第13話 普通にダンジョン

 オルンの町にて一週間ほど滞在したアマネたちは次なる町、ナトルサスへと向かっていた。


 ナトルサスは別名、冒険者の町、と呼ばれるほどに冒険者たちで溢れ返っている。

 それは、それなる町の外れに【ダンジョン】と呼ばれる魔物を生み出す生産工場が存在するからだ。


 元々は古代の魔王が人類に対抗するために禁呪を用いて作り出した軍事施設の名残、とされているが、現在に至っては良質な素材を排出する生産工場としての意味合いが強い。

 そして、冒険者こそ、そこの従業員となるわけだ。


 主な仕事は生産された原料を商品に加工すること。要するに魔物を退治することである。


 魔物からとれる毛皮や骨などは、非常に利用価値が高く、通常の獣よりも高値で取引されるため、猟師を辞めて冒険者に転向する者までいた。

 それだけ、人気の職業であるのだが、実のところ死亡率も断トツで高い。


 だが、このハイリスクハイリターンの職業に魅せられる者は後を絶たない。

 特に、貧しい村の出身者たちは、冒険者の道を歩まざるを得ない者ばかりであった。


「ほあ~、ナトルサスが見えてきたよ~」

「あの行列って、ダンジョンに入る冒険者たちのかしら? 制圧でも行うつもりなのかしらねぇ?」

「でも、お店を開けば買ってもらえるかもっ」


 だが、ルトゥータはアマネに現実というものを教えた。


「無理だと思うわ。だって、ほら」


 ダンジョンと呼ばれる洞窟前には沢山の露店の姿。それは、冒険者の行列に負けないほどの列をなしている。

 これではアマネたちが開ける露店は、ほぼ無いといっても過言ではないだろう。


「うわ~、露店だらけだ~」

「無理しないで、ナトルサスで露店を開きましょう」


 だが、アマネはのんびりとした性格の割には頑固者である。

 どうしても露店を開いてやる、という謎の対抗心を燃やしていた。


「閃いた~、ルトゥーさん、取り敢えずダンジョンの中に入ろ~」

「まさか、ダンジョン内でお店を開こう、ってんじゃないわよね?」

「うん、開く~」


 これにルトゥータは頭痛を覚えたという。

 寧ろ、彼女でなくてもアマネの発言には頭痛を覚えるに相違ない。


「あのね、どこからともなく現れる魔物に対処しながら、お店を管理するのは容易な事じゃないのよ? 加えて、自慢じゃなけど、私はまったく戦えないんだから」


 本当に自慢にもなりはしない。

 仮にも女神であるのだから、ルトゥータはもう少し戦闘技術を身に付けるべきであろう。


「大丈夫だよ~。僕が何とかするから」

「いや、まあぁ、アマネちゃんなら、大抵の魔物をなんとかできるでしょうけど……」

「それじゃあ、決まり~。れっつごー」


 こうして、なんの考えも無しに、アマネとルトゥータはダンジョンへと足を踏み入れることになった。


 しかし、アマネの考えは他者でも考え付くようで、ダンジョンの要所要所に露天商の姿があった。

 特に下の階に進む階段前には、必ずと言っていいほどに露天商の姿。

 これでは店を開けない、とアマネはどんどん下の階へと突き進む。


「ちょ、ちょっと! 流石にこれ以上は危ないって!」

「大丈夫、大丈夫。まだ、冒険者さんたちがいるじゃない。もっと下に行こうよ~」


 ナトルサス・ダンジョン、地下八階。


 そこはベテランの冒険者たちが狩場としている階層であり、露店商たちでは店を開くことができない、と言われている階層であった。

 にもかかわらず、露店を開いている者の姿がある。


「(見ない顔だな……新人か?)」


 アマネたちの姿に一人の露店商が反応した。

 ターバンを被っている黒髪黒目の目つきが鋭い少年だ。


 主に扱っているのは回復ポーション。状態異常を癒すポーションも種類が豊富だ。

 そして、ダンジョンから一瞬にして地上へと転移できる魔法のカードも取り扱っている。


 それらは通常よりも遥かに割高で販売していたが、今まで売れなかったことは一度も無い。そして、冒険者たちも彼の商品を当てにしていた。

 今し方も回復ポーションを手にして一気飲みをしている白髪の冒険者の姿が確認できる。


「おい、おまえら、新人だな?」

「ほあ~? うん、今日初めて~」


