第23話 普通に退けない戦い

 甲高い金属音と共に闇を物質化したかのようなナイフが弾かれた。

 咄嗟にエランが手にしたナイフの一本を投げつけ、源十郎に迫ったナイフを弾いたのである。

 だが、それこそがヤミーの狙いであった。


「しまっ……」


 エランはそれに気付くも遅く、密着するかのような勢いで迫ったヤミーに取り押さえられる、と口からゴボリと血の塊を吐き出した。

 彼女の腹に突き立てられる大型のナイフは、やはり闇の色に染まっている。


「エランっ!」


 致命傷を負ったエランを投げ捨てるかのように除けたヤミーは、変わらず薄ら笑いを顔に張り付けたままだ。


「注意一秒、怪我一生ってね~。さぁさぁ、抵抗すると痛いよ~? 楽に死んじゃおうよ?」


 ひらひら、と弄ぶヤミーの大型ナイフの刃は、エランの血がねっとりとこびり付いていた。

 命を軽んじるヤミーの姿に源十郎は激しい怒りを覚える。


 エランとは出会ったばかりであったが、助けられた身である源十郎にとっては出会ってからの時間はそう問題ではなかったのだ。


「ルトゥーさん、エランを頼む」

「了解しました。アマネも下がってください」

「いや、こいつは俺がやる」

「あなたは、普通の能力しかない、と教えたはずですが?」

「それでも、男にはやらなきゃならない時がある」

「アマネは女です」

「そうだった!」


 この事実に源十郎は少しばかりやる気が削がれた。しかし、気を取り直しリンカー闇夜のヤミーと対峙する。


「時間を稼ぐことくらいはできる。その間にエランを」

「了解です。黄金のポーションを使用しても、エラン回復までに240秒かかります」

「てけりり、デッド君! やるぞっ! いいか、作戦はな……」

「てけり・り!」

「ぷくぷく」


 無論、源十郎に戦闘経験はない。

 喧嘩すらも避ける傾向にあった彼女が自ら戦闘を望むのは、それだけ怒りのほどが凄まじかったからに他ならない。


「あ~らら、警告はしたよぉ? 抵抗すると痛いってさ」

「じゃあ、俺も警告してやる。魔王相手に調子に乗るなっ!」

「おっかな~い。じゃあ、怪我しない内に……ぶっ殺してやんよぉ!」


 闇夜のヤミーが本性を現した。素早い動きで源十郎に接近する。

 しかし、源十郎が幾ら啖呵を切っても、普通の少女の能力の域は出ない。


 それをカバーするための、てけりりとデッド君だ。

 しかし、この両者は素早い動きは苦手としている。


 だから、彼らは相手の素早さを逆手に取ることにしたのだ。


 てけりりは密かに地面へと身体を張り巡らせる。デッドバブリースライムも同様に地面に身体を可能な限り広げた。

 それらはいわば、ゴキブリホイホイと毒の沼地。ここを渡るには跳躍するより他にない。


「そんな距離なんて、ひとっ跳びだよ~?」


 常人であれば不可能と思われる距離があるが、ヤミーが言うように、それをひとっ跳びで超えるであろう跳躍を見せる。

 しかし、それを源十郎は待っていた。


「それを待っていたんだよ!」


 空中であれば姿勢制御はできない、そう考えた源十郎はデスグラビトンアックスをヤミー目掛けて振り下ろす。タイミングはぴったりだ。


「はい、残念。ド素人が考えそうな戦法だよね~?」


 だが、闇夜のヤミーは空中に着地していた。

 したがって源十郎の一撃は地面を砕くにとどまる。


「俺の能力は【闇を物質化させる】能力。便利だろ? いやしかし、それが魔王のステータス? 俺の見間違い? どう調べても普通の女の子のステータスだよ? ほら」


 そう告げたヤミーは半透明の板状のものを源十郎に付きつける。

 そこには源十郎のステータスが数値化されたものが記載されていた。


「バグかなぁ? ま、どうでもいいけど」


やはり、ヤミーは薄ら笑いを浮かべたまま源十郎を蹴り飛ばす。


 その蹴りは常人であったなら首の骨をへし折っていたであろう一撃。

 しかし、魔王の鎧ラオ・エクトムを纏う源十郎は吹っ飛んだだけで済んだ。


 その姿にルトゥータはエランを放棄し、彼女に駆け付けようとするも、源十郎に止められる。


「エランを頼むって言ったよな!?」

「ですが……」

「言ったよな!」


 口を切ったのであろう、口の端から流れる赤い筋を拭い源十郎は立ち上がった。

 だが、正直な話、彼女はこの後の戦い方を閃いていなかったのだ。


