第15話 普通に世界滅亡の危機

 ラオ・ウォルカームの目覚めによりナトルサスは壊滅的な打撃を受ける。最早、復興は難しいであろう。

 にもかかわらず、なんと死傷者はゼロ。これは決して、奇跡でもなんでもない。


 天界に住まう神々が地上に介入し、アマネがしでかしたことに対するフォローを入れたがためである。

 しかし、そのフォローも限度というものがあった。


「ええい! ルトゥータは何をしておるっ!?」


 主神フォルモスは大気を操り、ナトルサスの住民たちを包み込んで簡易シェルターとした。

 ナトルサスの住民は冒険者を含めて一万五千人はいる。それを一度に、一瞬にして行うのだから、主神の力がいかに凄まじいかを理解できるであろう。


 だが、それを上回る暴力が地上に顕現していることを、大気の神フォルモスは理解していた。


 歴代魔王たちが魔族の未来を賭けて作り出した、最強最悪の起動要塞ラオ・ウォルカーム。

 それは起動に使う魔力が膨大すぎるため、決して起動はできない、と神々が高を括っていた張りぼての城。


 しかし、それはアマネによって起動へと至ってしまったのである。

 だが、先述したとおり、アマネはあくまで普通の人間の少女程度の能力しか持たない。

 では、何故、起動要塞ラオ・ウォルカームは起動してしまったのか。


 それは、アマネが殺害した魔物たちに理由があった。


 歴代魔王はラオ・ウォルカームの起動が容易ではないことくらい想定済みである。

 己の魔力を全て捧げても起動には至らないであろう、と。


 だからこそ、ラオ・ウォルカームを奥深いダンジョンの最深部にて製造していたのだ。


 ダンジョンには古来より魔物が住み着く。また、ダンジョン自体が魔物を生産する。

 ダンジョンが魔物を生み出す際に、ダンジョンの魔力を少し削って魔物を生み出すのだが、魔物は成長するにしたがって魔力を増やしてゆき、そして、死を迎える際にその魔力を放出する。