 彼の問うたことは、そういう意味ではないが、なんとか話は通じたもよう。

 アマネの返答にターバンの少年は呆れた。


「ベテランへのストーキングは寿命を縮める。浅い階層から慣れていけ。死ぬぞ?」

「後を付いてなんてしてないよー。ちゃんと魔物をやっつけて、ここまで来たんだからー」

「確かに装備が良い事は認める。だが、ここから先はそれだけじゃ生き残れない。ベテランどもが、ここを狩場の限界としているのは、それが理由だ」


 ターバンの少年のぶっきらぼうな忠告は、しかし、返ってアマネの闘争心に火をつけることになる。


「大丈夫だよー。行けるところまで行って、証拠を持ち帰ってあげるんだからー」

「やめてー! 私が死んじゃうからっ! それに、限界を知るために潜っているわけじゃないでしょぉぉぉぉぉぉっ!?」


 しかし、アマネは嫌がるルトゥータを引きずりながら、さらに下の階層を目指し立ち去ってしまった。

 これに、ターバンの少年は、やれやれとため息を吐く。


「おい、レイクス。あの子たち、マジで下の階に行っちまったぞ?」

「……ラニム、店番頼めるか?」

「帰って来たら、一杯奢れよ?」

「あぁ」


 ターバンの少年レイクスは、先ほどポーションを売った白髪の冒険者ラニムに店番を頼み、アマネたちを追いかけた。

 彼は露店商であると同時に、この世界で数少ない超一流の冒険者でもあった。


「まったく……あの装備と言い、天然な性格と言い、どこの無茶なご令嬢だ?」


 過去に、無謀な伯爵令嬢を連れ戻してほしい、という依頼をこなしたことがある彼は、アマネにどのような危険が及ぶかを予測しつつ、彼女たちを追いかけた。


 だが、その途中で彼は、ことごとく殺害されてしまった魔物たちの姿を確認する。


「ポイズンジャイアントにカーススラッグ……クレイジーリザードまで仕留められている……あの子が、か? いやしかし、考えにくいな」


 レイクスは事切れている魔物たちの様子に、アマネが倒したのであろうか、と考えるもそうではないことに気付いた。


「鋭利な切断面と……毒か。となると……あの子の相方の仕業か。わざと弱気な姿を見せたのは、毒使いであることを悟られたくなかったから、ということだな」


 全く違います。あれがそんな玉であるわけがない。


 これを成し遂げたのは言うまでもなく、てけりり、とデッドバブリースライム君であった。

 アマネの護衛と食事が両立できるとあって、彼らも大いに張り切ったのである。


 今はアマネが持つポイズンジャイアントの首を良く味わって溶かしている。

 さしもの毒巨人も、デッドバブリースライムの毒には敵わなかったのである。


 尚、てけりりは普通に人間の食べ物が好きなので、今はサンドイッチを口に運んでた。






 更にアマネたちは下層へと向かう。既に普通の冒険者では到達できない地下十五階だ。

 これにはレイクスも途中で見失ったか、と疑念を抱く。

 しかし、何者かが通った、とされる証が地面に点々と残されていては追いかけるより他にない。


「おかしい、そろそろ追い着いてもいい頃だ。なのに……追いつけない。いや、これは……!」


 レイクスは腰から投げナイフを引き抜き、虚空へと投げつけた。

 金属の甲高い音が鳴り、投げナイフが弾かれる。


「勘が良いな。だが……それが命取りだ」

「魔族……! それも高位の!」


 何もない虚空から灰色のフードを被った青年が姿を現す。それは第五魔将オグハスであった。


「あの方の邪魔をするな」

「なんだと? 今更、魔族が何を企んでいる?」

「知る必要はない。死ね」


 レイクスが追いつけなかった理由は、オグハスが誤認魔法を行使し、ターバンの少年の感覚を狂わせていたからだ。


 だが、この段階でオグハスもまた、レイクスの異様性を認めていた。

 簡単には進めないトラップだらけの階層を難なく進んでいた彼を。


 そして、彼をここで消しておかねば後々厄介な存在になるだろう、と確信する。


 こうして、起こるはずのなかった超一流の冒険者と高位魔族との戦いは切って落とされた。

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