第12話 普通にオシャレ、そして鎧の秘密

 戦いの時、来たれり。


 美と節制の女神ルトゥータはその名に懸けて、アマネの常識を修正すべく天に向かって拳を掲げる。

 それに対してアマネの表情は憂鬱であった。


 彼女は幼い頃より服には無頓着であり、オシャレというものに興味を示さなかった。

 これは言うまでもなく、アマネの内に宿る源十郎がそれを好ましく思っていないからだ。


 基本的に会社の制服しか着てこなかった彼は、いつしかオシャレというものが理解できなくなっていたのである。

 したがって彼は、裸でなければどうでもいい、という思考に落ち着いてしまった。


 それが、アマネに引き継がれて今に至っている。


「ふっふっふ、まぁ、私に任せておきなさいな。アマネちゃんはちょ~っと太いけど、小柄で可愛らしいから、合わせれる服には困らないわ。あと、歳の割にセクシーな身体をしているしね」


 それをどう活かすか、ルトゥータの腕の見せ所であった。


 商売に使用する服であれば、男性客の視線を引き付ける服がいいだろう。

 同時に女性客の嫌悪感を煽らないデザインでなくてはならない。


 普段着に関しては、可愛らしくてアマネの魅力を引き出せる物であれば種類は問わない。

 何より、資金は潤沢にある。悩む必要などはないだろう。


「よ~し、時間ね。いざ、突撃~!」

「た~す~け~て~」


 だが、アマネの悲鳴を聞きつけて助ける者などは皆無だ。

 何故ならば、彼女を見つめる者たちは、まともな姿になりますように、と祈る者ばかりなのだから。

 寧ろ彼らはルトゥータの健闘を祈っていることであろう。地味に信仰の獲得であった。


 だが、そんなアマネを異なる気持ちで見つめている視線があった。

 やはり、その視線には一切気付くことなく店の中へと消えてゆく二人。


 それなる視線を送っていた人物は灰色のフードを目深に被って、その場を立ち去っていった。






 二時間後、彼女たちは店から出てきた。


 やり遂げた感のあるルトゥータの表情に対し、アマネは精も根も尽きたかのような表情だ。


 そんな彼女の着ている服はフリルを多用したワンピースタイプの服で、色は明るいブラウン系統で纏められている。胸元の大きなリボンがポイントだ。

 全体的に可愛らしいデザインであるが、大きく開いた胸元は女性の部分を強調するものとなっている。


 これに合わせて靴も一新。というか、やはり全身鎧だったため、ブーツすらなかった。

 合わせたのは、赤に近い色合いのブラウンの小さなフラットシューズだ。


 ハイヒールの方がいい、とルトゥータは勧めたが、それだけは、というアマネの懇願に折れた形である。


「ま、露店の制服はこれでいいとして、日常服もちゃんと着るのよ?」

「うう、分かったよー。ちゃんとこれを着て、鎧君を着るよー」

「うんうん、ってそうじゃないっ! 意味ないでしょうがっ!」


 稲妻のごときツッコミが、アマネの年不相応な大き過ぎる乳房へと決まった。

 尚、魔王の鎧は当然の権利とでも言わんばかりに独りでに組み上がり、アマネの後ろに控えている。

 やはり原理は不明であり、ルトゥータも調べるのが面倒なのか気にしない方向で進めていた。


「……っ!」


 これに、先ほどの視線の主が明らかな動揺を示す。だが、その表情は灰色のフードに阻まれ全貌を明らかにすることはない。

 暫し、魔王の鎧を見つめたその人物は固く拳を握り締め、物陰に身を潜めると霧のごとく姿を消してしまった。


「そろそろお昼ね。ランチでも取りましょうか」

「たくさん食べないと気が済まないよー」

「ほどほどにね?」

「うー」


 活き活きした美と節制の女神ルトゥータと、全身鎧を否定された行商人アマネは、昼食を取るべく食事処へと向かうのであった。





 ところ変わり、場面はどことも分からない洞窟内へと移る。

 そこの広い空洞には多くの人間ならざる者たちの姿。彼らはその容姿から人間に疎まれ、迫害を受けてきた者たちだ。

 人は彼らを【魔族】と呼称する。


 空洞の中央で燃え盛る青い炎は、ゆらゆらと天井に届かんばかりに燃え盛っているが、天上には焦げの一つも見当たらない。


「第五魔将オグハス、報告を聞こう」

「はっ」


 五つの目を持つタコを無理矢理に人型化したかのような存在は、灰色のフードを被り畏まる存在に報告するよう促した。


