」
セスタは不器用な男であった。自分の目で、肌で感じなければ認めることができぬ男なのだ。だから、彼は無礼を承知で源十郎を試した。
彼女が魔王ならばそれでいい。そして、相応しくないのであれば死んでもらう。
魔王の名を語るという事は、彼にとっては一大事であるのだ。そして命がけであるのだ。
セスタにとって、魔王とはそれほどまでに特別な存在。
己の命を捧げるに相応しい存在、そう断言するほどに。
「不器用な奴めっ。アマネ様、私からも、お願いいたします。今一度、彼に忠義を誓う機会を」
「え、いや、うん。いいと思うよ」
あまりの勢いと展開に、源十郎はそう言い返すので精いっぱいであったという。
かくして、予期せぬ仲間を加えた源十郎はエランの回復を待ち、ガイラントの洞穴へと出発する。
アマネの作った黄金のポーションは、やはり凄まじい勢いで負傷を癒した。
加えて、流れ出た血液の代わりも務めるというハイスペックぶりを発揮する。
青褪めていたエランの表情も、今となっては怪我をする前よりも赤みがまし艶と張りがあるという有様だ。
しかし、それを作れるのは、あくまでアマネであり、源十郎ではない。
一つの身体に二つの魂は、その矛盾ゆえ、非常に危ういバランスで成り立っている。
そのような事も知らぬまま、源十郎たちは遂にガイラントの洞穴へとたどり着いた。
警備に当たっていたゴブリンという小鬼たちが源十郎たちを発見し、キーキー、と甲高い鳴き声を上げる。
これは、不審者を発見した際の合図であるが、彼らは慌ててそれを取り消す。
くーくー、という鳴き声がそれだ。
そのゴブリンの一匹が、慌ててオグハスの下へと駆け付ける。
粗末な皮の帽子を被り、赤みが差す大きな鼻が印象的だ。
「オグハスさま! おかえり! そいつ、だれ?」
「ご苦労。この方こそ、魔王アマネ様だ。粗相の無いよう……」
「まおうさまっ! まおうさまっ! おれたち、ごぶりん! ちゅうせい、うけとって!」
赤鼻のゴブリンが切っ掛けとなり他のゴブリンたちが殺到。人間の三歳児程度の大きさしかない小鬼たちに囲まれて源十郎は困惑することになった。
「こら、おまえら。アマネ様が困っていらっしゃる。下がりなさい」
「うー」
「うー、ではない。お許しください。彼らは、少々精神が幼いものでして」
オグハスは、纏わりついてくるゴブリンをあやしながら困った表情を見せた。
「いや、別に構わない。ほら、忠義を受け取ってやるから、ガイラントの洞穴に案内してくれ」
源十郎の忠誠を受け取る、という言葉に小鬼たちはつぶらな目を輝かせながら、ガイラントの洞穴へ向けて一斉に走り出す。
「まおうさま! はやく、はやく!」
「おいおい、ゆっくり行かせてくれ」
そんな無邪気な小鬼たちの後を追いかける源十郎。
「小鬼どもに懐かれたか」
「先代様もそうであった」
「……これも血の成せる業か」
セスタは己の右手を見つめた。そこには何かに貫かれた大きな傷跡。
「今度こそ、守り通して見せる」
「あぁ、我ら十二魔将の責務を全うしよう」
オグハスとセスタは、バタバタと慌ただしく駆けてゆく源十郎一行の後を追うのであった。
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