第20話 普通に変装

 十二魔将トフトと魔族たちが身を潜める、というガイラントの洞穴を目指す源十郎一行。

 そこに至るまでには約二週間ほどの旅路となる。


 その間、人間の町が一ヶ所ほど存在し、源十郎は情報収集のために立ち寄ることを提案した。

 だが、魔族オグハスは源十郎に告げる。


「アマネ様の身に付けるラオ・エクトムは流石に目立つのではないでしょうか? 先代魔王様が身に付けていた鎧でございますし、街中での着用は控えた方がよろしいかと」

「やだ。それだと何かあった場合、成す術がない」

「ご、ごもっともでございますが……」


 源十郎はわがままを言うも、これがあながち間違いではない。

 鎧のない源十郎は、ただの少女に過ぎないのだ。


 更に攫われたりなどしてルトゥータから一定距離離れ、時間が経過すれば大爆発が起こってこの星は滅亡する。


「なぁ、オグハス。魔法とかでこの姿を変えれないのか?」

「それは難しいかと。ラオ・エクトムは魔法抵抗能力が極めて高いので」

「う~ん、それじゃあ、ローブみたいなのを上から被せて誤魔化すしかないか。何かリュックサックに入ってないかな」


 源十郎は無限リュックサックの中を調べる、と中から桃色のシーツが出てきた。

 これはラオ・ウォルカームのベッドに使用していたシーツの予備である。


「おっ、これなんていいんじゃないか」


 そう言って源十郎はラオ・エクトムに桃色のシーツを被せ、その外観を変化させる。

 一応は魔王の鎧という事は隠せているもよう。

 しかし、外見はピンクのローブを鎧の上から纏っている怪しい存在となり、実に近寄りたくない外観となっている。


「よし、それじゃあ、町に向かうか。たしか、アマネは行商人という設定だったよな?」

「設定ではなく、行商人です。主にポーションを扱っています」

「分かった。それでいこう」


 ルトゥータの説明を話半分に、源十郎はピンクの奇妙な存在となって人間の町を目指した。






 アタウムの町は四大国家である【魔法国家グートアウンド】に存在する小さな町だ。

 魔法国家所属とあるだけに、魔法に長けた者たちが数多く暮らしている。


 仮に魔法で姿を隠蔽していたなら、すぐさま正体が露呈していたであろう。

 時として、原始的な変装は功を奏するものなのである。


「は~、いかにもファンタジーって感じの町だな」

「ファンタジー、でございますか?」

「いや、ただの独り言だ。気にするな」

「はっ」


 灰色のフードを目深に被ったオグハスは、自身の耳が露出しないように気を払う。

 ここで騒動を起こすと、最悪、ガイラントの洞穴の同胞たちに危害が及ぶ可能性も否定できないからだ。


 それを知ってか知らないでか、源十郎が早速商売を開始する。

 町の中央の申し訳程度の公園内に茣蓙を敷き、商品を並べて客の呼び込みを始めたのだ。


「らっしぇー、らっしぇー、あやしいくすりだよー」


 確実に客が来ないこと請け合いであった。そして、速攻で来るのがガーディアンの武装警備員という。


「怪しい奴め」

「おいばかやめろ、俺は怪しいけど、怪しくないぞ」

「どっちだ。はっきりしなさい」


 結果、兜の中身が可憐な人間の少女であったこと。

 そしてルトゥータの、アマネは人見知りをこじらせて全身鎧での接客しかできない、という苦しい言い訳でガーディアンの武装警備員の誤解をなんとか解くことに成功する。


「兜のバイザーは常に上げておくように」

「うぇ~い」

「心底嫌そうだな。だが、この際に人見知りは直しておきたまえ。きみは可愛らしいのだからね」


 お節介焼のガーディアンの武装警備員たちは、源十郎にそう忠告して見回りへと戻っていった。


「心臓に悪い」

「自業自得です。鎧を外して商売をする、という選択肢はないのですか」


 ルトゥータは以前購入した可愛らしい洋服を無限リュックサックの中から取り出し、源十郎にひらひらと見せつける。

 しかし、自分が女であることを認めるわけにはいかない源十郎は、ぷいと視線を逸らし着用を否定した。

 それに何故か、がっかりするのはオグハスであったという。


「お嬢ちゃん、ポーションをひとつおくれでないかい」

「しゃーせー、千ヤンになりゃーっす」


 色褪せた青のローブを纏う腰の曲がった老人が黄金のポーションを指差し、購入の意思を伝える。


 ルトゥータが設定した金額を、源十郎が老人に告げる、と老人はもそもそと袂より千ヤン紙幣を取り出し源十郎へと手渡す。

 その際、老人は、よろけて彼女へと倒れ込んだ。


「おいおい、大丈夫か?」

「……お気を付けください。草が紛れ込んでおります」

「え?」


 それは源十郎に聞こえるか聞こえないかの小さなものであった。

 しかし、確かに源十郎はそれを耳にする。


「いやはや、年は取りたくないものですな」

「あ、あぁ、気を付けろよ、爺さん。ほら」

「ありがとうございますじゃ。それでは」


 色褪せた青のローブの老人は源十郎に、ぺこりと頭を下げて、おぼつかない足取りで立ち去っていった。


「オグハス」

「なんでございましょう」

「草」

「……了解いたしました。【摘んでまいります】」


 オグハスは源十郎にそう告げると、単独でこの場より立ち去った。


 このやり取り、源十郎が意図したものではない。

 彼女が纏うラオ・エクトム、それに宿るであろう記憶がそう言わせたのである。


「監視されているのですね」

「みたいだけど……全然分かるわけないんだよなぁ。監視理由は……まぁ、そっちはある程度分かる。もうバレてんのか?」

「アマネは普段通り行動していて構いません。悪意を排除するのは私たちの役目ですから」

「んなこと言われて、そうですかってわけにも……」


 結局、その日は黄金のポーションが一つ売れただけであった。






 店を畳み、そこそこの宿を取ったタイミングでオグハスが戻ってくる。


「おかえり、成果は?」

「はい、詳しくは部屋にて」

「分かった」


 かくして、アタウムの一日目は終わりを告げる。

 神妙な面持ちにエルフの青年に、源十郎は先の見えない不安を覚えるのであった。

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