第18話 普通にコンバート
それから時間は経過。
ルトゥータの厳重な監視もあって、そこにはほっそりとしたアマネの姿があった。
顔を構成する各パーツは優しい形状のまま、アマネはダイエットに成功していたのである。
そして、スパルタ教育にも近いトレーニング方法は的確に贅肉だけを駆逐した。
それ即ち、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、という女性の理想の体形へと作り変えられていたのである。
「うぅ~、長かったよぉ」
ラオ・ウォルカームのトレーニングに据え付けられた大きな姿鏡。そこに映る自分の痩せた姿に感涙するアマネであるが、実のところ大変なのはこの後。
この体型を維持するには並々ならぬ努力が必要になるのだ。それこそ、痩せるよりも困難が待ち受けていよう。
そんなことも露知らず、鼻歌を歌いながらいろいろなポージングを決めていたアマネは、しかし、急にその表情が険しくなりペタペタと自分の乳房や、そして、震える手で股間を弄り、そして唐突に叫んだ。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
自分の身体を確認し、なんだ、とはこれいかに。
「まて、俺は、あの後どうなった? それ以前に……俺は、俺は……誰だ?」
額に手を当てて経緯を思い出そうとするアマネはしかし、何一つ思い出せない。
また、しきりに喉に手を当てて、何かを探しているかのような様子を窺わせる。
勘の良い方は既に理解しているであろうが、今、現在アマネの肉体を支配しているのは天音源十郎の魂である。
その証拠として彼女の耳の形状が尖って魔族の血の影響を濃くしていた。
そう、源十郎の魂は彼の父親であり先代魔王の影響を強く受けていたのだ。
だが、自分が女として転生していたことを理解していないのはおかしい。
これは、いったいどういうことであろうか。
それこそ、天音源十郎が一番知りたい部分であろうが、それに答えれる者は誰一人としていない。
「いかがなされましたかっ! アマネ様っ!」
「あ、天音様っ? いや、思い出した。俺は……天音源十郎、五十歳、男っ!」
「はぁ? いえ、本当にどうなされましたか?」
天音源十郎は、やはり自分の乳房を掴み、むにむにと揉んでそれが作りものではないと理解し顔を青褪めさせる。
しかし、彼は割と往生際が悪いようで彼の、もとい彼女の悲鳴を聞きつけて急ぎ駆け付けた魔族オグハスに自分は何者かを問う。
「なぁ、あんた。俺は、いったい何者だ?」
「はい、アマネ様は偉大なる先代魔王ゲンキチ・アマネ様の孫にして、滅亡に瀕している我ら魔族の希望でございます」
これに天音源十郎は頭痛を覚える。しかし、彼が口にした言葉に気になる部分を覚えた。
それは当然ながら、ゲンキチ・アマネ、という言葉だ。
「親父の名前……? どういうことだ?」
「お父上ではございませぬ。アマネ様はゲンキチ様と王妃様との間に生まれたサヤカ姫、それを攫った人間との間に生まれた混血児。即ち、ゲンキチ様の孫という事になります」
「ま、まてまて。理解が追いつかない」
源十郎は混乱した。
記憶を殆ど失っている状態で、衝撃の情報がどんどん提示されて行っているのだ。
だが、自分の父親の名前を覚えている、という事に気付いた瞬間、彼の五十年は色鮮やかに蘇った。
もっとも、まったく嬉しくない記憶ばかりであるが。
「え~っと、あんた、名前は?」
「え? ま、まさかっ! アマネ様、記憶をっ……」
「あ~、そのまさかの可能性は否定できない。というか、もう何がなんだか」
困惑する源十郎。しかし、これにオグハスは俯き、だが口角を上げる。
「(転機、来たる! なんという僥倖っ! 恐らくは何かしらのショックでの一時的記憶喪失っ!)」
オグハスはそう結論付けた。あながち間違いではない。
天音源十郎が表に出てきた理由、それはアマネが既定の数値よりも痩せたことによる、ショックコンバート現象が起こったからだ。
そう、アマネという存在は、あくまで【ぽっちゃり】でなくてはならないのだ。
逆に天音源十郎は【すっきり】した体形でなくては存在できない。
その明確なラインは【体重50キログラム】。これがショックコンバートの発生条件である。
これよりも重ければアマネに、軽ければ源十郎へと人格がスイッチしてしまう。
であるなら、圧倒的にアマネの人格が有利となろうか。太るのは簡単なのだから。
「私の名は第五魔将オグハス。魔軍十二魔将の一柱にしてアマネ様の忠実なる僕でございます」
「え? 俺っていったいなんなんだ?」
「はっ。あなた様こそ、先代魔王様の意志を引き継ぎ、傲慢な人間たちに鉄槌を下し世界に平穏を、そして虐げられてきた魔族を解放するお方でございます」
