第10話 普通の迷いと感謝、そして温かお風呂
ぐだぐだな結末により報酬を手に入れることができなかったアマネたち。
しかし、彼女は町役場兼冒険者ギルドを出た後、重要な事を思い出した。
「あー、僕も露店を開けばよかったじゃないかー」
何故、その発想に至らなかったのか。駄女神ルトゥータは己の迂闊さに身を震わせることになる。
結局、アマネが作り上げた薬は前日の評判もあって飛ぶように売れた。
そう、デッドバブリースライム討伐のあの苦労はまったく意味が無いものであり、ただ冒険者ギルドを壊滅させただけであったのだ。
「なんとか、十七万ヤン揃えられたー」
「わ~い、やったー」
全く感情が込められていない喜びをルトゥータが示したところで、露店を畳み、アマネたちは再び市場を目指す。
日は暮れ始め、人々は我が家への帰路に就き始めていた。
「おっ、いいタイミングじゃねぇかっ!」
「お風呂、できましたか~?」
「あったぼうよ! ほれ、こいつがそうさ!」
木材店の店主が、店の横の台車に載せられた巨大な五右衛門風呂をアマネたちに見せつけた。
「あら、思っていたものよりも立派ね」
「湯を沸かすってんだから、ヘタな物は作れねぇ。十七万に相応しい物を作らねぇと職人の名が廃るって、連中張り切ってなぁ!」
がっはっは、と自分の手柄のように自慢する店主は、この五右衛門風呂が三番目の試作品であることを明らかにした。
「試作って言っても、これが三つの中での決定版さ。後は、こいつを量産する」
「もう、お湯を沸かしてみたんですか~?」
「おうよ、テストは成功。湯も漏れ出ないし、人が入っても壊れることはねぇ。完璧さ」
店主は少し湿った五右衛門風呂をコンコンと手の甲で叩いて、頑強ぶりをアピールした。
「……でだ、事後承諾になるが、このゴエモン風呂ってやつのデザインと販売権を譲ってくれねぇか? こいつでどうだ?」
店主は右指を三つほど立てる。
「三十万ヤンですね~。いいですよ~」
「ばっきゃあろう、んなわけねぇだろ。三百万ヤンだ」
「ほあ~?」
これに、アマネは驚いているのか驚いていないのか分からない声を上げる。
彼女に代わり、すかさず返答を返したのは、駄女神の名を欲しいままにし始めているルトゥータだ。
「売った!」
「よし来た。実はもう、家庭用のゴエモン風呂を作り始めているのさ。試作テストをおこなっているところを客たちに見られてな。テストで浸かってたガキたちの気持ち良さげな表情を見て、自分たちも入りたいってよ」
「ほえ~、お客さんも入ったんですか?」
「おぉ、流石に女どもは入らなかったがな」
大笑いする筋肉隆々の店主は、アマドから風呂の事情が激変することを察していた。
事実、五右衛門風呂は一大ブームを巻き起こし、アマドの町を職人の町からゴエモン風呂発祥の町へと認識を改めさせるにまで至る。
やがて、五右衛門風呂は各地で少しずつ姿を変えながら全世界に普及、各家庭に一台、という家庭用の風呂へと進化を遂げていった。
これを成し遂げたのが、一人の少女の突飛な発想からであったことを知る者はごく僅かであったという。
「あの後、凄かったね~」
「お客さんが押し寄せてたものね。お風呂の販売が始まったのか、って」
そんなことも露知らず、アマネとルトゥータはいつもの宿へと完成した五右衛門風呂を運ぶ。
今朝、宿の店主に五右衛門風呂の設置許可を願ったところ、店主兼女将の中年女性は気前よく許可してくれたのだ。
場所は裏庭、すぐ傍に薪を貯蔵する物置と、井戸が備わっている。
風呂を沸かすには丁度いい環境が整っていた。
だが、そこは当然ながら着替える場所もないし視線を遮る物もない。
「へ~、それが噂になっているゴエモン風呂かい?」
「うん、そうだよ~。早速、お湯を沸かしてみるねー」
手際よく五右衛門風呂を設置してゆくアマネに感心する女将。
だが、この五右衛門風呂は決して少女が容易く持てる物ではない。
しかし、アマネはそれを平然とやってのけた。それは彼女の普通の能力を用いたからであろうか。
「(普通ウィルスによる普通現象……じゃないわね)」
ルトゥータは、それがアマネの力ではないことを見抜いた。
となれば答えは一つ。彼女が身に纏っている魔王の鎧の力に相違ない、と判断する。
「(確か昨日も、アレは勝手に動いていた。だとするなら……魔王の鎧は自我が芽生えている? それともアマネが遠隔操作を?)」
いずれにしても推測の域は出ない。
しかし、このどちらかであろうことまでは絞れていた。
「それなら、視線を遮る物が必要だねぇ。確か衝立があったはず。ほらほら、あんた。ぼうとしてないで、運ぶのを手伝っておくれでないかい」
「え? あ、はい」
女将によって我に返されたルトゥータは、中年ながら美しい彼女に付き従い物置から衝立を運んで来る。
それは、所々に穴が開いており、視界を遮れるかどうかは微妙な物であった。
無いよりはまし、と言ったところであろう。
