第11話 全身鎧を纏う普通の理由

 アマネがアマドの町にて五右衛門風呂を爆誕させてから一週間後、彼女らはオルンの町へとの旅の途に身を置いていた。


 大金を手にしたにもかかわらず、アマドの町に滞在していたのは、関節痛に悩む老人たちに黄金の薬を販売していたからだ。

 実のところ、というかアマネが作り出している黄金の薬は、誰しもが作り出せる代物ではない。

 そして、これは普通ウィルスの力が関与しているか、と問われれば関与していない、と答えざるを得ないのである。


 この世界に生まれ落ちる者は、一人に付き一つ、スキルなるものを与えられて生まれてくる、そう説明したことを覚えているだろうか。


 この世に転生を果たしたアマネに送られたスキルは【変異】だ。


 これは転生だから与えられた、というものではなく、極々平凡なスキルである。

 この変異のスキルを持つ者は、異世界モトトにおいて数十万人単位で存在するだろう。


 変異のスキルの効果は、物質が変じる際にそれを安定させる、というものだ。

 つまり、これは料理や製薬において、多少役に立つ、といった程度のスキルとなる。


 著名な薬師や料理人は変異のスキルを所有していることが多いので、ごくありふれたスキルと言っても差し支えはない。


 では、何故、アマネはこのような薬を作れるか、といえばそ彼女の適当でのんびりとした性格であるからだ。


 薬を作る際、種類、数量はいい加減だし、焼く、すり潰す、といった加工、煮込み時間、などといったものは全てが適当、順序も気分で変えてしまう。

 にもかかわらず、それらを一切躊躇せず実行する。


 それは正しく挑戦だ。神が定めた設計図に対する冒涜だ。だから、アマネは数々の失敗を、他の誰よりも経験している。

 アマネは割と頑固な部分があり、そして、人の話を聞かない部分がある。それが失敗に拍車をかけた。


 だが、失敗はやがて謀反を起こす。

 数多くの失敗はアマネに、誰しもが到達できなかった直感力、という第六感を覚醒させてしまったのだ。


 かくして、アマネは何をどうすれば、自分が望んだ薬が出来上がる、というものをふわっとした感覚で理解できるようになったのである。

 つまり、自身ですら理解ができない製造方法であっても、結果として神秘的な薬が出来上がってしまうのだ。


 当然ながら、この製造方法は彼女の代で終わる。伝える術が無いのだから当然である。


「あー、ルトゥーさん。オルンの町が見えてきたよー」

「ほんとね。オルンの花の良い香りが流れてきたわ」


 相変わらず禍々しい全身鎧の行商人と、ちょっと小奇麗になった駄女神は次なる目的地オルンへと到着した。


 オルンの町の住人は、オルンの木に生る果実から絞り出すオルンオイルで生計を立てている。

 町の規模は小規模であり、そこに暮らす者たちは全てがオルンオイルの製造者であった。


 これはすぐ近くにアマドの町があり、オルンオイルの製造に集中できるため、このような町になったといわれている。


「アマネちゃん、ここでも露店を出すのかしら?」

「当然だよー。露店をする理由は、村に帰ったら実家を手伝うためだものー」

「修行を兼ねているのね。立派だわ」

「えっへん」

「でも、しっかりダイエットは続けましょうね」

「ほぎー」


 ダイエット生活から一週間。アマネは、そろそろきつい時期に入っている、と言えよう。

 節制するストレスから解放されたい、という願望と、痩せて綺麗になりたい、という願望がせめぎ合っているのだ。


 それを、ルトゥータ、てけりり、デッドバブリースライムが必死に応援しているといったところだ。

 その際の絵面が酷いことになっているのはお察しいただけるであろうか。


「町の中央は賑やかね」

「道路も石畳で歩きやすいですよー」


 オルンの町の中央には公園のような施設となっており、そこに役所が備わっていた。

 公園のような広場、その中央には花壇が設置されており、多くのベンチの備わっている。


 春先になると咲き乱れる花々を観賞するために、アマドや近隣の町から訪れる人々で溢れ返る。

 そのため、小規模の町ながら宿は比較的多めであった。また、観光客目当ての飲食店やお土産販売店も多い。


「それじゃあ、僕はお店を開くから、ルトゥーさんは、宿の手配をお願いねー」

「おっけー、任せて頂戴」


 それぞれの分担を全うすべく、一時的に彼女らは二手に分かれた。

 そんな彼女らに向けられる不自然な眼差し、それに気付くこともなく。






 その日のアマネの露店は、やはりというか散々な結果だった。

 やはりネックは、その禍々し過ぎる全身鎧であろう。


 加えて、今日はがっしりとフル装備で露店を開いていたため、客は露店に一切、近付かず、近付いてきたのは町を護る警察機関【ガーディアン】の武装警備員だけであったという。