 灰色のフードを取り払い、それなる人物の素顔が露わになる。

 金髪碧眼の見目麗しい青年だ。


 しかし、彼は人間であっただろうか。答えは否。

 彼の両耳は人間とは違い尖っている形状だ。即ち、彼は俗に言うエルフ族であり、この世界においては魔族として一括りにされる存在であった。


「本日、正午前、オルンの町にて、ラオ・エクトムを確認しました」

「おぉ……! して、所有者はっ!? オルンの町は滅びたのであろうなっ!?」


 だが、オグハスと呼ばれた魔族は首を横に振る。これに魔族たちは落胆の吐息を吐き出すことになった。


「第二魔将トフト様、ラオ・エクトムの所有者は人間の少女でした」

「何? あり得ぬ! ラオ・エクトムは魔族の技術の粋を結集し作り上げた魔王様のための鎧であるぞ! 人間ごときが扱える代物ではない! 触れた瞬間に生命力を食い尽くされ絶命するであろうぞ!」

「ですが、確かにそれなる少女はラオ・エクトムを身に纏い、且つ、着脱可能な上にオートパイロット機能まで使いこなしております」


 オグハスの報告に、第二魔将トフトと飛ばれた青い肌のタコ人間が絶句した。

 わなわな、と小刻みに震えているのはショックを隠し切れないからだろう。


「あり得ぬ……人間が、ラオ・エクトムを! 我らが誇りを! 人間は我らから希望を奪い去っただけでは飽き足らず! その英知すら踏みにじるというのかっ!」


 タコ人間は怒りの余り、無数ある長い脚を硬い地面に叩き付ける。

 傷付き皮膚が裂け、血が流れ出ようともその行為が納まらないのは、それほどまでの怒りが彼を支配しているからであろう。


 やがて、いたたまれなくなったオグハスが身体を張って第二魔将トフトを止めに入った。


「落ち着きください、トフト様!」

「離せ、オグハス! どうして落ち着いていられようか! 貴様には分からぬのか! 我らが誇りを英知を踏みにじられたのだぞ! 死を迎えるよりも辛く……悲しいではないか!」

「そうであっも、我らは生き延びることを選んだはずです! 今一度、どうか今一度っ!」


 オグハスの必死の懇願によって、ようやくトフトは正気に返った。


「……すまぬ、オグハス。私は我を忘れていた」

「いえ、トフト様のお怒りはご持ってもであり、そして我ら魔族の怒りでもあります」


 肩で息をするタコ人間は身なりを整え、改めてオグハスから詳細な報告を受ける。


「第二魔将トフト様、ラオ・エクトムは魔王様以外は呪いでもって死に至らせる防衛機能が備えられている、と聞き及んでおります」

「うむ、度重なる実験でそれは実証済みだ。そして、魔王様の特殊な魔力波長にしか従わぬよう設定してある」

「では、仮に魔王様と同じ波長をもつ人間であったとしたら?」

「それこそあり得ぬ。魔王様と同じ魔力の波長、であるなら、それなる者は【人間ではない】」

「では、それなる者は【純粋な人間ではない】のでしょうか」

「……」

「……」


 沈黙、それは、お互いに考えを巡らせているものであった。


「魔王様と王妃様が討たれ、そして姫様も奪われ、我らが屈辱の選択を選び……どれほど経った?」


 第二魔将トフトは絞り出すかのような声でオグハスに尋ねた。身体も小刻みに震えている。

 問われたオグハスもまた、屈辱の年月を絞り出すかのような声で告げる。


「……十八年でございます……!」

「それなる者の年齢はっ!?」

「詳しくはっ! しかしっ! 年の頃は、それなる年月に見合ったものとっ!」

「調べよっ! 直ちにだっ!」

「ははっ!」


 オグハスは直ちに洞窟内から姿を消した。

 第二魔将トフトはやはり小刻みに身体を震わせる。しかし、それは絶望から来るものではない。


「魔王様、あなた様は、やはり我々をお見捨てにはなられないのですね?」


 トフトは膝を突き、祈るかのような姿勢を見せる。


「あなた様と駆け抜けた二百三十年。その思い出は今尚、決して今色褪せませぬ。そして、これからも……! 我らは、あなた様が追い求めた夢を! 決して諦めはしない!」


 彼の視線の先には、洞窟の壁に刻まれた魔族たちの偉大なる指導者の姿。

 魔王【ゲンキチ・アマネ】の姿があったのだった。

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