第22話 普通に逃走劇、そして遭遇

 ルトゥータと源十郎が地下に入ったタイミングで、色褪せた青のローブを纏う老人は、しかし、老人とは思えぬ身のこなしで地下への入り口へと入り込み、その入り口に蓋をした。


「奥へ」


 正しく顔は深いしわが刻まれた翁。しかし、声は若い女の声であった。

 これに源十郎は驚くも、ルトゥータに手を引かれ地下へ地下へと階段を下ってゆく。


 やがて、三人は地下空洞へと到達。そこはかつての採掘場であった。


「うわ、なんだここ?」

「カーマ鉱石採掘場の跡地です。カーマ・ロカ・エクシスと言った方が分かり易いでしょうか? 魔王の鎧を構成する金属の素ですよ」


 色褪せた青のローブを脱ぎ捨てた翁の姿は、十歳程度の人間の少女の姿へと移り変わっていた。

 しかし、その耳はオグハスや今の源十郎のように尖っている。


「エルフ?」

「いえ、私はエルフではなく【スモーラー】という小人族です。こう見えても成人しているんですよ?」


 エメラルドグリーンの短い髪と同色の瞳、そして褐色の肌を持つ彼女は、【エラン】と名乗った。


 彼女は魔軍の諜報員としてアタウムに潜伏し、魔法国家グートアウンドの動向を十二魔将トフトへと伝える役目を請け負っている。


 諜報部員らしく、彼女は動きを妨げない身体にフィットした黒いボディスーツを身に付けていた。

 かなり刺激的な姿であるのだが、今の源十郎にはそれが刺激的には見えないことに悲しみを覚えたという。


「なんで俺たちを?」

「なんで、ではございません。魔王様を放って置くなど、魔族たる私にできるわけがございません」

「それだ。なんで俺が魔王だと理解できた」


 源十郎は自らを魔王であると紹介したことはなかった。

 それが、初対面であったにもかかわらず、エランは源十郎に忠告をおこなっている。


「魔王たる証ラオ・エクトム、そこから放たれる特殊な波動は魔族だけに作用する特別な物。それに気付かないのは人間のみでございます」

「要は、それを感じ取ったから様子見に?」

「それもございます。ですが……嘆かわしいことに、魔族であっても人間側に付く者もいるのです」


 ここまで言われて、何故自分が急に襲われ始めていたのかを源十郎は理解する。


「俺を守ってくれたのも、そして狙うのも魔族だっていうことか」

「はい、リンカー【闇夜のヤミー】は魔族です」

「面倒臭いことになってるなぁ」

「ご心中お察しします。ですが今は町からの脱出を優先させてください」

「そりゃあ、まだ死にたくないしな。そうさせてもらうよ」


 エランの先導により、旧カーマ鉱石採掘場を進む源十郎たち。

 ここは、無数に伸びる通路が入り混じって迷宮のようになっている。

 事実、ここには魔物が住み着き、ダンジョンの様相を呈していた。


 生息する魔物たちは質こそ高くは無いものの、物理攻撃が通用しない厄介な軟体生物ばかりであり、素材も良質でない事もあってかながいこと放置されていた。

 その結果、旧カーマ鉱石採掘場は非常に危険な場所となり、人が立ち入らなくなってから三十年以上も経過している。


「気を付けてください、厄介な魔物が数多く……ひえっ」

「デッド君。エランさんは食べちゃダメですよ」

「ぷくぷく」


 ルトゥータはその厄介な魔物に対処すべく、デッド君ことデッドバブリースライムに出動を要請。今は、ぷくぷくと彼女の身体に纏わりつき、哀れな獲物が襲ってこないか待ちわびてる。


 そして、てけりりは源十郎のラオ・エクトムの兜の上に鎮座。これもまた無数の存在する眼球にて獲物の姿を求めていた。


「さ、流石は魔王直属でございますね。凶悪な魔物を従えておいでで」

「家族、よ。部下ではないわ」

「は、はぁ? 家族でございますか」


 ルトゥータは無表情のまま、怪生物たちを家族であると断言する。

 それに困惑するエランは、なんとか言葉を絞り出すにに留まった。


 途中、愚かな軟体生物が頭上より降下してきたが、それらはことごとく、てけりりとデッドバブリースライムに捕食され彼らの栄養と成り果ている。


 厄介な魔物以上の怪生物を従えた彼女らには、それらが障害になることはない。

 しかし、彼女らを追いかける暗殺者たちはそうではないようで、その殆どが捕食され途中で脱落していった。


「魔物除けの香を焚かなくて済んだのは予想外の幸運でした。これで、連中に気取られることなく脱出できるでしょう」

「俺を狙っているリンカーは?」

「実力はありますが、自らの手を汚すのを嫌う男ですので出てこないかと」


 だが、先頭を行くエランは突然、その足を止める。

 そして、腰に差していた二本の黒塗りの短剣を引き抜いた。


「俺だって、たまには仕事するぜぇ?」

「永久にサボっていたっていいんですよ?」

「はっはー、俺もそうしたいのは山々なんだけっどもよぉ。そろそろ、ランクを上げようかなって……なぁ?」


 闇の向こう側から、闇に似つかわしくない陽気な声が聞こえてきた。

 その男は真っ白な忍び服を身に纏う白髪灼眼の褐色肌の男だ。

 スラリとした体躯で身長が高く、手足も長い。


 耳はエルフ同様に尖った形状であるが、彼らよりも長かった。


「人間に魂を売った下種め」

「いやだなぁ、俺は元々人間だってばよ。ここのじゃないがな」


 闇夜のヤミーと自らを呼称する魔族の男はどこからともなく真っ黒なナイフを取り出した。


「ま、闇夜のヤミーってのも本名じゃない。俺の存在は全部が偽り。そう、この世界だって偽りさ。真面目に生きるのが馬鹿らしい、って思わない? か~のじょっ!」


 ふざけた態度、からの素早い奇襲。

 彼の放ったナイフは源十郎の眉間へと迫った。

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