第16話 普通に決意
「美と節制の女神ルトゥータよ! 大事になった!」
「み、見れば分かりますっ! いったいアマネちゃんに何が起こっているんですか!」
「この子には天音源十郎の男の部分、つまり前世の記憶が眠っている、とは説明したであろう! それが暴走しておる!」
「え? で、でもっ! 何故、このタイミングで!?」
美と節制の女神ルトゥータは主神フォルモスに迫った。
彼はバツが悪そうな表情で彼女に原因を告げる。
「それはの、恐らくじゃが……アマネの人格と、天音源十郎の人格を近づけすぎたからじゃ」
「そ、それは普通ウィルスを無くすために必要不可欠じゃ?」
「そう、当初は、の」
主神フォルモスは意識を失ったアマネに手を差し伸べる。
だが、ラオ・エクトムはそんな彼に反応。主人を守るべく主神フォルモスを威嚇した。
「やはり……叶わぬか」
フォルモスは悲し気な表情を見せ、そして己の迂闊さを悔いた。
「美と節制の女神ルトゥータよ、何故、普通ウィルスが誕生したのか。それをいち早く考えるべきであった」
「普通ウィルスの誕生を?」
「いかにも。そなたのお陰で、神ですら普通に至らせる普通ウィルスは減少状態にある。それは、わしがこうしてアマネの側に居ても尚、神の力を振るえていることで実証されているはずだ」
彼の言うとおり、大気の神フォルモスは神の力を用いて大気の保護膜を張って、普通ウィルスの干渉を防いでいた。
尚、美と節制の女神ルトゥータ、どう足掻いても普通の能力しか持たないので、普通ウィルスたちには相手にもされていない。
「アマネの人格……それは天音源十郎が、新たな家族によって心満たされたことにより誕生した存在じゃ。そして、その誕生を見届けた天音源十郎は、自らの魂を、そして記憶をも奥底へと封じ込めた」
「……え? ということはアマネちゃんって、自分が転生者だって自覚していないんですかっ!?」
女神ルトゥータの問い掛けに、主神フォルモスは頷く事で肯定とした
「その通りじゃ。この子は、普通の子として今まで生きてきた。だが……血はそれを許さなかったようじゃな。そなたが地上へと再び降りた後に調べたのじゃが……」
深いため息は、老人の姿の主神を更に老けて見せた。ルトゥータは彼の言葉を待つ。
少しばかり迷う仕草を見せた主神フォルモスは、意を決してアマネという少女の持つ秘密を打ち明ける。
「アマネの父親は確かに人間じゃ。しかし……母親は、先代魔王の娘じゃ」
「っ! と、ということは……彼女、人間と魔族のハーフなんですかっ!?」
「さよう。人間の血の方が色濃く出ておるが、この子は間違いなく魔王の血を引いておる」
しかも、とフォルモスは更に衝撃的な事実を告げた。
「アマネの祖父、即ち先代魔王とは天音源十郎の実の父親だ」
「ちょっ、ちょっと待ってください! たしか、天音源十郎って天涯孤独でしたよね!?」
「うむ、それはの、天音源十郎の父が、このモトトに異世界転移を果たしてしまったからじゃ」
それらを踏まえた上で、主神フォルモスは普通ウィルス誕生の、おおよその推測を述べる。
「普通ウィルス誕生の経緯、それは天音源十郎が自らの抱える闇を封じ込めるため、アマネを守るために生み出した、と学問と研究の神オプスは結論づけておる。無論、これはまだ確定ではないがの」
「そ、それじゃあ、二つの魂を調停して近づける、という行為は……」
「そうじゃ、天音源十郎の抱え込む闇を解き放つも同義。まったく、何故もっと早くに気がつかなんだか、悔やんでも悔やみきれんわい」
額に手をやる主神は、その過ちに悔いるも、最早手遅れであることを悟る。
「さらに拙いことにのう。人間と魔族の混血児は規格外の素質を秘めている者が多い。つまり、アマネも例外ではなく、現状、普通ウィルスがそれを抑え込んでおる」
「それって普通ウィルスが無くなったら、普通に物凄い強さのアマネちゃんが誕生しちゃうんですか?」
「アマネならいいがの。闇を抱えた天音源十郎が表に出たなら、歴代でも最悪の部類になる魔王となってしまおう。だからこそ、彼はアマネの奥底に引き籠ったのじゃ。自分でもどうしようもない昏い感情を封じ込めるために、のう」
そして、美と節制の女神ルトゥータに告げるのだ。
「美と節制の女神ルトゥータよ。そなたは現状、アマネ、そして天音源十郎に信頼を得ている他人である。彼女の家族は、いざという時に娘を案じ行動できまい!」
