第19話 普通に混沌

「あ~、もう。どうなってるんだよ」


 ラオ・ウォルカームに用意されたアマネの部屋。そこは少女らしく可愛らしい小物などで埋め尽くされた部屋となっている。

 それは女として生まれたアマネに安らぎを与える。だが、源十郎は男であるので微塵も落ち着かない仕様と成り果てていた。






 源十郎がまず初めにおこなったこと、それはボディチェックである。

 ルトゥータに案内をされたシャワールームにてトレーニングウェアを脱ぎ、生まれたままの姿になった源十郎は早速、ぐへへ、と顔をにやけさせながら、鏡に映った自分の性器を眺め、そして素に返った。


「きもい」


 そう、それがグロテスクである、との感想しか浮かんでこなかったのだ。

 それは正しく、男であった自分が自分の性器を眺めて思い浮かぶ感想。


 これに源十郎は落胆を覚え、とぼとぼとシャワーで汗を流し渡された衣服に着替えてシャワールームを後にした。


 性器を見て興奮するのは、あくまでそれが異性のものだから、という事実を付きつけられた源十郎は、自分はもう男ではないのか、という問題に直面する。

 精神が男のままであったなら、女の自分の性器に興奮するはず。しかし、それがなかったという事実は、彼を……彼女の背筋を凍り付かせるには十分過ぎた。


 自分の部屋だ、と案内された源十郎は、ルトゥータが立ち去った後に、桃色に染まっているベッドに顔を埋めた。精神的に参ってしまっているのだ。




 そして、話は冒頭に戻る。




「これはダメだ。せめて女に転生したんだから、というお楽しみすら奪うハードモード。これじゃあ、俺、人生が嫌になっちまうよ」


 ごろん、とベッドの上で仰向けになる源十郎は、嫌になってたんだよなぁ、という事実を付きつけられた。


 毎日毎日、上司にいびられる日々。いったい何がいけなかったのであろうか。

 しっかりと仕事はこなしているしミスだって他の連中に比べて少ない。

 にもかかわらず、いちゃもんを付けられて幾度となく昇格も棒に振らざるを得なかった。


「解放されたかった、という気持ちは確かにあった。でも、こんな開放はノーサンキュー」


 再び自分の乳房を揉む。やはり、つまらない。ただの脂肪、そうとしか感じられない。


「ダメだ、感性が腐ってやがる」


 では、逆に男を妄想すればどうであろうか。


「ダメだ、感性が腐ってやがる」


 荒い息をしながら興奮状態に陥ってしまったことに、源十郎は深いショックを受けたという。

 しかし、源十郎は往生際が悪かった。


「い、いかんっ! 俺は男っ! しっかりと理性を保て!」


 一言でいえば、これは無駄な努力である。


 悶々とした気持ちで独り言を機関砲のごとく放ちまくる源十郎は、やがてベッドの上で胡坐を掻き、寂しくなった股間にそばにあった靴下を丸めて突っ込んでみた。


「……なんだか落ち着く」


 絵面的には最悪の部類であった。






 やがて源十郎の心の整理も付かないまま、ラオ・ウォルカームは大気圏に突入。

 鋼鉄の獣は一年半の沈黙を破り、再び地上にその脅威を見せつけたのである。


 この頃、世界各国は魔王復活の脅威に便乗し軍備を強化。

 力ある者たちを積極的に招集し魔王討伐の名の下、極秘裏に世界の覇権を狙っていた。


 世は戦乱の幕開け、その前夜の様相を呈していたのだ。


 その爆弾の導火線に火を点けるために降臨した鋼鉄の獣は魔族の武装蜂起を促した。

 今の今まで人間による魔族狩りに耐え忍んでいた彼らは、再び姿を現した鋼鉄の獣が引き金となり、再びその牙を取り戻したのである。


 だが、これこそが後に続く動乱の幕上げ。

【第三次人魔大戦】勃発の引き金となったのだ。


 最早、双方引く事叶わぬ血みどろの戦いは、どちらかが滅びるまで終わることがないだろう。

 これに、天に住まいし神々も真っ二つに割れる。


 人間を擁護する主神フォルモスと、魔族を庇護してきた大地の女神【ガーブズ】が真っ向から対立。

 彼女が庇護してきた魔族の殲滅もやむ無し、という主神フォルモスの決定など聞けるはずもなかったのだ。