 ルトゥータの取ってきた、安いが小奇麗でそこそこの食事を出す宿の食堂にて、オルンオイルを用いた郷土料理を堪能する二人の乙女は、その日の成果に一喜一憂していた。


「はう~、やっぱり初日はダメだ~」

「というか、せめて兜は外そうって言ったじゃない」

「鎧君が嫌がるんだよ~」


 このアマネの返答に、やはり、鎧との意思疎通ができている、とルトゥータは断定した。

 それを踏まえて、魔王の鎧はアマネの心を支配している、という可能性が浮かび上がる。


「(う~ん、今のところ、魔王の鎧の目的は不明。鎧も全部脱げるし、呪われているというわけでもなさそうだけど……)」


 何よりも解せないのは、魔王の鎧の誕生の経緯だ。

 アマネはあくまでポーションを作っていただけ。百歩譲って爆発はするかもしれないが、全身鎧が生れ出るのはどう考えてもおかしい。

 しかも、それに凶悪な武器デスグラビトンアックスが付いてきている時点で、第三者が何かした可能性が高い。


 ルトゥータはその結論に辿り着くも、では何故、といった自問によって、結局は解に辿り着けないでいた。


 魔王復活のための媒体にするには、人間の少女の肉体では脆すぎて、魔王の魂を納めることは不可能なのだ。途中で器が破裂してしまうのがオチであろう。

 だからこそ分からない。魔王の鎧が何故、アマネに憑りついているかが。


「どうすればいいのかなー?」

「鎧君は脱いで、お店の手伝いをさせておきなさいな。力仕事はできるんでしょ?」


 ルトゥータは、オルンオイルをふんだんに塗したウィンナーに鉄のフォークを突き刺し、それに齧りつく。

 芳醇なオルンオイルの香りとねっとりとした舌触り、溢れ出るウィンナーの肉汁との融合は女神であっても思わず目じりが下がるほどの極楽となった。


「えー、まだ痩せてないしー」

「大丈夫よ。服で誤魔化せばどうとでもなるし」

「服無いしー」

「大丈夫、大丈夫……大丈夫じゃねぇぇぇぇぇぇっ!? なんで服無いのっ!?」


 そう、これがアマネが全身鎧を着続けている理由だ。

 全身鎧を着ているから服はいらないよね、というアマネの理解しがたい発想は、彼女に下着だけを買わせる、という行為に走らせる。


 したがって、無限に入るはずのリュックの中身は、食料、薬とその材料、そして、ぶち転がした魔物たちから剥ぎ取った素材と、大量の下着たちばかりとなってしまっていた。


「えっとー、鎧を着ているから問題無いかなって」

「大問題よっ! 明日はまず、服を買うところからっ! どおりで、全裸で廊下を走り回っていたと思ったら!」


 うがー、と美の欠片も無い形相で頭を掻きむしるルトゥータは、アマネの常識はずれな思考をどうにかできないものかと苦悶する。

 アマドでの日々は改善には至らなかったが、ここでなんとか挽回したいと考えていただけに、この情報はルトゥータに大ダメージを与える事になった。


「(いや待てよ……ここでオシャレに目覚めさせれば、女の子としての自覚が芽生えるかも?)」


 半狂乱の様相を見せていたルトゥータはピタリと動きを止めて、何事もなかったかのように振舞う。


「よし、明日はアマネちゃんの服を買いに行きましょう」

「えー、お金がもったいないよー」

「ひ・つ・よ・う・け・い・ひっ!」

「ひえっ」


 鬼気迫るルトゥータの形相に、流石のアマネも承諾するより他になかったという。






 そして、アマネの服を購入する朝がやってきた。それは即ち、戦いが始まる、という意味でもある。

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