「これでよし、あとはお湯が沸けば入れるよー」
「手際が良いわねぇ」
「僕の村じゃ毎日入ってたからねー。慣れちゃうよー。あ、女将さん。沸かしている間に、薪を割っておくよー」
「あら、そう? それじゃあ、お願いしちゃおうかしら」
アマネの手際の良さに感心する女将は、薪を割っておく、という彼女の申し出に甘えることにした。
普通は宿の客に薪を割らせるなどあってはならないのであるが、アマネもまた宿の薪と場所を拝借しているので、この場合は平等の関係にある、といえた。
それから暫く、アマネは手際よく薪を割りながら、五右衛門風呂の面倒を見る。
こん、ぱこっ、こん、ぱこっ、というリズミカルな音を聞きながら、ルトゥータは何故、普通ウィルスを撲滅しなければならないのか、を考えた。
「(別に全部普通になってもよくないかしら。どうせ私はあの人の美しさには敵わないし)」
年季の経っている切り株の上に腰を下ろし、膝を抱えた美と節制の女神ルトゥータは後ろ向きな考えに至っていた。
彼女が目指し憧れた上司は完全無欠の女神として名高い。
それに比べ、美と節制の女神ルトゥータは駄女神として周りに認識されていた。
それでもルトゥータは周りに必要とされている。そして、愛されていた。
それを知り得ないのは本人のみ、とは皮肉なものである。
ルトゥータは神の中では一番若い。僅か三百年の女神である。
だからだろう、神々は彼女を娘として、妹として、果ては孫として温かく成長を見守っていた。
「(普通が一番楽でいいのよね。なんで、女神として生まれちゃったのかしら)」
今更ながら、女神の重責を再認識してしまう。
自分は決して、普通でいられないし、普通ではない立場にあることを。
「(普通の女の子として生まれてきたかったなぁ)」
「ルトゥーさん、お風呂沸いたよ~。先に入っちゃって~」
「え? う、うん。そうさせてもらおうかしら」
アマネによって現実に引き戻されたルトゥータは、周囲に人の視線がないかを気にしながら、少し汚れが目立つ女神の衣を脱ぎ始める。
「(あの方なら、寧ろ自分の裸体を誇示するのよね)」
上司の凛とした美に、同じ美の女神であるルトゥータは嫉妬すら覚える。
だが、同時にその嫉妬は論外であることを認める自分もいた。
そう、美の女神は自分の裸体に自信をもってなんぼなのだ。
ルトゥータの裸体が曝け出された。シミ一つ無く、贅肉がどこにも見当たらない造形美だ。
アマネは思わず彼女の裸体にうっとりとした。
「ほぁ~、ルトゥーさん、綺麗ですよ~」
「そう? ふふ、お世辞だとしても嬉しいわ」
「お世辞じゃないです~。とっても綺麗ですよ~。僕の理想です~」
アマネの偽りのない言葉と笑顔に、美と節制の女神ルトゥータは救われたかのような気持ちに至った。
それは正しく、アマネから女神ルトゥータに送られる信仰のようなものだ。
信仰心とは、神の力のバロメーターであり、これが高ければ高いほどに有名であり、それに見合う力を振るうことができた。
アマネからルトゥータに送られた信仰心はあくまで普通。劇的に美と節制の女神ルトゥータが強化されるというものではない。
しかし、それは実のところ、人間が女神ルトゥータに送った初となる信仰心だったのだ。
「ありがと、私があなたを助けてあげないといけないのにね」
「ほえ? これからじゃないですか~。僕もルトゥーさんみたいに綺麗になりますよ~」
「それなら、明日から厳しく行こうかしら」
「ひえっ」
「ふふ、冗談よ。ダイエットは続けられないと達成できないから」
ルトゥータは湯に浸かると身体から不浄が抜け出てゆくような感覚に見舞われた。
それは正しく、そうであったのだろう。
「(続けるしかないのよね。あの子も、私も、こつこつと)」
ルトゥータは天を見上げる、とそこには無数に輝く星々の姿。
女神であっても自分はその輝きの中の一つに過ぎない、それは彼女が目指す最高の女神の言葉。
ほう、とため息が出る。そして、くよくよするのはらしくないかな、という結論に至り、ルトゥータはつかぬ間の極楽を堪能することに集中する。
だが、その後、アマネと交代したことによって、回復したはずの心労は元に戻ることになった。
「はぁ~、気持ち良かった。あれ? アマネは……」
「着替えてきたよ~」
「まてまてまてっ! なんで、裸で廊下を走ってきたのっ!?」
「え、だって、鎧を部屋に置いてこないと」
「鎧を脱ぐだけでいいでしょっ!」
「ついでに服を脱げば、直ぐ入れるし~」
「羞恥心っ! もっと頑張って!」
アマネの羞恥心はその務めをボイコット、行き先を伝えぬまま、当ての無いバカンスへと洒落込んでいる。
果たして、ルトゥータはアマネのズレた魂を調節し、普通ウィルスの発生を食い止めることができるのであろうか。
それにしても、アマネの肉体はダイナマイトであり、そしてだらしない。
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