第21話 普通に狙われてるっぽい

 アタウム滞在二日目。


 そこには朝早くから商売に励む源十郎の姿があった。


「らっしぇー、らっしぇー、見るからにいかがわしい薬置いてるよー。美少女の何かが入った薬だよー」


 その呼び込みに、ガタッと反応する若い男どもは、しかし、無表情なのに圧倒的な威圧感を撒き散らすルトゥータによって、すごすごと退散してゆく。


「全然、売れない」

「そもそも、売る気のある呼びかけではありません」


 ぷはっ、と肺に入った空気を憂いと共に放出する源十郎は、昨晩のオグハスの報告を思い出し表情を厳しくした。






「暗殺者?」

「はい、グートアウンドのアサシンたちでした。恐らくはトフト様を狙っていた者たちかと思うのですが……」


 宿の個室にて源十郎はベッドの上で胡坐を掻きオグハスの報告を聞いていた。

 オグハスは主人に報告を行うかのように片膝を突いた姿勢を取っている。


 これに慣れない源十郎は彼に立って報告するよう求めるも、オグハスはこれに慣れてもらう必要がある、と彼女を熱く説き伏せ遂に許可を得たのであった。


「思うのですが?」

「まだ、確定ではないのですが、奴らの背後に【リンカー】の存在を嗅ぎ取りました」

「リンカーって?」

「はい、リンカーとは……」


 リンカーとは特別な経緯で誕生した力ある者を示す言葉だ。

 それは即ち、【力ある転生者】のことを指し示す言葉。

 そしてリンカーとは、リーンカーネーションとランカーを組み合わせた造語。


 リンカーは百位までの序列があり、トップテンとなると英雄やアイドルのような待遇で迎えられることが往々である。

 したがって、リンカーの順位争いは熾烈を極めていた。


 この順位を公式に定める機関も、リンカーが取り纏めている。

 彼らは神より与えられた特別な力でもって他者を圧倒したが、いつしか転生者同士が争うようになると、秩序を保つために力ある転生者同士が協力し、この制度を作り上げた。


 しかし、力の無いリンカーでは、力あるリンカーに抗えないことも確か。

 幾度となく脅迫まがいの行為で、順序が入れ替わることが発生した。


 しかし、これをトップテンのリンカーが取り仕切ったお陰で、下位リンカーたちの暴走が少なくなっていったが、しょせんは素人が定めたルールだ。

 幾らでも穴がある、という事で形骸化しつつあるのが現状である。


 だが、リンカーの順位は、そのまま実力として認められるようになっていた。


「リンカー76位、【暗闇のヤミー】が配下のアサシンを放ち、魔王を探しているらしいのです」

「なんだよ、その頭痛が痛いさんは」

「はい、私もそう思いますが……実力は冗談では済まない、かと」






 源十郎は再び、ため息を吐く。


 なんで自分が狙われないといけないのか。まったくもって冗談ではない、と。

 いったい、【アマネ】なる者は何をやらかしてくれたのか、とも。


 ある程度はルトゥータより聞き及んでいる。しかし、どうにも信じられない部分が多々存在した。

 それが、普通ウィルスの存在。


 ありとあらゆるものが普通になる、とはこれいかにである。


「考えても、脳がクラッカーになっちまうな」


 そう結論付けて源十郎は茣蓙に並べられた商品を見つめる。

 それらはアマネが作り出したポーションばかりであった。


「売れない理由はレパートリーは貧弱だからじゃね?」

「ようやく、そこに気付きましたか。及第点です」

「馬鹿にされた。泣きたい」


 ルトゥータの容赦のないツッコミに、源十郎は彼女同様に表情を変えず返答したという。


「あれだろ、売れないのはここの住人に求められてないからだ。だから、彼らが求める物を調べるところから始めないといけない」

「ごもっともですが……私たちの滞在理由を思い出すところから始めましょうか」

「あっはい」


 かくして源十郎の燃え盛った商売への意欲は、ほどなくして鎮火されたのであった。


 結局、このまま商売していても埒が明かない、という事になり商品の仕入れ、と称して市場へと赴く源十郎一行。

 アタウムの市場は規模が小さいものの、その小ささには見合わない熱気があった。


 ここで取り扱う物は魔術の実験などに使われる素材ばかりであり、特に魔物から取れる希少な素材に人気が集中している。


「へ~、凄い活気じゃないか」

「魔法の触媒などが人気のようですね」

「そういうの、リュックに入ってなかったっけ?」

「その可能性は否定しません。ですが、今のところ路銀に不自由はしていないはずですよ」


 そう、源十郎一行は五右衛門風呂で稼いだ資金があるので、余程に無駄遣いしない限りは商売を行う必要が無いのだ。

 しかし、これに源十郎は異を唱える。


「甘えたら負けかな、と思っている」

「素晴らしい向上心です。でも、それは時と場合を使い分けましょう」


 ルトゥータが何かに気付いたのか、源十郎の手を取り市場の奥へと向かって足早に歩き始めた。


「おいおい、どうしたんだよ?」

「あちらの行動の方が早かったようです。オグハス、頼めますか」

「無論です、ルトゥー。アマネ様をよろしく」

「合流は町の北側出口で。今日中に町を出ましょう」


 申し合わせたかのようにルトゥーとオグハスは二手に分かれた。

 彼女らの背後で慌てる黒い影たち。


「節操のない事。女性に嫌われるタイプの男たちですね」

「ね、狙われてたのかよっ」

「えぇ、どうやら付けられていたようです」


 どんどん奥へと突き進む彼女らは、やがて見覚えのある老人と遭遇する。彼は彼女らに極僅かな手招きを見せた。


「厚意に甘えましょうか」

「えっ、えっ?」


 ルトゥータは困惑する源十郎の手を引きつつ人ごみに紛れ、老人の指し示した地下への階段へと素早く降りていったのだった。

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