 ダンジョンはその魔力を吸収し、更なる魔物を生み出す、というマッチポンプをおこないながら存在を維持してゆくのだ。


 魔王はその特性に着眼した。ならば、その魔力を少しづつ頂けばいいではないか、と。

 ただし、これは気が長くなるような作業であり、現実的ではなかった。


 だが、転機が訪れる。高位の魔物が引越しをしてきたのだ。

 どうにもナトルサス・ダンジョンは魔物が暮らすには心地が良いらしく、最深部に近づけば近づくほどに魔力純度の高い強力な魔物たちが住み着くようになった。


 そして、食物連鎖に従い生態系が出来上がり、今日まで芳醇な魔力をラオ・ウォルカームに提供し続けている。


 だが、その生態系をことごとく破壊し、莫大な魔力を一気に解き放ったバカタレがいる。

 それが、ラオ・エクトムとデスグラビトンアックスを所持するアマネだ。

 また彼女の普通ウィルスもそれに拍車を掛けている。


 幾ら魔王とてラオ・ウォルカーム起動のための魔物、しかも高位種を日に百体以上も殺害することは難しい。

 だが、アマネはそれを普通にやってのけてしまったのである。


 ラオ・ウォルカームの玉座はその猛牛の額の上に存在した。

 王の帰還を受け、四方を囲う機械の壁が収容され視界が開ける。


 しかし、噴き込むはずの風はない。

 四方は機械の壁ではなく、無色透明の魔力障壁による強固な防壁に移り変わっただけなのだ。


「ほあ~、すっごい視界が高いよ~。ルトゥーさん、出ておいでよ~」

「え~? ここ最下層で重力が半端ないでしょ~?」

「うう~ん。もう、お空に近い~」

「なんですって?」


 ひょこっ、と無限リュックサックより顔を覗かせるルトゥータと、てけりり、そしてデッド君。おまえら、仲良しか。


「ちょーっ!? なにこれっ! なにこれっ!? どうなってるのよ!?」

「なんだかよく分からないけど、ここに座ったらこうなったー」

「本当にわけが分からないわよっ!? ひえっ、ナトルサスの町が崩壊してるっ!」

「悲しい事故だったねー」

「なんで、その感想が出てくるのっ!?」


 まったく反省の色がないアマネに、しかし、ルトゥータは違和感を覚えた。

 幾らのんびりとした性格のアマネであっても、これに罪悪感を覚えないのはおかしい。


 ルトゥータは慌てて彼女を観察する。すると妙な事に気付いた。


「(……えっ? 魂がブレてる? 源十郎の魂が表に? でも、どうして!?)」


 そう、現在のアマネは天音源十郎の部分が色濃く出てきているのだ。

 口調こそアマネであるが、破壊され尽くされたナトルサスの町を眺めてうっすらと笑みすら浮かべている。


「やっちゃったものは仕方ないよ。それに赤の他人がどうなったって関係ないし~」

「そ、それは、そうだけどっ! そうじゃないでしょっ!?」

「大丈夫だよ~。ルトゥーさんは、僕の大事な仲間。だから……殺さない」


 ルトゥータはアマネの……天音源十郎の闇を見て背筋が凍り付く。

 その温かな微笑の中に垣間見える、全ての命を凍り付かせるような冷気は、冷酷非情、悪鬼羅刹、傍若無人、そのいずれの言葉でも納まりが付かない。


「見晴らしが良いね~。とっても綺麗」

「アマネちゃん! 目を覚まして!」

「うん、覚めてるよ~。僕はどうして、今まで我慢してたんだろうね」

「え?」

「言いたいことも、やりたいことも我慢して、良い人を演じて……バカみたい」


 アマネは、その内に潜む悪魔は玉座に坐したまま右腕振り上げた。

 それが何を意味するのか、即座に気が付いたルトゥータはアマネを護るべく、その腕にしがみ付く。


「ダメッ!」

「ルトゥーさん、大丈夫。ただの威嚇だから」


 そして、無情にも振り下ろされる天音源十郎の腕。

 それに反応する起動要塞ラオ・ウォルカームは体の至る場所より砲門が出現し、そこから破壊の力を解き放つ。


全方位ガトル破壊砲クリラオハ発射ウルダオル


 ラオ・ウォルカームが光り輝くとき、敵対者はことごとく滅びる。

 そう願い製造した歴代魔王の想いを叶えるかのように、破壊の閃光は全世界へと届けられた。


「うふふ、凄いや~。我慢しないって、気持ちいいことなんだね~」

「な、なんてことをっ!」


 だが、天音源十郎の言うとおり、これは威嚇射撃であった。

 そのことごとくは各国の主要首都を逸れ着弾している。


 しかし、その威力たるや小さな町程度なら一瞬で消し飛ぶ。

 この威力を受けて、統治者たちは背筋を凍り付かせることになった。


「ルトゥーさん。これからは魔族の時代が来るよ。そう魔族、魔族、まぞ、ま、ぞぞぞ」

「ちょっと! どうしたのっ! アマネちゃん!」


 突如として天音源十郎が頭を押さえて苦しみ始める。

 そして、誰に向けて話し掛けているのか理解できないことを言い始めた。


「だれ、やだ、でてって」

「おまえ、こそ、だれだ。で、ででで、でていけ。おれは、もう」

「ぼくが、ぼくだ。ぼぼ、ぼくが、ぼく」

「おま、え、だめ。ま、ぞまぞぞ」

「が、がまん。おれ、がまん。おま、おま、だれ。た、たすけ、て。あま、ねを」


 ルトゥータは、このタイミングを逃さなかった。

 アマネを奪還すべく彼女の頬に平手打ちを行う。そして、それは何故か通った。


 自動迎撃システムを搭載するラオ・エクトムとデスグラビトンアックスは、美と節制の女神ルトゥータの行為を容認したのである。


「アマネちゃん! 戻って来なさい!」

「る、るる、るとぅー、さん」


 焦点の合わない瞳を小刻みに震えさせながら、やがてアマネ、或いは天音源十郎はその意識を手放した。

 残されたのは女神ルトゥータと怪生物たちだけである。


「何が……どうなっているの?」

「女神ルトゥータ! ようやった!」

「えっ? フォ、フォルモス様っ!?」


 アマネを鎮めたルトゥータの下に主神フォルモスが降臨する。

 事態はルトゥータが想像するよりも厳しい事態へと発展していたのであった。

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