「そ、それって! いざという時は……つまりっ!」
主神フォルモスは有無も言わさぬ視線でもって、まだ若い女神を屈服させんとした。
今までは、それですべて解決した。だが、この時、最年少の女神は、初めてその視線に歯向かったのである。
「お断りします! その上で、アマネちゃんをなんとかして見せます!」
「情が移ったか……それもやむ無しじゃ。だが、覚えておくのだ、女神ルトゥータ」
遅かれ早かれ、決断の時は来る。
そう言い残し、主神フォルモスは天界へと帰っていった。
天に昇りゆく輝きを見送りつつ若き女神は胸に手をやり、課せられた使命を、運命を呪う。
大変ではあると思ったが、ここまで重いとは感じたことはなかった。
しかし、蓋を開けてみればどうだ。
アマネの重過ぎる出生の秘密。天音源十郎の抱える闇。
人間と魔族の確執。世界へ向けられた宣戦布告。
それら全て凝縮されているのが【アマネ】なのだ。そして、それが爆発せぬよう守っていたのが普通ウィルス。
それらは、美と節制の女神ルトゥータが、コツコツとアマネを痩せさせていたがゆえに減少してゆく。
もし、ルトゥータが彼女に関わらなければ。あるいはダイエットに失敗していれば、このような事態には陥らなかったであろうか。
「ざっけんじゃないわよ。転生者を推奨しておきながら、この有様だなんて」
女神ルトゥータはふつふつと湧き上がる怒りを感じ、しかし、疲れ果てたかのような表情のアマネを目撃し泣きそうになった。
「守ってあげるわ。絶対に。人間にも魔族にも、神様からだって」
女神ルトゥータはアマネを抱き寄せようとして……鎧が重すぎたので逆に抱き付いた。
「普通ウィルスは、あなたの重すぎる運命を【普通にしよう】と必死だったのね」
だが、それは叶わぬ願いとなってしまった。
普通ウィルスの減少は、運命という強制力に抗うことができなくなっていたのだ。
だからこそ、アマネはラオ・ウォルカームに導かれ、破壊の獣を覚醒させてしまったのだろう。
「でも、どうしようかしら。どうすれば……この子を守れるというの」
既に賽は投げられている。最早、撤回などは叶わないであろう。
しかし、ここでルトゥータは、アマネが魔王として名乗りを挙げていない事に気がついた。
「あっ! だったら……!」
一か八か、アマネをぽっちゃりから、スマートにさせて別人のようにすれば、正体がバレないかもしれない、そういう考えに至ったのだ。
だが、それは同時に普通ウィルスの減少にも繋がるのではないか。
「アマネちゃん、あなたは私が守るわ。だから……」
何を思ったのか、女神ルトゥータはアマネの唇に自身の唇を重ねた。
すると、彼女の中に大量の普通ウィルスが入り込んできたではないか。
やがて、普通ウィルスたちは女神ルトゥータの体中でコロニーを形成。その数をどんどん増やしていった。
それは即ち、ルトゥータが普通になることを意味しており、そして、女神ではなくなることも意味している。
逆に普通ウィルスを失ったアマネは普通の少女ではなくなり、魔族としての血が濃くなって耳が若干、尖った形状へと変化した。
だが、それも一瞬の事。彼女の耳は再び丸みを帯びた物へと戻ったのである。
それは、女神を捨て、普通の女性となったルトゥータから発せられる、普通ウィルスの力。
彼女はアマネを守るために、全てを投げうって事態の解決を模索せん、と決意したのである。
「これで、私がいる限り、アマネちゃんは、アマネちゃんで居られる。天音源十郎の昏い魂も抑え込んで見せる。お願いね、普通ウィルス」
ルトゥータの問い掛けに普通ウィルスたちは無言であった。
しかし、任せろ、という想いは伝わってくる。
「普通の暮らしを、普通に過ごして、普通に人生をまっとうさせてあげる。絶対に」
その後、主の意識が一定時間失われたことによる隠蔽機能が作動し、巨大なる獣は忽然と姿を消してしまう。
各世界の統治者たちは、転生勇者たちを含むラオ・ウォルカーム討伐隊を合同で結成。全力を挙げて捜索したが、遂にその行方を掴むことはできなかったという。
……そして、ラオ・ウォルカームが見つからぬまま、一年の時が過ぎた。
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