「(くそったれめ、ド素人だと? まったくもって、その通りだっつーの!)」


 しかし、源十郎はもう引けぬ戦いに身を投じてしまっている。

 ちりちりと焦げ付く背筋、都合のいい力の目覚めなど期待できない。


「(培ってきた自分の力でどうにかしろってか? 戦いに役に立つ経験なんてねぇぞ)」


 取り敢えずはデスグラビトンアックスを構える。武具だけは一流、中身は三流以下。そして、敵対者は超一流。

 どう考えても嬲り殺しにされるしかない展開に、源十郎は遂に悟る。


「(まともにやって勝てないなら、まともにやらなければいい)」


 ちらり、とエランの様子を窺う。

 まだ生きはあるようで、口から空気が漏れ出ているかのような音を立てていた。


「(40秒くらいは稼げたかな? でも、あと200秒は無理だ。なら、勝負だ!)」


 源十郎はデスグラビトンアックスをヤミーに向かって投げつけた。


「うっわ~。格好つけておいて取る行動がそれ? 引くわ~」

「うっせぇ、チート野郎! そんな奴になりふり構ってられっか! 今も昔も、遠距離攻撃こそが最適解なんだよっ!」


 なりふり構わず、そこかしこにある物をヤミーに向かって投げつけ始める。

 足物に転がっている大小さまざまな石は勿論の事、遂には身に付けていたラオ・エクトムの各部品も外してヤミーに向かって投げつけた。


「いやいや、それは外したらダメじゃない?」

「うるせぇ、黙って当たって死ね!」

「おーこわ。可愛い顔して言う事がおっかないこと」


 しかし、源十郎が投げつけた物は、そのことごとくが余裕で避けられてしまっている。

 そして、いよいよもって彼女の手元には投げつけられるものが消失した。


 肩で息をする源十郎は、闇夜のヤミーを最後の抵抗とばかりに睨みつける。


「う~ん、再確認したけど、マジで普通の女の子なんだな。魔王って言うくらいだから、もっと凄いかと思ってたんだけど」

「あぁ、そうだよ。俺も強くなりたかったさ」

「世の中理不尽だよね~。信じられるかい? 俺よりも強いやつが、少なくても五十人以上いるんだぜ? 嫌になっちゃうよね~!」


 げらげら、と下品に笑うヤミーはしかし、やがて下卑た笑みを顔に張り付かせる。


「ただ殺すのも勿体ないし、ちょっと楽しんじゃおうかなぁ」

「マジで下種だな、おまえ」

「あっはー! よく言われるよ! それじゃあ、いっただきまーす!」


 最早、抵抗するだけの力が残されていない源十郎は、あっさりとヤミーに掴まる。

 だが、彼女はヤミーに告げたのだ。


「ばーか」

「あ? なにを……がっ!?」


 がつん、という大きな音が洞窟内に届く。

 同時にヤミーの悲鳴もだ。


 これに慌てたヤミーは自身の周囲の状態も確認せず跳び退いた。

 その判断は正しい。しかし、間違いでもあった。


「な、何が……」

「おまえに、確認する時間をやるよ」


 頭を押さえ首を振ったヤミーは、自分の置かれた状況に愕然とした。


「斧と鎧が……飛んでるっ!?」


 そう、バラバラにされて投げつけられたラオ・エクトムと、一番初めに投げつけられたデスグラビトンアックスが宙を舞い、ヤミーに狙いを定めていたのだ。

 この両者ともに自動迎撃システムが搭載されており、短時間であるならば浮遊も可能であることを知っていた源十郎は、それに賭けたのである。


 その場合、勿論の事であるが源十郎自身は無防備となる。

 まさに捨て身の戦法であった。


 そして、ヤミーの周囲は、てけりりとデッドバブリースライムが包囲している。

 源十郎が捨て身の戦法を行う事を察した両者は、音も無く移動しヤミーを取り囲んだのだ。


 どう足掻いても脱出可能の鳥籠に納められたカラス、それが今のヤミーである。


「な、なんだよ、これっ! そんなのありかよっ!?」

「ありなのさ。おまえ、俺の能力が普通の女の子って理解してたのに、クッソ重いラオ・エクトムをぶん投げていた俺に違和感を持たなかったのか?」

「……あっ!」


 驚愕する闇夜のヤミーに向けて、源十郎は再度告げた。


「ば~か」


 それを合図として殺到するデスグラビトンアックスとラオ・エクトムのパーツ、そして怪生物たち。

 闇夜のヤミーは悲鳴と血飛沫を上げながら、やがてただの肉塊へと成り果てたのであった。

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