 自然の流れによって滅びるなら止む無し、そう考えていたガーブズであったが、神の介入によって強制的に滅ぼされるなどあってはならない。

 そう主張した彼女に賛同する神は、主神フォルモスの想定を遥かに超えた。


 こうして天界も地上の影響に引きずられる形で戦争状態へと突入したのである。






「へ~、ここがモトトか。綺麗な星だな」

「はい、ここがアマネ様が支配するべき星、惑星モトトでございます」

「……」


 ラオ・ウォルカームのメインブリッジには、アマネこと源十郎とオグハス、そしてルトゥータの姿があった。


 源十郎はラオ・エクトムを身に纏い右手にデスグラビトンアックスを携えている。

 幸いな事に、彼らは源十郎を主として認めたのである。


 そして、ルトゥータのもまた、メタルゴーレムに要請し、彼女専用の強化スーツを製造してもらっている。

 体にフィットするボディスーツであり、その上から衣服を着ると、それを隠蔽することができた。


 強力な衝撃吸収能力、そして時間制限はあるものの、身体機能の一時的強化が可能だ。

 しかし、そのいずれもが魔王の鎧ラオ・エクトムに及ばない。


「本来なら、あと半年はじっくりとアマネを調整したかったのですが」

「ルトゥー、機会はいつやって来るか分からないものなのです」

「それが、不安定なアマネの常態だとしてもですか」

「然り。それはアマネ様を地上にお連れしろという合図に相違なし」

「……まぁ、いつかは決着を付けねばなりませんし、踏ん切りがついたというものでしょうか」


 ラオ・ウォルカームに振動が伝わる。遂にこの大地に暴虐の獣が帰ってきたのだ。


「あー、問題はこいつをどうするか、だよなぁ」


 源十郎は巨大すぎるラオ・ウォルカームの扱いに難儀していた。

 話によれば、ラオ・ウォルカームは大量殺りく兵器であるという。

 そのような物に常時乗っていては誤解を招くであろう、との判断だ。


「では、宇宙に帰還させましょう。そこなら、人間たちも魔族も手が届かないでしょうから」

「うん、それが妥当かな、でも、いつでも呼び出せるようにしておこう」


 源十郎はルトゥータの意見を採用し、ラオ・ウォルカームを宇宙に待機させる決定を下す。






 地上に降り立った三人と怪生物二匹は、宇宙へと帰る鋼鉄の獣を見送る。


「さて、ひとまずはこれでいいよな? それで……どうするって? オグハス」

「はっ。まずは十二魔将第二、トフト様の下へ」

「トフト……トフト、ねぇ」


 その時、源十郎の脳裏にタコ人間の姿が思い浮かぶ。それは、魔王の鎧ラオ・エクトムが持つ記憶をフィードバックしたために起こった現象だ。


 これは、より魔族に近い源十郎だから起こりうる現象。アマネの場合、彼女は人間に近いのでラオ・エクトムはそれが叶わない。


「まだ、【ガイラントの洞穴】を隠れ家にしているのか?」

「っ! は、はい! その通りでございます!」

「あそこはバレバレだからやめておけ、と言ったはずなんだがな……って、これは俺の意志じゃないな。おまえか?」


 源十郎は身に纏っているラオ・エクトムに問いかける、と彼は強制的に源十郎はの親指を立たせた。肯定の意を示しているのだ。


「どうやら魔王の鎧の意志みたいだ。こいつは俺を介して語っているんだろうさ」

「おぉ……そのような機能まであるとは! それは即ち先代魔王様の意志も同然! 現魔王様に先代様がお揃いになり、魔族の未来は輝かしいものとなりましょうぞ!」


 興奮状態に陥るエルフの青年に、源十郎はやはり頭痛を覚えた。


「(取り敢えずは、そのトフトってヤツに会わないと話が進まなそうだ)」


 盛大なため息を吐き、源十郎は魔王アマネとして、魔族の生き残りの一部が潜むというガイラント洞穴を目指した。


 だが、そんな彼女らを見つめる影。

 それは気配も立たせず景色に溶けるかのようにして姿を消したのであった。

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