「う、うわぁ……面倒臭いヤツだ、絶対」
源十郎はオグハスの説明で、なんとなく自分が置かれている状況を把握した。
実はこの元おっさん。ライトノベルを愛読しており、一通りのジャンルに目を通りている。
したがって、無双転生というジャンルも理解できるのだ。
「時は来ました! 今こそ地上へと降臨なさり、地を這う蛆虫どもに鉄槌を!」
「っていっても、まだ自分の把握が済んでいないのだが?」
「それは、道すがらにお教えいたします! 今はとにかくラオ・ウォルカームに命令をっ!」
「なにそれ?」
「説明は後ですっ! ささ、早くっ!」
妙にテンションの高いエルフの青年に、源十郎は若干引きつつもラオ・ウォルカームに命令を下す。
「んじゃ、地上とやらに向かってくれ」
瞬間、地鳴りのような駆動音が鳴り響き、鋼鉄の獣が一年半ぶりに活動を再開し始める。
「うわわっ? いったい、なんなんだよ」
「よし、よし、よし! これで、ようやく同胞たちに顔見せできるというものっ!」
ぽりぽり、と頭を掻く源十郎は、腰にまで届く三つ編みを持ち上げて不思議そうな表情を見せる。
「俺、こんなことできねぇよなぁ?」
う~ん、と首を傾げる源十郎は、パシュ、という空気音に気付き、音を立てた主に視線を向ける。
そこには桃色の髪を持つ、無表情な女の姿。
「アマネ、地上への降下は許可しておりません」
「え? 誰?」
源十郎の返答に、ルトゥータは顔面をセメダインで固めているのか、と疑うほどに微塵も動かさずに答えた。
「私はルトゥー。あなたのパートナーです」
「俺のパートナー? あんたが?」
「はい」
源十郎はますます混乱する。だが、パートナーであるのであれば、それまでの経緯を知っていてもおかしくない、そう判断したのだろう。
「じゃあ、俺とアンタがコンビを組んだ経緯を説明してくれ。俺はどうやら、色々と記憶を失っているようだ」
「了解しました。これまでの経緯を説明します」
既にルトゥータはロボットのような反応しか示さない。
アマネはそんな彼女の姿に酷く心を痛めていた。
しかし、事情を知らない源十郎は、その姿を見ても妙な女だ、程度の感想しかもたない。
「(妙だ。幾ら記憶がない、としても今のアマネ様の態度は……だが)」
些細な事、そうオグハスは判断する。
彼の、魔族の宿願はあくまで人間の駆逐と魔族の繁栄であるのだ。
そして、あわよくば……。
「(アマネ様のお側にっ! そして、ちゃっかり子供を作っちゃったり!)」
ぐふぐふ、と不気味にほくそ笑むオグハスは、しっかりと無視されていた。
彼がそう妄想するように、今のアマネ、そして源十郎は驚くほどの美少女と化している。
アマネの母たるサクヤも相当な美人なので、痩せれば彼女と瓜二つになることは当然であったのだ。
「無茶苦茶じゃないか」
「事実です」
ルトゥータより、ここまでの経緯を説明された源十郎は、やはり頭痛を覚えていた。
「(なんだよ、これ。無双転生シリーズでも序盤はチュートリアルというか、俺スゲー、という演出が入るだろう。それがいきなり全世界を敵に回している可能性がある、とか、人間を滅ぼして魔族を救ってね、とかが初クエストとか、なんのムリゲーだよ)」
そして何よりも、自身は普通の能力しか持たない、という事に絶望する。
「アマネは人間と魔族のハーフですが、諸事情により、その強力無比の力を使えません。もし、それを解放した場合、確実な滅亡が待っていることでしょう」
「滅亡って……どんな?」
「ラオ・ウォルカームのメイン制御システム【ウォルター】の計算によれば、アマネが【黄昏の魂】に支配された場合、抑え込んでいた力が解き放たれ、新星爆発に匹敵する規模の衝撃が発生するようです」
「どう足掻いても絶望じゃねーか」
「そうなります」
淡々と説明する桃色髪の美女に寒気すら覚える源十郎は、【黄昏の魂】とは何かを問う。
「黄昏の魂とは、天音源十郎の昏い感情が凝縮したもの、と推測されます」
「お、俺の……?」
「いえ、アマネではなく、天音源十郎の、です」
源十郎は、俺が天音源十郎だ、と口に仕掛けるも、なんとか思いとどまった。
今それを口にしても、頭がおかしくなったのか、と思われる可能性がある、と判断したためだ。
「(まてまて、こりゃあヤバいぞ。貧弱クソザコナメクジな上に爆弾を抱えている、とか難易度がウルトラハードを越えてアルティメットやゴッドに突入しているじゃねーか!)」
源十郎は、だらだらと嫌な汗を流すも、既に賽は投げられている。
果たして、彼は地上に降り立ち、何を成し遂げるのか。
そして、内に封じられてしまったアマネの運命はいかに。
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